第24話 スライム大量発生!!

「……え?」


 アルヴェラッタ湖へ向かうため、たまたま目的地が同じニルとともにアルミィを後にした俺達。街の正門を抜けたところで俺は目の前に広がる光景に。

 半透明の様々な色の物体。ぬらぬらとした体表面は細かくゆっくりと波打っている。俺もその半透明の物体には見覚えがあった。


「何だよ。この異様な数のスライムは」


 街の外の草原に大量発生しているスライム。大きさはまちまちだが、一番大きいスライムでもバスケットボールほどだ。でも、動きは鈍いしスライムなんてロールプレイングゲームじゃ雑魚モンスターだから特に気にすることはないか。


「チッ……厄介だな」

「これはちょっとまずいですね」


 だが、コルトとニルは苦虫を噛み潰したような表情をしながら不安げな声を漏らした。スライムを前に一向に動こうとしない二人。あのコルトでも攻撃を渋っているようにも感じる。


「まずいって何が? たかがスライムじゃないか」

「ええ!? 何言ってるですか! スライムは特定危険魔道生物としてこの国では恐れられているですよ!?」

「と、特定危険……何だって? スライムって雑魚じゃないのか?」

「そんなバカな事、誰に吹き込まれたですか!? スライムっていうのは普通の魔物とは訳が違うです! あれに捕まったらひとたまりもないですよ!」


 ニルは大きく目を見開き、スライムを指差しながら必死に声を荒げている。

 冗談で言っているようには聞こえない。本当にあのスライムは危険な生物なのだろう。


「どういう事なんだ?」

「……スライムはな、大地の捕食者って言われているんだ。私達や魔物が植物からも魔力を補っているように、この大地もそうやって魔力を補給しているんだよ。大地の奥深くに存在する魔力の核によってこの世界の自然は守られている。それがあるから草花は育ち、果実は実る。けれど、魔物や人間が増えすぎるとその分、大地を生み出す魔力も必要になってくるんだ。魔力核は万能じゃない、全ての大地に平等に魔力を供給するにはそれなりに大量の魔力が必要になる。そういう訳で……不足している魔力を補うために大地によって生み出された生命体があのスライムだ。体は強力な酸で構成されていて、触れただけで肉体は溶けて無くなる。まあ、溶けて無くなるとは言ってもじっくりと緩慢に、長い時間をかけて溶かしていくんだけどな。そうして肉体に存在する魔力だけを吸収して魔力核に補充し、後の残りカスは消化酵素によって綺麗に消化される」

 

 残りカスって言い方はちょっと引っかかるけど……要は肉体とか骨とかも全部綺麗さっぱり消化してしまうって事なのか。


「スライムの体にはもう一つ、神経毒と媚薬のような作用を持つ毒も含まれていて、一度スライムに取り込まれてしまったら身動き一つ取れずに、逆に溶かされる事をその……気持ちいいと感じてしまうです。そうしてされるがままに溶かされるんですよ」

「……えっ」

「……お前、今、取り込まれてみたいって思ったろ?」

「……思ってない」

「最低です」


 媚薬のような作用があるという言葉に思わず反応してしまう。二人はそんな俺をジトっとしたゴミを見るような目で俺を見ていた。


「と、とにかく。これじゃアルヴェラッタ湖とかいう所には行けないんじゃないのか? こんな状況じゃ危険だろ?」

「問題はない」


 そう言ってコルトは手に持っていたスナイパーライフルを肩に掛け、背中の方へと回した。

 ニルも何故かその場で準備運動を始める。


「一体何をするつもりなんだよ?」

「何って、突っ込むんだよ。スライムの間を走り抜けるんだ」

「……え?」


 スライムの間を走り抜けるって? 確かにこの世界のスライムはコルトやニルが言うように危険な存在なのかもしれないけど、別にそんな急がなくても……ここから見ている限りでもスライムの動きは緩慢で向こうから襲ってくるような動きはなさそうだし、普通に歩いても大丈夫そうだけど。


「ほら、何をしている。早くいくぞ!」

「セイジさんも早く来るです!」

「あっ! おい」


 コルトとニルは準備体操を終えると真っ先に大量のスライムの群に突っ込んでいった。スライムの間を器用に通り抜けながら目的のアルヴェラッタ湖を目指す。俺も二人の跡を追うようにスライムの間を通り抜けた。


「チッ……随分と早いな。来るぞ!」


 先頭を走るコルトは周りのスライムを警戒しながら俺達に向かって叫ぶ。

 俺達が走り抜けた後にいるスライム達は急に小刻みに震え出し、一斉に赤黒色へと変化する。そして、スライム達の足元からニョキっと数本の触手が急に生えてきた。その外見はクラゲのようにも感じる。


「まずい、まずいですよ!」

「振り返るな! 構わず走れ!」

「ええ!? 何なんだよ! 何が起こってるんだよ!」


 スライムの変化にコルトとニルは走るスピードを速める。それに釣られて俺も二人に合わせるように走るスピードを速めた。


「何で急にスライムから触手が生えたんだ!? どうするつもりなんだ!?」

「喋っている暇があったら走るのに集中しろ! 私が言わなくてもすぐに分かる!」


 俺の問いかけにコルトは突き放すように声を荒げた。俺は言われるがままに周りのスライムを警戒しつつ黙って走る。

 すると、触手の生えたスライム達は足元の触手を器用に使い一斉に俺達を追いかけ始めた。足元に伸ばした触手を体に収めては伸ばし収めては伸ばしを高速で繰り返し、まるで跳ねるように走っている。


「うぎゃぁぁぁぁ!! 何だよ! どういう事だよこれ!」

「クソッ! 思ったよりも早い! このままじゃ追い付かれる!」


 まだ変化の及んでいなかったスライム達も周りの反応を察知して赤黒く変色し始める。それは瞬く間に広がっていき、まだ通り抜けていないスライム達にまで伝わってしまった。ググっと触手で体を起こし待ち構えるスライム達。このままじゃ本当に取り込まれて溶かされてしまう!


「仕方ないです! コルトさん、セイジさん、あれ使えるですか?」

「ああ。貴重な魔力を使う事になるがやむを得ない」


 ニルの問いかけに渋々と言った表情で答えるコルト。あまり乗り気ではなさそうだが、一体何の話なんだ?


「あれって何だよ? 分かるように言ってくれ!」

「魔法です! セイジさんは使えないですか?」

「生憎、俺には魔法適性はないらしいんでね! 度の魔法も使えないよ!」

「だったら、仕方ないですね!」

「うわっ! ちょっと!」


 痺れを切らしたニルは俺の腕を掴み自分の方へ引き寄せると、慣れた手つきで俺の足元に手を掛け救い上げるように俺を抱きかかえた。これはそう、お姫様抱っこだ。


「ちょっ! さすがにこれは恥ずかしいって!」

「暴れないでくださいです! しっかり掴まるですよ、振り落とされたとしても恨むなです!」

「は、はい!」


 俺は言われるがままにニルの体にしがみついた。細身の身体ながら男一人を軽々と持ち上げるニルに驚きを隠せないがそれよりも女の子にお姫様抱っこをされているこの状況が凄く恥ずかしい。


「「風よ、その身に宿りて天を奔れ! 疾風脚ウィンディア!」」

「うぎゃぁぁぁぁぁ!! 速い速い速い速い! 落ちる落ちる落ちる落ちる!」


 ニルとコルトの掛け声とともに二人の体に薄緑色の淡い光が立ち込めると、次の瞬間には途轍もないスピードで二人は走り出した。それはもう人間の出せる速度の範疇を越えている。俺はその空気抵抗に押されニルの体から振り落ちそうになるが、ニルの体に力一杯にしがみついて何とか耐えていた。


「もう大丈夫そうです!」

「えぇ!? うわっ!」


 不意にニルの声が聞こえたかと思うと、急にニルが立ち止まった反動で俺の体は投げ出された。


「痛ってぇ……急に止まるなよ」

「だからしっかり掴まってくださいと言ったじゃないですか」

「止まるなら止まると言ってくれ」


 打ちつけた腰を押さえながら立ち上がる。周りを見てみると、スライム達は遠くで何事もなかったかのように蠢いていた。色も元の色に戻っていて、足元に伸びていた触手も収まっている。


「というか、さっきのあれはなんだよ。魔法なのか?」

「ああ。風の魔法。疾風脚ウィンディアだ。風の魔力を自分の両脚に流し込む事で一時的に走力が向上するんだ。魔法発動から立ち止まる間までが魔法の効力の範囲内なんだよ」

「そうなのか。何か発動する前に言ってたのは……詠唱ってやつか?」

「そうですよ。魔法発動にはスペルって言われている魔法詠唱が必要ですが、スペルアウト……いわゆる詠唱破棄という技能もあるです。スペルアウトをしてしまうと本来の魔法の効力の半分以下の力しか発揮できないですが」

「へぇ……魔法にも色々ルールがあるのか」


 まあ、俺がそれを聞いてところで魔法なんて使えないし意味はないんだけど。


「さて、先へ進むぞ。この森の奥がアルヴェラッタ湖だ」

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