第三幕

一場



 朝だ。

 バティルドとアルブレヒトは並んで洗濯物を干し、デジレは子供数人と一緒に偵察組の為のサンドウィッチを作る。家事当番でない人たちはみな木剣で素振りをしている。

 メドゥーサはそれらを聞き、香り、振動で感じていた。

デジレはサンドウィッチを包み終え、朝食の支度に取り掛かる。と言っても贅沢はできないので、パンにチーズを乗せてかまどに放り込む、その程度だ。子供たちは手分けして目玉焼きを焼いている。

「ヒラリオンたちを呼んでくる」

 子供たちに後を任せてデジレはこっそり木剣を持って外へ出る。リーダーだから、王子だから少しでも強くなる、そんな理由もあるが、デジレは元より体を動かすのが好きで、放っておけば一日中剣を振っている。

「おはようございます、デジレ」

「おはよう、いいか?」

「またバティルドにどやされますよ?」

「その時は一緒に怒られてくれ」

 言い終わると同時にデジレはヒラリオンに切りかかる。少し背の低いヒラリオンは勢いに少し押されるが、見事に受け流す。

「誰があなたに剣を教えたと思っているんです?そんなわかりやすい攻撃では一生私に勝てませんよ」

 声だけ聴くと、とても楽しそうに軽やかな口調でしゃべっているが、表情があまり動かないためちょっと怖い。実は子供たちに一番怖がられている。

「今のは肩慣らしだ」

 対して、イキイキとした表情のデジレはすぐに身をひねり背後を取りに行く。姿勢を低くし足元を狙う。が、そんなことはお見通しだと口元だけで笑っているヒラリオンの宙返りでかわさる。デジレは服の襟もとをつかまれ首が締まる。

「ぎゃっ」

 そのまま後ろに倒され、今日の手合せは終了した。

「あ~~~なんでお前だけ倒せないかな~」

「ふふふ、爵位こそ一番低い男爵ですが、王家に代々剣術の指南役として続いている家です。十年ぽっちじゃ免許皆伝なんてさせませんよ」

「……それじゃダメなんだ。もう」

「ええ、ですから」

 計画への不安か、十年前を思い出したのか、デジレは消え入りそうな震えた声を発する。それをさえぎるようにヒラリオンは言う。

「私をどうぞお連れください。どこまでも、あなたと」

「へー。じゃぁ二人には川まで水を汲みに行ってもらおうかしら。三十往復分」

 バティルドに見つかった。

「デジレ!あんた今朝は食事当番じゃなかったの?子供たちは?」

「やったよ、ちゃんと、並べるのだけ任せてきた」

「まったく」

 プンプン言いながらバティルドはロッジへ向かう。くるり。振り返ってもう一言。

「あ、デジレ。メドゥーサにご飯食べさせてあげてね」

「え?」

 バティルドは戻ろうとするのでデジレはあわてて追いかける。

「昨日けっきょく一口も食べなかったの。で、デジレをじっと見てたから、デジレがあーんしてあげれば食べるんじゃない?」

「は?なんだよそれ」

「んー……」

 人差し指を口元に充てて少し考える。

「女の勘、かな」

 なんちゃってーと言い残し小走りで建物へ入る。

 デジレはちょっとムスっとする。その背後から音もなく近づきひざかっくん。アルブレヒトだ。

「やーい怒られてやんのー」

「ち、がう!」

 デジレとアルブレヒトが言い合いながらロッジへ戻る。

「あーあ、王子、我々を呼びに来たはずなのにすっかり忘れてる」

 と、ヒラリオンは部下に漏らす。みんな笑って朝食へ向かいだす。

「成人したとはいえ、十五なんてまだまだ子供ですね。まあいいでしょう、彼は戦場へ出るとまるで別人。こうして笑える居場所があるのは、よいことなのかもしれません」

「男爵の笑える居場所はどちらに?」

「ふふ、私もここだよ」


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