三場



 ふわ、と美味しそうなスープの香りが漂ってくる。もうロッジの目の前まで戻ってきたのだ。きっと装備品のガシャガシャという音が聞こえたのだろう、女性が一人飛び出してきた。

 菫色ヴァイオレットのショートカットに、海を思わせる深いあおの瞳。バティルド・クルランド大公だ。

「おかえりなさい」

 ハグをしようと腕を広げたが、デジレに少女を渡された。

「よろしく」

 と一言だけでデジレはさっさと建物の中へ消えていった。

「またかーハグできない記録更新中ー」

「まあまあ、いいじゃん!俺も戻ったよ」

 アルブレヒトが少女ごとハグをする。そして唇に触れる程度のキスを一つ。二人は許婚いいなずけだ。十年経っても甘い雰囲気は増えるばかりで、結婚したらどうなるんだろうと周りは好奇の目で見守っている。

「さ、みんな入って!夕飯はトリのスープよ」

 全員我先にと駆け込む。

「私たちも行きましょう」

「あぁ」





 ロッジは増築を繰り返し、あちこちから部屋が飛び出しているようないびつな外観になっている。内部も「なぜそんな所に?」という場所に小さな段差がたくさんできている。

 とうぜん、目隠しをした少女はイスにたどり着く前に二度転んだ。

「はいはーいみんな料理はこぶの手伝ってー」

 バティルドの声に、奥から子供たちがわさわさ出てきた。この子供たちは目隠しをした少女と同様、荷車などを襲撃した際に連れ帰ってきた。彼らはドゥシャ王国に残され、奴隷として売られた平民たちだ。

「今日また新しいお友達が入ったわ!……あ、お名前は?」

「……」

「……」

「メドゥーサ」

「まぁ!」

 バティルドは驚きの声を上げる。

「女神様と同じ名前なのね、ステキだわ」

 子供たちも一緒になって声を上げる。しかしメドゥーサの表情はピクリとも動かない。人形なのかと思ってしまうほど微動だにしない。

「仲良くしましょう」

 バティルドが肩をつかみ、横にしゃがみ込む。目が見えなくても音が聞こえているはずなのだが、メドゥーサはまっすぐを向いたまま動こうとしない。ポンポンと肩を二度たたき耳打つ。

「ごめんね、むりに溶け込まなくていいの、ゆっくりでいいからね」

 バティルドは離れ、デジレの方へ向かった。

「よお大将」

「将軍はそっちだろ」

「そーじゃなーい!」

 言葉が喋れないくらい幼い頃から交流があるが、デジレという男は冗談がまったく通じない。良い言い方をすれば素直。

「あの子一人なの?」

 メドゥーサに一瞬視線をやる。

「そうだ」

「それっておかしくない?」

 デジレは食事の手を止めバティルドに向き直る。

「子供たちが寝たら部隊長全員集めてくれ」

「何があったの?」

「旗を掲げていない馬車だった」

「!……わかった」

 たったこれだけの言葉を交わし、バティルドは子供たちの方へ戻った。

 デジレはアルブレヒトと先に会議室へと向かった。



 メドゥーサは見えているかのようにデジレが消えていった先へしばらく顔を向け、またまっすぐ前を向く。少女は一晩そのまま過ごした。



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