二場



 十年前のあの日、貴族や商人たちは皆宮殿に招かれていた。親について行った子らは一緒に処刑され、外で遊んでいた、いわゆる”やんちゃ”な子は逃げ延び、デジレと合流を果たした。

 兵士や有識者たちは残らず処刑され、国境沿いに首を並べられた。国外へ脱出できたのは、王子と、爵位を持つ子供たち数名と、その護衛たち、計17名。フェッテ共和国への亡命を申請、受理された。

 デジレたちは森の一部を与えられ、腫物はれものとして扱われた。しかし、そんなことはどうだってよいのだ。むしろ好都合。デジレたちは国を取り戻すための拠点ロッジが手に入ったのだから。





「花の香り」

 少女の鈴の鳴るような声が言う。

「あなたと同じ匂いね」

「……」

 デジレは答えず、抱きかかえていた少女をそっと降ろす。森での襲撃後、戦利品と一緒にこの盲目の少女も連れ帰ってきたのだ。

「ここにいろ」

 そう一言残し、男たちは血を洗いにいってしまった。

「ミルタ、あの子に付いていてくれ」

 ポケットから顔を出したシルフィードは、不機嫌な声で返事をしながら飛び立つ。頼んだ、と後から付け加えたがたぶん聞こえていない。

 ミルタはしばらく少女の周りをぐるぐると飛んだ。馬車で目にしたデジレの顔が忘れられないのだ。驚いたのか、嬉しかったのか、はたまた恐怖だったのか。なんとも表現できない見たことのない表情に、ミルタは嫉妬をした。どんな感情にせよ、この少女はデジレの特別なのだ。それが嫌で嫌で仕方がない。

「……シルフィードの御嬢さん」

「うわぁっ!」

 少女から話しかけてくるとは思っておらず、ミルタはまぬけな声を上げてしまった。

「な、によ……」

「お名前を教えていただけますか」

「うるさい!ばーかばーか」

 そっぽ向いて飛び去る。が、戻ってきたデジレに激突。せっかくセットしたお団子ヘアーがちょっとゆがんだ。

「?どうしたミルタ」

「むー」

 恥ずかしさと怒りで顔が真っ赤になっている。デジレは一つ長めに息を吐く。困り笑をしながらポケットを指さすと、ミルタは一目散に逃げ込んだ。

「手を」

 デジレが言うと、少女は抵抗なく右手を差し出す。その手を優しく握り、また抱きかかえる。

「私、歩けますわ」

「遅い。お前を待っていられない」

「さようでございますか」

 二人の淡々とした会話にアルブレヒトは笑いがこみあげてくる。頬の内側を噛んで必死にこらえているが、たぶんバレている。

「アルブレヒト」

「ん」

 ちゃんと返事ができない。

「ロッジについたらバティルドに、昔の服が残っていないか聞いてくれ」

「あー、そうだね。承知した」

 少女の服はどこぞのお姫様のように豪奢だった。身動きの取り辛そうなコルセットにパニエ。さらに狭いロッジでは確実に邪魔になるであろうローブ。しかしそこに、はだしと赤い目隠しが付け加えられる。なんともちぐはぐな出で立ちだ。

 目隠しを外そうとすると抵抗するためそのままにしているが、違和感が拭えないどころか不気味さまで感じる。

「あのまま」

「それはない。事情はこれから話してもらうが、置き去りも処刑もなしだ。僕たちは人殺し集団じゃないんだ」

「そ、うですか」

 会話は途切れ、一行はロッジへ向けて再び歩き出した。



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