二場
十年前のあの日、貴族や商人たちは皆宮殿に招かれていた。親について行った子らは一緒に処刑され、外で遊んでいた、いわゆる”やんちゃ”な子は逃げ延び、デジレと合流を果たした。
兵士や有識者たちは残らず処刑され、国境沿いに首を並べられた。国外へ脱出できたのは、王子と、爵位を持つ子供たち数名と、その護衛たち、計17名。フェッテ共和国への亡命を申請、受理された。
デジレたちは森の一部を与えられ、
♢
「花の香り」
少女の鈴の鳴るような声が言う。
「あなたと同じ匂いね」
「……」
デジレは答えず、抱きかかえていた少女をそっと降ろす。森での襲撃後、戦利品と一緒にこの盲目の少女も連れ帰ってきたのだ。
「ここにいろ」
そう一言残し、男たちは血を洗いにいってしまった。
「ミルタ、あの子に付いていてくれ」
ポケットから顔を出したシルフィードは、不機嫌な声で返事をしながら飛び立つ。頼んだ、と後から付け加えたがたぶん聞こえていない。
ミルタはしばらく少女の周りをぐるぐると飛んだ。馬車で目にしたデジレの顔が忘れられないのだ。驚いたのか、嬉しかったのか、はたまた恐怖だったのか。なんとも表現できない見たことのない表情に、ミルタは嫉妬をした。どんな感情にせよ、この少女はデジレの特別なのだ。それが嫌で嫌で仕方がない。
「……シルフィードの御嬢さん」
「うわぁっ!」
少女から話しかけてくるとは思っておらず、ミルタはまぬけな声を上げてしまった。
「な、によ……」
「お名前を教えていただけますか」
「うるさい!ばーかばーか」
そっぽ向いて飛び去る。が、戻ってきたデジレに激突。せっかくセットしたお団子ヘアーがちょっとゆがんだ。
「?どうしたミルタ」
「むー」
恥ずかしさと怒りで顔が真っ赤になっている。デジレは一つ長めに息を吐く。困り笑をしながらポケットを指さすと、ミルタは一目散に逃げ込んだ。
「手を」
デジレが言うと、少女は抵抗なく右手を差し出す。その手を優しく握り、また抱きかかえる。
「私、歩けますわ」
「遅い。お前を待っていられない」
「さようでございますか」
二人の淡々とした会話にアルブレヒトは笑いがこみあげてくる。頬の内側を噛んで必死にこらえているが、たぶんバレている。
「アルブレヒト」
「ん」
ちゃんと返事ができない。
「ロッジについたらバティルドに、昔の服が残っていないか聞いてくれ」
「あー、そうだね。承知した」
少女の服はどこぞのお姫様のように豪奢だった。身動きの取り辛そうなコルセットにパニエ。さらに狭いロッジでは確実に邪魔になるであろうローブ。しかしそこに、はだしと赤い目隠しが付け加えられる。なんともちぐはぐな出で立ちだ。
目隠しを外そうとすると抵抗するためそのままにしているが、違和感が拭えないどころか不気味さまで感じる。
「あのまま」
「それはない。事情はこれから話してもらうが、置き去りも処刑もなしだ。僕たちは人殺し集団じゃないんだ」
「そ、うですか」
会話は途切れ、一行はロッジへ向けて再び歩き出した。
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