第二幕

一場



 花の都と謳われた「ドゥシャ王国」その王都が陥落した。侵略こそが是と説く「エシャペ帝国」による侵略である。

 帝国は創生より常に侵攻、略奪を繰り返し、一世紀以上にわたり戦争を続け、大陸一の領土を持つ大国と化した。

 それでもなお、侵略の手を緩めることはないのだった。



あれから10年―――


「デジレ、旗のない馬車だ」

「僕も確認した。奴隷商じゃないな」

 かつてドゥシャ王国だった現在の帝国ライラック伯爵領と、フェッテ共和国の国境には広大な森がある。国境のほぼ全てに木々が広がっているため、帝国も侵攻を一時的に後回しにしている。

 日中でも薄暗く道は整備されていないため、このケモノ道を無理やり進むのは、お尋ね者か、表ざたにしたくないものを運ぶ時だけだ。

「新しい兵器か、それとも希少な宝石か」

 少し離れた木の上でひそひそと小声で話すボロをまとった二人の姿。

 一方は金髪碧眼の青年、アルブレヒト・シレジア公爵。

 もう一方はブルネットのセミロングにエメラルド色をした瞳、少年から青年へと変わる繊細な年頃。十五になったデジレ王子だ。

「旗を掲げていないなら、あの馬車が返らなくても騒がれない。奪うぞ」

 デジレは自分の胸ポケットをちょいちょいとつつく。中から顔をのぞかせたのは、手のひらほどの大きさの妖精シルフィードだ。

「ミルタ、あの馬車を奪うと伝えてくれ」

「はーい」

 ミルタと呼ばれたシルフィードはデジレの頬にキスをしてから飛び立った。ほかの木々にいる仲間への連絡役である。ミルタが葉をかすめていくと、どこに隠れていたのだろう、二人と同じようにボロをまとった青少年たちが、一斉に馬車に襲い掛かる。

「僕たちも行こう」

 デジレたちも少し遅れて参戦する。

 馬車には騎手が一人と警護に兵が二人。たいしたことないかと思ったが装備がいやに重い。宝石なら資金になる。デジレたちはなんとしても手に入れたい。

「弓部隊」

 デジレの号令とともに地上戦部隊は森へいったん引く、兵士が追うか否かを躊躇したその一瞬に矢を射ち込む。

 装甲のない顔面直撃。

 デジレは馬車を置いて逃げようとする騎手を捕まえ問いただす。

「し、知らねえよ!俺は兵士でもなんでもねえんだ。ただの雇われ運送業者だ」

「そうか」

 首を刎ねる。

「甲冑や剣を剥がして持ち帰る。少しは金になるだろう。死体の処理も頼む」

「はっ」

 よく統制がとれている。誰一人衝突することなくテキパキと処理していく。

「アルブレヒト、荷車を確認するぞ」

 デジレは罠がないか、慎重に剣先を荷車の天幕に差し込む。ゆっくりめくると視界いっぱいに金糸が広がっている。

「……っ」

 思わず息をのむ。

 十年前のあの日がフラッシュバックする。そんなはずはない、だってあの時、僕だけが逃げたのだから。デジレは体を強張らせる。

 波打つ金髪の中に小さくうずくまる子供の手足を見つけ、別人だと判断し駆け寄る。十年経って子供のままなわけがない。

「おい、無事か……」

 肩をつかみ振り返らせる。

「きゃっ」

 鈴の鳴るような声の少女は、赤い別珍で目隠しをされていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る