二場
―――!!
何か叫ぶ声が聞こえた気がした。デジレはゆっくりと体を起こし辺りを見回す。
暗いのに明るい。
デジレはまだ眠たい目をこすり理解できない状況を飲み込むために窓へ近づいた。満天の星空に竜が踊り、庭は炎で海のようになり、ケムリに混ざってむっとするほど鉄さびのような臭いが広がっている。
ここでようやく乳母の姿が見当たらないことに気が付く。不安から、服のすそをぎゅっと掴む。しかし進むこともできずただただ立ち尽くす。
―――キイィィ……
扉が開く音がした。デジレはあわてて身をかがめ、息を殺す。
「王子?おいでですか?」
鈴が鳴るかのような愛らしい声がする。女の子だ。ほっとしてため息を吐き出す。顔を上げようとした。
「目を閉じて」
強く言われ体をこわばらせる。シュルと衣擦れの音が耳元でなり、デジレは目隠しをされた。
「このまま私について来てください」
言い終わると同時に腕をつかまれ何も見えない状態で走らされる。そこかしこから鉄さびのにおいと肉の焼けるにおいがする。デジレはぼんやりと、このまま僕も燃えちゃうのかな、と考える。鉄さびのにおいが血の匂いだということは気づかないふりをする。
右へ左へ、金属の擦れる音を避けて走る。目隠しのせいか、いつもより音やにおいに敏感になる。ケムリにむせる、足がもつれる、しかし少女は立ち止まってくれない。
目隠しをされた状態で手を引かれ、城のどこを走っているのかも分からなくなっていた。どこかからガラガラと崩れる音がする。炎で城壁の一部が崩れ始めたのだろう。込み上げてくる嗚咽、振りほどけない腕。
ぐるぐる、ぐるぐると頭が回る。思考が追い付かない。自分のこと、両親や城にいた人々のことも全部忘れ、少女へのささやかな反抗もしなくなったころ、ようやく足を止めた。
「少しお待ちを」
少女は手を放し、何か重たいものを持ち上げているのだろうか。ううう、と唸る声が下方から聞こえる。
―――ギッ、ギギ
錆びついた
「王子、申し訳ございません」
と声をかけられた瞬間突き飛ばされる。
どすん、と穴の中に落ちた。
「目隠しを外していただいて結構です」
王子はそれより落ちた時にぶつけたおでこが痛い。
「そして振り返らず走り切ってください」
火の手が回ってきたのか、崩れる音が近づいてくる。
「急いで!」
少女の叫びを合図に走り出す。振り返るなと言われたが、一瞬見てしまった。
自分とさほど変わらないだろう背丈の人影。
視界一面を覆いそうなほど豊かな波打つ金糸。
そこから細く白い両腕がのぞく。
後ろ姿しか見えず顔は一切わからなかったが、風に揺れる金の髪が目に焼き付いた。目隠しに使われていた赤い別珍の布を強く握りしめて走る。走る。走る。
体力もつき、歩いているのと変わらない速さになったころ、ようやく出口が見えた。城壁を超え、小高い丘の花畑の真ん中に出る。
デジレは自分が来た方へ視線を向ける。
自分の住居だった王宮は炎に呑まれ別の生き物にでもなったかのように大きく揺らぎ、そびえ立つ塔のてっぺんからはドゥシャ王国の国旗は消え、エシャペ帝国の旗が掲げられてる。
王国暦二百九十年
帝国暦百二十七年
―――ドゥシャ王国、陥落。
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