15話 宴のあとで

 乾杯が終わった直後、シャドさんは現実世界に戻っていきました。


「次あった時は、今日の料理の感想、聞かせろよ」 という言葉を残して。


 *****


「歓迎会」という名の、どんちゃん騒ぎ (歌あり踊りあり、アビリティとスキルを使った一発芸あり。 僕の歓迎会というより、出し物発表会) が終わり、あとに残されたのはテーブルにひしめく空のお皿とグラスたち……



 しばらく、それを前にして固まる一同。 片付け大変だろうな……。



 お皿の量もびっくりだけど、あれだけの量の料理を完食したことにも驚くよね。 (ミカさんが1/3食べてた気もするが気のせいだろう)


 ちなみに、VR世界で体内に入れた栄養素は、おおむね現実世界のプレイヤーに還元されている。 現実世界の僕に繋がっていた、あのパイプを通して。


 ゲームのみならず一般生活に溶け込んだVR。 この中で仕事や生活をしている人もいるぐらいで、生命維持のため、組み込まれている機能なんだ。


 だから、彼女たちは、この量のカロリーとかを摂取したわけで……太らないのだろうか。


 あれかな? やっぱり、栄養素は、お胸にいってるのかな?



「と、とりあえず、運ぶだけ運んで…… で、後で片付けよう!」 なっちゃんの若干上ずる声に賛同するギルドメンバーたち。 手際よく、食べ終えた食器類を厨房(入り口から見て右の部屋)へと運び入れる。


 そして、次々と重ねられていく食器類……



「悪いけど、先に落ちるねー」 そういって離脱(ログオフ)するなっちゃん。 一旦部屋に戻るといって、ミカさんと天使さんは、2階へ上がっていった。 こちらは、このあと現実世界に予定がある離脱(ログオフ)組。


 各々の部屋は、入り口からすぐの階段を上った先に、個室が用意されているらしく、僕は最奥のゲストルームを割り当てられたので、片付けが終わったら確認するつもりなのです。


 そして、特に予定のない僕と、もう少し余裕があるというリアさんだけが残された形となり、それならと、僕は食器洗いを、リアさんはパーティー会場の後片付けをそれぞれ担当することにしました。



 そして、現在。


「……よくわからない人だったな……」


 僕は、超々高速でお皿を洗いながら、シャドさんの今までの言動 (ミカさん宛のメールの内容を含む)を思い出し、そうつぶやいた。


 彼の人となりが想像と全く異なっていたんだよね。まさか、エプロンとは…… まあ、怖い人、ってところは当たりだったのかな?


 精神系魔法を使うようには見えなかったけど、それすらも計算されたフェイクとか? んー。どっちもありえるかも……



 さながら、全自動食洗機のようにお皿をもくもくと片付けながら、様々な可能性を検討する。 しかし、結論は出ず、僕の思案タイムは、一人の女性の登場により終了するのだった。


「テーブル拭き終わったから、手伝うね」 台ふきんを手でたたみながら厨房へとやってきた「リアさん」その人によって。


 *****

 リアさん


 目を引く長い銀髪を背中まで流している。 髪の途中から、軽くウェーブしているので、冒険時は髪の毛をアップにしているのかもしれない。


 上には、清潔感を表す白のTシャツ。 薄い青色の二つの塊がその奥からうっすらと浮かび上がる。 恒例のお胸チェック。 不意討(アンブッシュ)ちちゃんより少し大きいぐらいかな?


 目の色と同じ青のピッチリしたボトムを身につけ、足元は素足にサンダル。


 少しだけ切れ長の目は、回りの人の背筋を少しだけ伸ばすような、そんな凛とした雰囲気を作るのに一役買っているようだ。


 *****


「あれ? もう終わりそうなんだ」 僕の横に最初にあった山は、姿を消しており、小さな塊を残すのみとなっていた。


 この短時間でお皿を洗えているのには理由がある。


 リアさんに向こうの部屋の片付けをお願いしている間に、この子の力を借りたのだ!


「運命のサイコロ」とシステムに名付けられた、確率の神様の住むサイコロ。 僕は「ロール ア ダイス」の合言葉を唱えることで金銭の発生しない確率を操作することができる。


 スキルに関しては「ロール ア ダイスー♪」と鼻歌を歌いながら作業をすることで、あっというまにLVMAXに。 厨房に入ってから『食器洗い』『屋内掃除』のスキルをさっそく上げたのですよ。



「へー。 ゲーム始めたばかりなのに、すごいね」 といって、リアさんは僕のそばに近づき、手を後ろで組むと、少し身をかがめ、僕の手の動きを観察している。 ちらちらと存在感をアピールする青の果物カバー。 中身は、小降りのオレンジとみた!


 おっと、脱線脱線。 さて、なんて答えよう……



「スキル経験値ボーナスがついてる装備を持ってるんです。 あと、エクセレントとかシステムアナウンスに出てきて、気づいたら、こうなってました」 ウソはいってない。


「そっか。天魔くん、運がいいんだね。 それ、大当たりで、無条件で1LVアップのアナウンスだよ」 僕の顔を少し下から見上げるリアさん。 「シャドさんがよろこぶ」 そう続けた。


 はて? なぜ、ここで彼の名前が出てくるのだろう。 素直に聞いてみた。



「えっと、ここの人たちって、その……料理とか片付けとか、ほんの少しだけ、苦手なの……だから、食器洗いもシャドさん担当」 そういって、はにかんだリアさん。 その笑顔はさっきまでの凛とした雰囲気を柔らかなものに変えた。


 だから、部屋の片付けに少し時間がかかってたのかな? 僕としては、スキルLV上げの現場を見られなかったから、ありがたかったけど。


 まだ、この能力のことは、誰にもいっていない。 いつかはいわなきゃいけない気もするけど、それは今ではないと思ったんだ。



「食器洗いも、ってことは、ギルドの食事もシャドさんが全部担当してるんですよね? メニューとか作る量とか」 僕はメールの内容を思い出したんだ。 彼がギルドの胃袋を握っていれば、ミカさんの食事を制限することは簡単だ。


「そうよ。 あの人、現実世界で料理師になるか、今の職につくか、かなり悩んだ位、料理上手なんだって。 だから、美味しかったでしょ?」 リアさんの答えは僕の考えを肯定するものだった。



 となると、魔術師の線は消えるな。 メールにあった言質をとればどうとでも、って、力ずくでなんとかする!だよね、やっぱり。 あの気性と背格好なら前衛職の方がしっくりくる。


 僕より頭一つ大きい背。 (180cmくらいかな?) 鍛え上げられたという表現が、まさにぴったりの体。 ものすごく悪い目付きに大きな声。


 ここまでだと、山賊の親分ってイメージなんだけどね……三角巾とエプロン……イメージ狂うんだよなー。



 すべての食器が洗い終わったので、リアさんに聞いてみた。


「あの人、いつも怒ってるんですか?」


「シャドさん? いつもは優しいよ。 あの人、料理奉行だから。 鍋奉行とか焼き肉奉行って聞いたことある? あれの料理版。 冷める前に食え! 好き嫌いするな! 残さず食べろ! 食べ物に感謝しろー!」 僕の声に含まれる若干の怯えを感じ取ったのだろうか、リアさんは明るく、シャドさんのあまり似てない真似をしながら答えてくれた。


 その心遣いと、にこやかな顔のエプロンさんを想像して、ちょっとだけ笑えた僕だった。 


 *****


 他愛ない会話をしながら二人で手分けしてお皿を拭き、食器棚に戻したところで、リアさんが切り出した。


「さて、どうしよう? 私はまだ少し時間があるんだけど……」


 そういうことなら……


「他に僕にやれること、ないですか? 掃除とか、洗濯とか」 僕はこの催しに対するお礼がしたかったのだ。



 すると、リアさんはなぜか表情を変え、 「天魔くん、このギルドのために何かしたいって思うのは立派なことだと思う。 でも、今、きみのやるべきことって、掃除とか洗濯なの?」 と僕に聞いてきた。


 ? そういわれて考えてみる。 自己紹介しようって流れでもないし、掃除・洗濯以外にやるべきこと……? なんだろ?


 僕のはてなマークにリアさんは、僕がこのギルドにスカウトされた理由を知っているかと追加で質問してきた。


 それについては、二人から説明を受けた旨を伝えると、リアさんは僕と2m弱の距離を取って正対した。



「なっちゃんから、ギルド通りのこと聞いたの。 スキル使っていいから、私の攻撃、避けてみて」 そういって、ほんの少しだけ重心を前に移すリアさん。


「避ければいいんですよね?」 僕はなっちゃんの攻撃を避けきった自信から、少し調子に乗っていたのだろう。


「……うん。 3秒後に攻撃するね」 僕の声の調子から、さらに僕に有利な条件を提示するリアさん。


 そんなこといって避けられたら、先輩の面目丸つぶれですよ?


 カウントダウンを聞きながら、攻撃に備える僕。 ここでは、攻撃的なアビリティもスキルも使えないし、余裕でしょ。


 ちょっとどころか、かなり調子に乗っていた。 この直後に僕は自分の軽率さを痛感させられる。



 カウントダウンが終わり、リアさんの拳は僕の鼻先でピタリと止まり、僕は避けるどころか、その拳に反応することもできなかったのだ。



「なっちゃんは、後衛職。 攻撃は、私の役目」


 リアさんの透き通る声が、調子に乗るなと僕を諭してくれた。


「少しキツいこというね。 なっちゃんの攻撃を避け続けるのは難しくないの。 あの娘、まっすぐでしょ? 多分、中堅冒険者なら、みんな回避に専念すれば避けられる」 リアさんの声は優しい。


「きみをスカウトしたのは、シャドさんの思いつき。 他の初心者でも良かったの。 きみが他の人より、少し目を引いただけ」


 拳を戻してから、棚の中身、回りより少しだけ大きな、「シャド様専用」とかかれたグラスに目線を送るリアさん。



「このギルドのために何かをと思ってくれるなら、私の大好きな人たちの力になってあげて。 このギルドは、お気楽極楽でとても楽しいの。心地いい。 でも、走り出したら止まらない。 全力でこのゲームを楽しむ人たちの集まりだから、全力で目標を達成する。 もちろん、私も全力で」


『ギルドオーダー』 なっちゃんの話してくれた「闘竜祭、優勝」……か。 今まで漠然としていた優勝の単語にプレッシャーを感じる僕。


「それに、きれいになったギルドハウスを見たら、よろこぶどころか、俺は家政婦をメンバーに呼んだわけじゃねー!って怒鳴るよ?」 リアさんがまたシャドさんの似てない物まねをする。


 しかし僕は、さきほどとは異なり、彼女の心遣いに答えることができなかった……


 *****


「動く元気がまだあるなら、現実世界に戻って、体を鍛練するのもいいと思う。 私はそうしてる」 不意に出てくる現実世界という言葉。


「『DFA』にできぬものなし、って、現実世界でできたことなら、この世界でもできるよ、って意味なの。 腕立て伏せが100回できたら、スキルの力で200回できる。 早く走れるようになったら、スキルの力で、もっともっと早く走れる」


 走る…… 僕が、走る? ……歩くこともままならないこの僕が?


「中堅冒険者になるとね、そのことがどんなに素敵なことか、みんな気づくの。 だから、ゲームだけじゃなく、現実世界の生活を大事にする。 現実世界の努力のその先を、この世界は一足先に見せてくれるから。 また、現実で頑張ろう、もっと現実で頑張ろう、って」 まるで、リアさんが、自分自身を励ましているように、言葉を続けた。



 それが、サービス開始から15年たっても、プレイヤーが増え続ける『DFA』の魔力の正体。


 人間は見えないものより、見えるものを信用する。 だから、RPGゲームは人気があるんだ。 様々な努力が、ステータスという数値に反映され、すぐに結果を見ることができるから。



 現実世界でもステータスが見れたら、どれだけの人たちを勇気づけるんだろう。 君の努力は間違ってないよ。 ほら、こんなにも成長してるんだよ、って。



 リハビリして、それでも普通に歩けなかったら、どうしよう? 慰めてくれる人のいない世界で、どうやって僕は僕を慰めたらいいんだろう?



 僕が、現実世界で医者にいわれた、リハビリすれば人並みに回復する、の言葉に素直に従えなかった理由。


 努力が報われなかった時のことが怖かったんだ、僕は……でも、目の前の人は努力しろ、といっている。 私も努力しているのだから、きみもと……


 そして、僕のなかでやれる、やれないのせめぎあいが始まる。 状況は、劣勢だった……


 もう少し、僕を後押ししてくれる言葉がほしい。 過去のトラウマのようなものを説き伏せるために



「僕にもできるでしょうか? 早く走ること……今よりも、もっと早く」


 歩くこと、とはいわなかった。 僕の現状を知る人は少ない方がいい。 僕を「現実世界の天魔」ではなく、「この世界の天魔」として、見てもらうために。



「できるよ。 現実世界の天魔くんは、生きてるでしょ?」


 リアさんは、今まで押し黙っていた僕が発した言葉に力強く答えてくれた。


「生きるってね、私たちは意識してないけど、細胞はものすごく努力してるの。 毎日、新しい細胞を作ってる。 今よりも、より良い細胞を、ってね。 その細胞の集まりが私たちなの。 だから、努力って、実はいつもしてるんだよ。 だから、生きているなら、努力はできる」


 意味がわからないけど、でも、わかる、理解できる。 そんな不思議な言葉だった。


 その言葉の後押しを受けて、状況を五分に。 そして、少しだけ、「やれる」が優勢になる。



「やってみます。 まだ、自信はないですけど……僕も全力でこのゲームを楽しみたいので」


 このギルドの一員になりたい、という意味をそんな言葉で返した僕。 現状ではこれが精一杯の言葉だった。



「うん。 ……頑張ってね」 リアさんのその短い言葉がタイムリミットを僕に教えてくれた。



 そろそろ時間だからと告げるとリアさんは2階へと消えていった。 僕はその後ろ姿を見送ると、現実世界に戻り、過去と対決する決意を固める。



(あ、その前に……やっとかないといけないことがあったんだ!)


 僕はあることを思い出し、リアさんに心の中で詫びる。


(その前に、これだけ。 これだけ、やらせてください)


 僕はギルドハウスの扉から外に出て、庭を探す。 辺りはすでに暗く、回りのギルドハウスからこぼれる光だけが頼りだった。


(外玄関の明かりの付け方、聞いておけば良かったな。 あ、やっぱり、あった!)


 塀の間に庭へと続く道を見つけると、今度は庭にあるであろう井戸を探す。


(こういうところも一応、中世ヨーロッパ風なんだね)


 手押し式のポンプ井戸を見ながら感心する僕。 汲み上げ式でなくて本当に良かった。



 何度かハンドルを上下させると、すぐに水が出てきた。 近くにあった桶に、少し貸してください、と声をかけ、それに水を貯める。


 そして、イベントリから初期装備を取り出すと、「合言葉」を唱えながら、洗濯を始めた。


 紫色の幻想的な光の中で、僕は『洗濯』のスキルをあげる。 ファンファーレが10回鳴り響き、僕の一つ目の目的は達成された。


 用済みとなったこれをどうしたものかと、一瞬の思案。 濡れたままでしまっても平気なんだろうか。 でも、邪魔になるからと、軽く絞ってイベントリに戻すことにした。



 そのあとで、桶の水を流し、きれいな水を新たに汲み終えると、一枚の白いハンカチを取り出し、僕は丁寧に心を込めて洗うのだった。


 いつか、持ち主の女の子に、「ありがとう」の言葉を添えて返す、その時を想像しながら。

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