13話 謝罪の行方

「なっちゃん、ごめん」


 開口一番に僕から出た言葉。


「……それだけ?」 しばらくの沈黙のあと、なっちゃんが口を開く。


「うん。それだけ」 僕は即答する。


「なっちゃんが怒った理由は、わかってる。 でも、僕がなっちゃんのことを魅力的だと思ってるのも事実なんだ。 なっちゃんの内面や外見のことをもっと知りたいって思う僕がいて、でも、そのことを謝ったら、僕の気持ちを否定するような気がして。 だから、そのことについては、謝れないんだよ。 でも、なっちゃんを傷つけた。 だから、ごめん。 ごめんなさい」


 そういって、精一杯の気持ちを込めて謝る。



 反応がないので、顔を上げると顔を真っ赤にして、凍り付いているなっちゃんがいた。 心配そうに見つめる僕。 すると我に返るなっちゃん。


「バ、バカじゃないの! なにそれ! 信じらんない!」 そういって、スタスタと歩き始める。


「バカなのは自覚してるよ。 以前の記憶、ほとんどないんだもの。 多分、中学生よりバカだよ、僕」 追いながら答える。


「そーゆー意味じゃないわよ……」 小さな声でいった言葉を聞き取ったけど、意味はわからなかった。



「さっきの娘、あんたの知り合い?」 噴水広場から伸びる最奥の道にさしかかったところで、なっちゃんが聞いてきた。 歩くスピードはゆっくりとしたものだった。


「うん。 『DFA』にきて、最初に知り合ったんだよ」 「その割には、親しそうだったじゃない。 恋人なのかと思ったわよ」


 そういわれて、考えてみる。


 しかし、残念ながら恋人がどういう状態を指すのか、よくわからなかった。 お父さんとお母さんになる前の状態だということだけ、かろうじて僕の記憶が答えた。


「恋人がなんなのか、よくわからないけど、すごく大事な人だよ」 僕の頭がはじき出した結論を伝える。



 ゲフツ ゴフゴフッ


 急になっちゃんがせき込む。 慌てて、背中をさする僕。 お母さんにさすってもらった記憶があったのだ。 見た目どおり、華奢な背中だった。 あと、なっちゃんは普段着の時、バックホックのブラジャーをつけていることが判明した。


「大丈夫?」 そういって、なっちゃんの様子を観察する。


「顔! 近い!」 なっちゃんは、両腕を使い、僕を引きはがす。 相変わらず顔は真っ赤だった。



「あー、ハイハイ。 ごちそうさま。 なによ、あたしのこと魅力的、とかいって、大事な人いるんじゃない!」 なぜか怒り始めるなっちゃん。 歩くスピードが速まる。 なっちゃんは、感情が高まると行動にもすぐに表れるみたいだった。


「うん。 この世界で3人しかいない大事な人だよ。 あとは、なっちゃんとミカさん」


 大事な人に自分が含まれていないことに怒っているのだと思った僕は、ちゃんと、なっちゃんも含まれていることを伝えた。 スキル「歩く」のおかげもあって容易に追いつけた。


 そのあとで、どうして、なっちゃんのことを大事に思っているのか伝えようとしたところ、「その話題は禁止!巨人拳撃(ジャイアントフィスト)食らいたいの?」と一喝されたので、おとなしく従うことにしました。



 最奥の道に入ると建物が左右に並ぶ。 一軒一軒が大きく、民家というより、小さな宿が軒を連ねているようだった。


 それぞれの建物の扉や入口には、看板、立て札、紋章などが1つずつあったので、多分、「ギルドハウス」というものなんだろう。



「あ、そうだ! これ、ありがとう」 そういって、『移動器』から、オレンジの紙袋を取り出し、両手で大事に抱える。


「あの時、ちょうどお腹が空いてて。 助かったよ」 お礼を伝えることも忘れない。


 なっちゃんは、すぐさま紙袋の中に手を突っ込み、中身を漁る。 そして、目当てのものが見つからなかったようで「紙は?」と僕に不機嫌そうに聞いてくる。


「大事にイベントリの中にしまってあるよ。 僕、女の人に手紙をもらったの、多分、初めてで。 うれしくてさ。 絶対なくさないから、安心して!」


 そう答えると、なっちゃんは、またもや顔を赤らめた。



 僕の顔が真っ赤になるのは、恥ずかしいときだ。 ということは、なっちゃんも今、恥ずかしいのだろう。


「どうして恥ずかしがるの? 字、きれいだったよ? 内容も覚えてる。 付き合えなくてごめん……」


 内容を暗唱しようとしたところで、「返せー!」といって、ゆでだこのように真っ赤になった、なっちゃんが暴れだした。 僕は、なっちゃんの攻撃から逃げ回る。


(街中では、攻撃的なアビリティやスキルが制限されている。 僕は、運命のサイコロで上げた「回避系スキル」を使うことで、LV差があるなっちゃんの攻撃をかわすことができるのだ)



 その後、返せ!返さない!の応酬が続き、周りのギルドハウス?からは、なんだなんだと人が顔を出しはじめる。


 開始から5分 数人が始めた「ねーちゃん頑張れ!坊主負けるな!」の掛け声により野次馬が増える。

 開始から10分 いつのまにか弓おにーさんが賭けの胴元となり、賭けが始まる。 野次馬冒険者さん 20人を超える。

 開始から12分 変動していたオッズに変化が現れる。 なっちゃんの動きが鈍くなりはじめたのだ。

 開始から15分 賭けが締め切られる。 賭けに参加した冒険者さんは、42人。 野次馬を入れると60人強のプレイヤー主催イベントとして運営から認定される。


 そして、ついに決着の時が……


 開始から20分が経過しようとしたところで、僕の決め技 『「巨人拳撃(ジャイアントフィスト)」を食らっても返さない!』が発動する。


 それに対してなっちゃんは決め手を欠き、ついにスタミナが切れたのか動きを止めると、レフリーも兼任していた弓おにーさんが、高らかに僕の勝利を宣言した。


 最終オッズは、「なっちゃんの攻撃ヒット 2.5倍 僕が逃げ切る 1.5倍」 弓おにーさんは、かなり儲けたらしく、僕に分け前として、金貨を1枚くれた。


 その後、冒険者さんたちは、少し早めの酒盛りを始めるため、酒場のほうに移動をはじめる。


 弓おにーさんのおごりとのことで、僕たちにもお声がかかったが、丁重にお断りして、ギルドハウスに向かうことにした。


 なお、ことの発端となった手紙については……

 ほかの人に内容を含め、一切口外しないこと、また、紙を決して見せないことを条件に、所持を認めてもらえたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る