12話 彼女の強さ 僕の弱さ

 どのくらいたったのだろう?


 泣くだけ泣いた後、僕の横隔膜のけいれんは収まり、深く呼吸ができるまで回復してきた。


 すると、とたんに僕はだんだんと気恥ずかしさを覚え、少し身じろぎする。


 女の子は、まだ僕の頭を撫でてくれていた。



「落ち着きましたか?」 優しい声でたずねる女の子。


 その言葉を受けて、僕はうなずく。 僕の反応を確認すると、女の子は撫でるのを止めた。



「カッコ悪いところ、見せちゃったよね」


 僕は顔を上げて鼻を大きくすすると、思いついた言葉を口に出した。 恥ずかしさが勝り、まだ彼女の方を見ることはできない。


「泣くとカッコ悪いんですか? そうは思わないですけど」


 そういって、僕の顔の前にハンカチを出してくれる。


 ハンカチを受け取ると、涙でぐちゃぐちゃになっていた顔を拭く。 せめて、もう少しまともな顔で彼女と話がしたいと思ったから。



「男って、そういうもんなんだと思うよ。 人前で泣かない、みたいな、さ」


 僕の過去に、誰かにいわれたことがあったのだろう。すんなりと出てきた言葉。


「そうなんですか。 男の人って、大変なんですね」


 そういって、女の子はクスリと笑った。



「君には助けてもらってばかりな気がするよ。 『冒険者協会』のこととか、今回のこととか……」


 彼女と大きな声で話したことで、先輩冒険者さんを巻き込む作戦を思いついたし、『冒険者協会』の場所を事前に知れたから、作戦決行の位置も決められた。 あの作戦は、彼女がいたからこそ、実行できた、ともいえるだろう。


「そうなんですか?」 「そうなんだよ」 そんな短いやり取りをする。



「なにかお礼をしなきゃね。 今の僕に、なにか君にしてあげられること、ないかな」


 外国の人の一宿一飯の恩義、じゃないけど。 でも、今の僕になにかできることはあるのだろうか?


 未だに恥ずかしさから、彼女の方を見ることができない情けない僕に。


 この世界に来た当初の緊張感と、それでいて何でもできてしまうような期待感、高揚感。 それが今では全くなかった。



「それだったら、私とパ……」


 そこで、いいよどむ彼女。


「いえ、私の話を聞いてもらえますか?」


 そんなことでいいなら今の僕にもできそうだと思ったので、快諾する。



「私、男の人がよくわからないんです。 さっきの人前で泣かない、もそうですけど。 あ、友達やお姉ちゃんは、男の人、エッチだっていうんですけど、本当ですか?」


 そんな話なの? まあ、その話なら男の僕なら答えられると思ったんだろう。 


「んー、どうなんだろう?」


 彼女の希望にそった答えになるかはわからないけど。


 僕は今日あった出来事を思い出す。 下着、お胸、太もも、お胸……


「あー、エッチなんだと思う……」


 そういいながら、かなりへこむ僕。


「そうなんですか? じゃあ、男の人は女の人に見境なくエッチ、女なら誰でもいい、っていうのも本当なんですね……」


 いや、友達もお姉さんも、かなり片寄ってないかな、それ。



「それは違うと思うよ」


 少なくとも僕は違う、と思う。


「その人のことが気になって、その人のことをもっと知りたくて、で、その魅力にひかれて……だから、誰でもいいってのは違うと思うんだ」


「そうなんですね。 魅力……魅力的……」


 そういってブツブツ呟く女の子。


「じゃあ、魔術師さんから見て、私って、魅力的ですか?」


 唐突な質問に思わず彼女の方を見てしまう僕。 え?っと動かした口は半開きになり、かなり間抜けな顔をさらしたことだろう。


「やっと、こっちを見てくれました」


 そういって、彼女はにっこりと笑うのだった。



 僕は彼女の顔を凝視していた。 質問の意図がよくわからなかった。 魅力的かそうでないかの基準って、そもそもなんなんだろう?



「あ、あの。 変な意味じゃなくてですね! 魔術師さんも男の人で、で、男の人から見て、私って魅力的なのかな?って思って、一般的な参考意見としてですね……」


 顔が真っ赤になり少しうつむき、口早にしゃべる女の子。


「だから、そんなに見つめられると、恥ずかしいです……」


 その言葉にハッとして、思わず「ごめん」と、視線を外し謝ってしまう僕。


「だから、ジッと見つめないで、ちゃんと私を見てください。 どうですか? 私、魅力的ですか?」


 そういうと立ち上がり、池のほとりでくるくる回る女の子。


 そして、後ろ手に両手を組むと、僕の答えを待っている。


 *****

 ボブカットの茶色い髪。 目の色も茶色。 大きく、そして、少しだけ垂れた目は、強い意思と優しさを感じた。

 年の頃は僕と同じくらいだろうか? 身長は、僕より少し低いぐらいだから多分160cm前後。

 全身を動きやすさ重視のパーツプレート(からだの主要部分のみを覆い、間接部に装甲がない)で固めている。

 薄いピンクのシャツ・ボトムで統一されており、ブーツは茶色のすね丈のもの。店売り装備の中から選んだであろうそれは、機能性を重視しつつ、自分の好みをしっかり取り入れているみたいだった。

 *****


 装備を見ていたら、女の子はワタワタとしながら両手で胸を押さえていった。


「胸は見なくていいです。 友達もお姉ちゃんも平均的なサイズっていってくれてるし、私も満足してますから」


 そうか。 この子のサイズが平均的なのか。


「胸以外で魅力的か、ちゃんと答えてください」


 女の子は、そういいながら、口を膨らませて僕の方に近づいてくる。


「どうですか?」


 その問いに僕は思ったことを答えた。


「魅力的だと思うよ。容姿だけじゃなくて、君の優しさとか、そういうのをまとめて、魅力的な女の子だと思う」


 すると、その答えに満足したのか、僕のとなりに腰掛けながら、「そうなんですか。 私、魔術師さんから見て、魅力的なんですね」といい、「それなら良かったです」と座り終えてから続けた。


 その笑顔が眩しくて、僕はつられて笑っていた。


 *****


「魔術師さん、嫌われたくない人がいるんですね?」


 彼女は優しい声でそうたずねた。 僕が泣きじゃくっていた時に繰り返していた言葉。


「うん」 小さく答える僕。



「その人のことを傷つけてしまったんですね」


 とがめるわけでもなく、でも、その行動を肯定するでもない彼女の声は、僕の心にすんなりと入り込んだ。


「うん」


「謝りたい、でも、どうしたらその人が許してくれるかわからない……うーん」


 僕は返事をすることをせず、彼女の言葉を待った。 彼女は自分の経験の中から、同じような経験を思い出しているようだったからだ。



「まず、謝る! 何が悪かったと思っているか、ちゃんと説明する。 相手が思ってることと違うことで謝っても、相手は許さない」


 人差し指を立て、唐突に僕にアドバイスをくれた。


「違う場合は、だいたい、相手がなんで怒ってたか教えてくれる。 あってた場合は、だいたい心の中では許してる」


 うんうん、とうなずく彼女。 


「あとは、誠意! どれだけ相手の人と関係を修復したいか、伝える! です」


 彼女のキャラが変わり、ぐいぐいと攻めてくる。


 そして、そういうものなのか、と彼女の勢いに負け、納得してしまう僕。


 素直に関心する。 僕とそんなに年齢も違わないだろうに、彼女はかなりの人生経験があるのだろう。


 そのことを伝えると、「お姉ちゃんの受け売りなんですよ」 と答える。


「すごいお姉さんなんだね」 「はい。 私のお姉ちゃんは、すごいんです」



 怒らせた理由をこちらが理解していることを伝えたうえで、謝る。 あとは、誠意、か……


 僕は、もらったアドバイスを反芻(はんすう)する。


「大丈夫です。 魔術師さんがそれだけ思うってことは、相手の人もいい人に違いありません。 きっと許してくれますよ」


 彼女の励ましに、なんとかなるかもしれない、と思った時だった。



「いいご身分よね。 約束すっぽかして、女の子とお話ししてるなんて、さ」


 話題の人は、唐突に表れた。 普段着なのか、髪型に変更はなかったが、白のシャツに赤いミニスカート、黒のニーソクスに赤のスニーカーというラフな格好だった。 


「待ち合わせ場所って、ここだったっけ?」


 そういって、近づいてくる。 


 僕は、謝らなくちゃと思うんだけど、声を出すことができなかった。 言葉のはしばしに感じる怒気に気おされてしまったのだ。



「あの人なんですね?」


 彼女の問いかけに、うなずいて肯定する僕。


「女の人ですか……でも、大丈夫です。 私、負けません」


 そういって、なっちゃんのほうに向かって歩き出す彼女。


 僕には、何が大丈夫で、何が負けないなのか、彼女がなぜそこまで僕のためにしてくれるのか、わからなかった。



「ちょっといいですか?」 そういって、なっちゃんに話しかける。 なっちゃんが歩みを止める。


「悪いけど、あいつと先約があるの。 解放してもらっていい?」 あからさまに不機嫌そうな声を出すなっちゃん。


「あの、少しだけ、お話しできませんか?」 ここから彼女の表情を確認することはできない。 しかし、相手を諭すような優しい声色だった。


「あなた、話、聞いてた?」 僕だけでなく、彼女に対してもイライラをぶつけるなっちゃん。


「いいから、こっち来なさいよ!」 そういって、僕のほうへ歩き始めた。


 僕は、いたずらを母親にとがめられる子供のように身をすくめることしかできなかった。



「あなたの今の状態が、魔術師さんにいい影響をあたえるとは思えません! ……だから、少しの間だけ。 私とお話ししましょう?」


 彼女は一歩も引かず、僕となっちゃんの間に立って話しかけ続ける。


「……わかったわよ」 ついになっちゃんが折れた。


「じゃあ、少し歩きましょう」 彼女が誘導しながら、二人は僕から少し、(彼女たちの会話が僕に聞こえないぐらいの距離まで)離れていった。


 僕は、その状況をただ見守ることしかできなかった。



 *****



 そんなに長くない時間だったと思う。



「お待たせしました」


 女の子は僕のほうへ駆け寄ってきて、「彼女、そんなに怒ってないみたいですよ」と笑いながら、そう付け加えた。 きっと彼女が口添えをしてくれたのだろう。



「ごめん、僕なんかのために……」 


 僕は、なっちゃんに謝ることもできず、彼女がなっちゃんをなだめてくれている間、ただ見ていることしかできなかった。


 情けない僕が返した言葉に、彼女は反応した。


「魔術師さん、ダメです。 ダメダメです!」 僕は何がダメなのかわからず、キョトンとする。


 彼女は、両手の人差し指でバッテンを作り、それを開いて僕に2本の人差し指を見せた。



「一つ 僕なんかじゃないです。 魔術師さんは、なんかじゃないです。だから、僕なんかはダメです」 そういって、左手を下げる。


「二つ ごめんなさいじゃないです。 ごめんなさいっていわれたら、私が魔術師さんに悪いことしてるみたいです。 だから、ごめんもダメです。 こういう時は、ありがとうっていうんですよ?」 続いて、右手も下げると後ろ手で両手を組み、そのあとで少し恥ずかしそうに笑う。


「それもお姉さんの言葉なの?」 と僕が尋ねると、「私の言葉です」 と答える女の子。



 そうか。 きっとこの子の周りは、「ありがとう」があふれているんだ。 彼女が「ありがとう」といい、周りの人が「ありがとう」と返す。 「ごめんなさい」を少しずつ「ありがとう」に変えて。


 彼女の持つ優しさとか明るさとか、そういうものがどうやって形作られたのか、僕にも少しだけわかった。


 僕もその優しい世界に触れることができるだろうか?彼女と一緒にいれば……


(君のそばにいたい、といったら、きっと、「いいですよ」って即答するんだろうね)


 今まで彼女に接してきて、短い間だったけど、なぜかそう断言できる僕がいた。 弱さを盾にすれば、彼女が守ってくれる。



 でも、それでいいのだろうか?


 いいわけがない! いいわけがないだろ!


 彼女からもらった優しさを少しでも周りに返し、彼女の優しい世界を広げる。 彼女に守られるだけでなく、彼女を守ることができるようになりたい。 対等な関係。 そうだ、そうでなければ、隣にいる資格なんてない。


 僕は、なんのためにこの世界に来たんだ? 今までの自分を変えるためだ。 生かされるだけの人生を、自らの意思で生きる人生に変えたい。


 友達を作りたいとかいいながら、どこかで他力本願だった。 いい人が、優しい人が、僕の友達に「なってくれる」。 違う、そうじゃない。 僕は、僕の意思で友達に「なりたいんだ」。 彼女と友達に「なりたい」!



 その時、僕の頭がスッと軽くなった。


 いつも薄っすらと頭の中を覆っていた黒いモヤモヤみたいなもの。 何か目的を決めて行動しようとするときに浮かぶ、「でも」とか「だって」 すごく感覚的だけど、僕の行動を邪魔しようとするもう一人の僕といえばいいのだろうか。 それが消えた。 そう実感したんだ。



「ありがとう」


 僕は、彼女から与えられたものに対する精一杯の感謝を伝える。 短いけれど、彼女から教えられた素敵な言葉で。



「いってらっしゃい。 がんばってくださいね」


 僕の表情を見て、何かを感じ取ったのか。 女の子は、優しく微笑み、そういって僕を送り出してくれる。


「うん。 いってきます」


 だから今は……僕がやるべきことをやろう。


 僕は、傷つけてしまった女の子、なっちゃんの元へ向かって歩き出す。 少しだけ取り戻したあの時の期待感、高揚感。 そして、新たに手に入れた「いくつもの素敵なもの」を持って。




 しばらく見送ってくれたのち、女の子の口からこぼれた、また聞きそびれちゃったな、という小さなつぶやきは、僕に届くことはなかった。

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