11話 傷ついた心 傷つかない体

 僕のテンションは、絶賛、最低値を更新中。 トボトボと次の目的地、噴水広場へと向かっていた。


 そう、すでに僕は待望の「試練の洞窟」をクリアし、「最初の街」に戻ってきていた。 それどころか、『冒険者協会』の依頼書もすでに受け取っている。


 では、なぜ、こんなにもテンションが低いのか? 順を追って説明しようと思う。


 *****

 走り出したなっちゃんを追いかけると、すぐに「試練の洞窟」についた。


 なんのことはない、「最初の街」から、まっすぐに進めば、2時間かからずに到着する距離にあったのだ。 (移動系のスキルがあれば、1時間もかからないだろう)


 洞窟を目の前にテンションが上がりまくりの僕。 しかし、二人からいわれた言葉は、その僕を奈落の底に突き落とすものだった。


「じゃ、天魔、いってらっしゃい」 「大丈夫、まっすぐ進めばクリアできますから」 姉妹からのありがたいお言葉。


「あれ? 3人で挑戦するのでは?」 と聞く僕に、「そんなわけないじゃん」 と、なっちゃん。 「私たちのギルドの一員になるなら、これくらい一人でクリアしてもらわないと困ります」 と、ミカさん。


 なんですとー!? いや、そこは、ほら。 僕、はじめて間もない冒険者ですし、そこは先輩方の手厚いフォローが必要なんじゃないかな、と思うわけですよ! ほら、こんな感じの……


 僕は、僕の求める理想のパーティープレイを妄想した。


 前衛職は、ミカさん。 敵の攻撃を受け止め、モンスターの動きを止める。 なっちゃんが、絶妙なタイミングで蹴りを決め、モンスターの武器が跳ね上がる。 「天魔さん!」 「天魔!」 わかってる、こんな好機(チャンス)を見逃す僕じゃない! 「アクティブ 魔法矢(マジックアロー)!」 僕の魔法を受け、絶命するモンスター。 「さすがです、天魔さん」 「やるわね、天魔」 二人に祝福される僕。 でも、僕はこの程度で満足しない。 「二人とも、気を引き締めて。 まだ、洞窟攻略は始まったばかりなんだから」 すると「そうでした。 弟に教えられるとは、姉として失格ですね」 「さすが、頼りになるわ、お兄ちゃん♪」


「フフフ、これぐらい簡単なことさ」 そう、ここから僕の最強ギルドサクセスストーリーが始まるのだから。


「そうよね。 じゃ、頑張って」 「私たち、先に街に戻ってますね」


 二人の言葉に、ハッと我に返る僕。


「え? クリアまでご一緒するって、草原でいいましたよね。 ね、ミカさん?」


 すると、「わ、私はそのつもりだったんですけど、なっちゃんがお腹空いたから、先に帰ろうって」 と顔を真っ赤にして答える。


 するとなっちゃんが近づき、「あたしの手持ちじゃ、ミカさんの分、全然、足りないのよ。ごめんね」と耳打ちしてきた。


 そういうことなら、と2人を見送る僕。 二人はシステムの「帰還(リターン)」で、一足先に街に戻っていった。


「試練の洞窟」をクリアして5LVになったら、『冒険者協会』に寄り、依頼書を受け取って、噴水広場の最奥の道まで来るように、という言葉を残して……



 あの食いしん坊姉め。 かわいい弟より、食べ物が大事か! いや、大事だよね。 下着姿やお胸より大事なんだもん、食べ物。


 トボトボと「試練の洞窟」の前まで歩く僕。



 柔らかかったなー、あの夏みかん。 いかん、想像したら、なぜかお腹が空いてきた。


「はー、夏みかんとは言いません。 せめてオレンジを…… そうだ、シャドさんのメール! ミカさんのお胸が夏みかんっていうなら、なっちゃんのお胸って、オレンジぐらいなんじゃないかなー」


 そう言葉を発した瞬間に僕は、完全に凍り付く……目の前には、オレンジ、いや、なっちゃんが……なぜかいた……


「……誰のお胸が……オレンジだって……?」 ヒイッ!?


「そんなにオレンジがお好きなら、これでもどうぞ!」 そういって、僕の顔面に紙袋を投げつける。 当然、僕は避けることもできず、紙袋を顔面で受ける。


「天魔の好感度、マイナス100! しばらく話しかけないでね!」 そういって、なっちゃんは、「帰還(リターン)」で帰っていった。


 やってしまった…… 僕は、最低の人間かもしれない……


 まさか、新人勧誘の際にあれほど見た「地面ガックリポーズ」を僕がやる日が来るとは……


 でも、変だなー。 今までの僕は、女の人が怖くて、顔も見れなかったはずなのに。 今はなぜか、お胸やら太ももやらがやたらと気になります。 もしかして、病気?



 ガックリとうなだれる僕の前には紙袋。 何が入っているのか確認しようとすると、紙袋からオレンジが一つこぼれた。


 いそいで中身を確認すると、袋いっぱいのオレンジ。 そして、一枚の紙が……


「付き合えなくてごめん とりあえずこれ食べて 残ったのはギルドハウスでみんなで食べよう 天魔のプチ歓迎会 初ダンジョン 頑張れ!」


 僕は涙で前が見えなかった。 僕はこんなにも優しい子を傷つけてしまったんだ。 何がお胸だ! 何が太ももだ!


 僕は……大馬鹿野郎だ……



 とりあえず、やるべきことをやろう。 反省の弁も、謝罪の言葉も、考えるのは、そのあとだ……


 僕は、オレンジを一つ、皮ごとかじると、残りを『移動器』に収納し、入口へと向かうのだった。




「試練の洞窟」は、非常に単調なものだった。


 入口をくぐると、どこかの通路に転送され、通路を進むとモンスターが出てくる。 5LVになるまで、それが続き、達成した瞬間に出口への扉が通路に出現する、といったものだった。


 僕は、出現したモンスターの集団に「魔法矢(マジックアロー)」を10数発撃ち込む。


 そして、生き残ったモンスターには、落ちていた石を手に、動きを止めるまで殴り続けるという、知性もなにもない戦い方をし、初ダンジョンをクリアしたのだった。



 どんなに石を強く握っても、どんなに石でモンスターを殴りつけようとも、


 心とは裏腹に、僕の手は少しも傷つかなかった。


 *****


「試練の洞窟」をクリアし、入口へと戻った僕。


『システム移動器』を取り出し、表示されているシステムの項目を確認する。


(これか。 「帰還(リターン)」) 説明にざっと目をとおし、さっそく発動させる。


「オープン システム 帰還(リターン)」


 すると、まばゆい光が僕を包み、意識が一瞬、途切れる。


 *****


 次の瞬間、僕は……噴水広場に立っていた。 お決まりの定位置には、新人冒険者さんが数人。 そして、勧誘を行う中堅冒険者さんも数人。 まだ、アレは始まらないみたいだ。



 まずはやるべきことをやろう。  僕は、『冒険者協会』に向うことにした。



 目にうるさい看板をかかげる『冒険者協会』の扉をくぐり、女性ゲームマスターさんのところへ。


 5LV到達した旨を伝えると、依頼書をくれた。


 中には『ギルド許可証』の発行依頼が書かれている。 隣町から南に進むと湖があり、その畔に「試験管」が住んでいるので、彼に渡すように、と。 彼が実力を認めれば、『ギルド許可証』と『通行許可書』を発行してくれる。 このイベントをもって、初心者終了となり、ギルドの新設、および、既存ギルドに加入ができる、とのことだった。


 丁寧に教えてくれたことに感謝の言葉を伝えると、最後に、女性ギルドマスターさんは、「いっぱい悩みなさい」と僕に声をかけてくれた。


 僕は、答える言葉が見つからず、小さく、「はい」というのが精いっぱいだった。


 *****


 そして、今。 最後の目的地 噴水広場 (正確には、噴水広場の最奥の道) に向かって、歩を進めているところだ。


 街路が開け、巨大な噴水が目の前に見えた。 中堅冒険者さんたちのそばをとおり、最奥の道を目指す。


 僕の恰好をみて、初心者冒険者と思わなかったのだろう。 見知らぬ顔のおにーさんに、「よう、お疲れ!」と声をかけられた。 僕は、「どうも」とだけ返し、足を動かし続けた。



 すると、僕がよく座っている池のふちのそばを通りがかった。


(疲れたな。 少し休んでから行こうか?)


「試練の洞窟」に入ってから、一度も休んでいないことを思い出し、定位置に座ることにした。



(草原へと出発してから、まだ1日も経過していないのに、ね)


 そこから見える景色は、ひどく懐かしく感じた。


(今の僕があるのは、すべて『ここ』のおかげなんだよね)


 ボーッとしながら過去の出来事を思い返す。



 最初に、不意打(アンブッシュ)ちちゃんと出会って、それから新人勧誘を見て。


 対策を練っての中堅冒険者さんとの勝負。 それが評価されて、ギルドから勧誘を受けた。 あの二人が所属するギルドに……



 例のごとく、「はぁー」と深いため息をついてみる。 オレンジ売りのおじさんは、いない。


 屋台がないので、今日は早々に店じまいをしたのだろう。 オレンジを大量に購入したお客を、僕は知っている。



「はぁー」 また一つ、ため息。

「はぁー」 おまけにもう一つ。

「はぁー」 ……



 僕の生い立ちを人質にとって、行動を正当化しよう。 (僕が止めてとお願いした約束を自ら破るのかい?)


 シャドさんに責任を押し付ける。ギルドハウスについたら、あなたの書いたメールのせいで!って。(ひどい考えだね、それ。 これからお世話になろうって人に八つ当たりをするわけだ)


 …… (本当は、どうしようか、もう決めてるんだ。 そうだろ?)



「断ろう。 ギルド勧誘の件……」


 僕は、心の中で押しとどめていた言葉を、ため息の代わりに吐いた。 これが僕の出した答え。


 僕は、ひざを立てて座りなおすと、足を両腕で抱え込み、額をひざのうえに預ける。 



 僕は、誰かを傷つけた記憶がない。


(もしかしたら、病院の職員さんを傷つけているのかもしれないけど、あの人たちは、僕と関わることを『拒絶』している。 そう感じるから、この際、対象外だ)



 誰かを傷つけたことがないということは、関係の修復方法。 簡単にいえば、どのように謝ればいいか、方法がわからない、ということだ。


 それなら、謝まらずに、こちらから関係を途絶してしまえばいい。 そうすれば、間違った謝り方をして、さらに彼女を傷つけることもない。


 そうだ、それがいい! それが一番、彼女を傷つけない方法なんだ。



 ミカさんもきっとわかってくれる。 僕の意思を尊重してくれるっていっていたし。


 大丈夫。 なっちゃんだって、しばらくたったら、僕のことなんて忘れるさ。 だって、出会って、まだ1日もたってないんだよ?


 そう、これが一番、彼女が傷つかない方法(自分が傷つかない方法)。



 僕は、頭をひざにぶつける。 何度も何度も。 大丈夫、大丈夫、とつぶやきながら。


 何度も


 何度も


 何度も



「あの……魔術師さん……?」


 その声には聞き覚えがあった。 あの子だ。 名前も知らず、勝手にあだ名をつけて呼んでいるあの子。


「どうしたんですか……? 大丈夫……ですか?」


 なんて答えればいいんだろう。 こんな状況で。 いつもの僕だったら……



「大丈夫だよ。 ちょっと今、考え事をしててね」


 そうだ。 彼女には、大丈夫って言い続けてた。



「そうですか……そうですよね。 魔術師さん、今まで大丈夫っていって、大丈夫じゃなかったこと、ないですもんね」


 ほらね。過去の記憶があれば、僕は対応できるんだ。



「そう。 大丈夫、 なんだ。 でも、 考え事、 続けたいから」 


「はい」


「一人に、 してもらえないかな? 僕は、 大丈夫だから」



「だめです」


 ……


「大丈夫じゃないです」


 ……


「魔術師さん、泣いてるじゃないですか」


 ……


「大丈夫じゃないから、泣くんです。 大丈夫な人は泣きません」


 ……ぅ


「大丈夫じゃないから、泣くんですよ?」


 ……ぅぐ……ぅう


「いいんです。 今は泣いていいんですよ」 そういいながら、彼女は僕の頭を撫でてくれる。


 今まで涙という川をせき止めていた壁。


 この女の子の前でかっこ悪いところを見られたくない、という僕のちっぽけな自尊心は、もう、あふれ出る感情を抑えることはできず、僕は、人目をはばかることなく、大声で泣いた。



「嫌われたくない。 嫌われたくない。 僕は、嫌われたくないんだよ……」


 僕は、駄々をこねる子供のように、何度も同じ言葉を繰り返した。


「大丈夫、あなたを嫌う人はいませんよ。 大丈夫……」


 彼女は、いつまでも、いつまでも、そういいながら、僕の頭を撫で続けてくれたのだ。

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