9話 天国と地獄

 暖かく柔らかい光だ……前にもこんな経験があった気がする。



 僕はゆっくりと目を開ける。 が、まぶしくて何も見えない。


「うわ!?」  体を起こしながら、あわてて右手で目を抑える。目を閉じても真っ白だ……



「なっちゃん! 天魔さん、目を覚ましました。 継続詠唱、解除して大丈夫ですよ!」


 あ、女の人の声だ。 でも、まだ痛くて目が開けられない。



「あの、ごめんなさい。 迷惑かけちゃったみたいで……」


 スキルのおかげで二人がどこにいるかはわかる。 ひとりは僕のすぐわきで膝立ちをしてるみたいだ。 声がさっき聞こえたから女の人の方だね。 となると、僕の横に立っているのが女の子か。


 すると、女の子の気配がこちらに接近する。 しゃがんむ。 僕の頭の近くまで。


「もう少し迷惑かけなさい。 魔法の光を直接、見たのね? もう1回、浄化(キュア)かけるから目を閉じてて」


 目の様子を見てくれたみたいだ。 僕は目を開けられるわけもなく、閉じたままにしておく。


「アクティブ 浄化(キュア)」


 凛とした声が響くと僕の目の痛みが一瞬で消えた。 女の子は、回復職だったのか……


「どう? 目、見える?」


 目を開けてみる。 まったく痛くない。 大丈夫みたいだ。


「はい、見えます。 あの、ありがとうございました」


 座ったままなので、首だけで女の子に頭を下げる。 続いて女の人の方にも。


 二人とも笑っていた。 安堵の笑み、というやつだろうか?


「無理しないでくださいね。 LV上げは、明日でもいいんですから」


 そういって僕の謝罪に答えてくれた。


「そうよね、なんなら、ここで今日はお開きにする?」


 二人は僕の答えを待っているようだった。


「あの、少し休めば平気だと思うんです。 なので、有名人ってなんのことだか教えてもらえませんか?」


 そういいながら僕は女の子の方に視線を向ける。


 女の子は、「いいわ」 と一言答えてから話はじめた。



「あんた、噴水広場で新人勧誘の時、騒動おこしたでしょ?」


「あ。 はい……」 (装備ガチャの一件か)


「あれ、ベテラン冒険者たちの中でも評価が高いのよ。 期待の新人 天魔、中堅冒険者を手玉に取る、ってね。 これが、有名人」


 複雑な感じだ。 結局、僕も目標を達成できなかったし、引き分けな気がする。


「じゃあ、長く付き合うかもっていうのは?」 僕は続けて聞いてみた。



「うちのギルマス、あ、ギルドマスターの略ね。 ギルドの責任者とかリーダーだと思って」


 話の腰を折らないようにうなずいて意思表示する僕。


「で、うちのギルマスが、有名人天魔を絡めた『ギルドオーダー』を発動したのよ。 『ギルドオーダー』っていうのは、簡単にいうと、ギルドのみんなで誇りと威信をかけて、難しいクエストをクリアするぞ! って感じかな」


「僕を絡めた『ギルドオーダー』……」


「この街ではね、3ヶ月に1回、ギルド対ギルドのお祭り『闘竜祭』っていうのをやってるんだけど、そこで天魔をギルドメンバーに加えたうえで優勝するぞ!って」


 すると「優勝するぞ」に合わせてミカさんが「オー!」と右腕を上げ、合いの手を入れる。


「あの……」  話の腰をおっちゃうけど聞かずにはいられなかった。


「僕がほかのギルドに入ったらどうするつもりなんですか?」


 すると二人は思い思いに返事をする。


「あんた、いくとこ決めてんの?」 「天魔さん、ほかのギルドに行くんですか?」


 いや、僕が加入することが前提、僕の意思は?ってところに突っ込みたかっただけなんですけどね……


 すると急に「メールだミョン!メールだミョン!」という声が響く。


 ミカさんは、あらあら、といいながら『システム移動器』を取り出し、内容を確認している。 着信音、変えられるんだね。


 女の子はその様子を確認してから僕のほうを向き「で、どうなのよ?」と聞いてくる。


「いえ、まだ決めてはないんですけど……そちらのギルドのことも知らないですし、ほかのところも……」


 すると「まあ!大変です、一大事です!」といいながらミカさんが立ち上がる。


 そして、「なっちゃん、今日、かわいい下着つけてます? 天魔さんが好きそうなの」と聞き、「私はどうだったでしょう?」といいながら胸元を確認しはじめる。


「「!?」」 僕が好きそうな下着……!?


 僕は真っ赤な顔になり顔を伏せる。 なっちゃんと呼ばれた女の子は、「ちょっとそれ見せて!」といって

 、ミカさんの『システム移動器』を奪い取り、中身を確認している。


 内容を確認し終えたのか「あんの、バカシャドッ!」といってミカさんの『移動器』をこちらに投げ、自分の『移動器』を操作しながら、少しこの場から離れるように移動を始めた。


 ミカさんの『移動器』をキャッチした僕は、ミカさんのほうを見ずに「見せてください」とだけ声をかけ、表示されているメールの内容に目を通すのだった。


 *****

 親愛なるミカ


 どうやら、天魔を見つけたようだね。 君たちを調査に派遣して正解だったよ。

 天魔が僕たちのギルドに参加するならよし。 参加しないなら……わかるだろ? 僕が、我がギルドの精鋭たる「なつミカん」を送り出した理由。

 君たちの胸にぶら下がってる「夏みかん」を使うんだ。 つまり、誘惑さ。

 男ってやつは、悲しいかな、女の色気には勝てない。 少し誘惑してやれば、首を縦に振るさ。

 巧く衣服をずらして、下着が視界の端にチラチラと映るようにしてやるといい。 ボディコンタクトの際に胸を押し付けてやるのも効果的だよ。

 言質を取ってしまえば、あとはこっちのものだ。 頑張ってくれたまえ。


 なお、万が一、ないとは思うけど、天魔がギルドに参加しない場合、僕は君に罰を与えなくてはならない。

 あぁ、かわいそうなミカ、君に与える罰は『食事』だ。 そうだね、「今の量の1/4カット」にしておこうか。 君にこの罰を与えたくはないんだ。 君が痩せ干そっていく姿なんて僕は見たくないんだから。

 必ずなつ吉に協力させるんだ。 二人で誘惑すること、これが、このミッションの成功の鍵だよ。


 追伸 この件、なつ吉には、くれぐれも内緒にするんだよ。 怒り狂って、僕に文句をいってくるに違いないからね。


 それでは健闘を祈る (代打ち GA)

 *****


「なんじゃこりゃー!」


 僕はミカさん宛に送られてきたメールの内容を読み、絶叫した。


 このギルドのギルマス、かなりヤバイ奴なんじゃないか?


 いきなり誘惑、ってところも驚くけど、文面のはしばしに出てきた内容。


 ベテラン冒険者であろうミカさんに問答無用で罰を与えられる、とか、言質を取ればこちらのもの、から推察するに、洗脳・強制などの精神系魔法を使うんじゃないかな。


 そんなでたらめな強さを持った相手に抗う術を僕が持っているはずがない。


 まだ見ぬギルドマスターに恐怖を覚える僕……


(そうだ。 とりあえず、ミカさんにどんな人なのか話を聞いてみることにしよう。 なにか対策を思いつくかもしれない……)



「ミカさ……って、な、なにしてるんですかー!?」


 そこには、上着を右手でたくしあげ、立派な夏みかんを誇示しつつ、左手では腰の辺りまでボトムをずり下げ、恥ずかしそうにこちらを見ているミカさんが立っていた……


「こ、これなら見えますか?」


 見えます! 下着の色は濃いピンクで、レースがついてて……って、違ーう! これじゃあ、ギルマスの思惑どおりじゃないか!


「いや、早く……ふ、服を直してください! 目のやり場に困ります……」


 必死になって言葉を絞りだし、目線を外し、右手で顔をおおう僕。


「でも、天魔さんがいったんですよ、見せてくださいって……」


 え? いったっけ? そもそも、僕にそんな度胸はないと思うんだけど……あ、あれかな? メールを見せてって……


 僕が過去のやり取りを思い出していると、突然、右手が引っ張られる。 そして……


 ふにょん


 僕……腕……ミ……胸!……夏……柔!!……感!……昇!!……


 とっさに起こった事態に僕の脳ミソは、オーバーヒートし、正常な思考を保つことができなかった。



(このまま、死んじゃってもいいかもしれない……)



 僕の死の希望を叶えてくれる天使……(いや、あれは、悪魔だった……)がこの至福の時を壊した。


「なーにーを……してるのかなーー?」


 僕に向けられる怒気、そして、殺気……僕のスキル『敵意関知』が最上級の警告を伝える。 命の危険あり。 至急、その場から離れよ、と……


 ミカさんは、「あらあら」といいながら、サッと僕から離れる。


 目の前の鬼神は、全身にオーラをまといながらこちらへ一歩一歩近づいてくる。


「オープン……システム……セーフティ フレンドリーファイア オフ」


『移動器』へオーダーを終えたタイミングで、殺気とオーラがドン!っと、一段を通り越して、二段ぐらいはね上がった気がした……


 フレンドリーファイア オフ!? 本当に殺す気だ! この人、僕を殺す気だよー!!


 僕は、恐怖で動けなかった……スキル『尿意我慢』がなければ、失禁していることだろう……


(パッパパー!パパパ パッパパー!!)


(天魔は、スキル『恐怖耐性』を覚えた)


(パッパパー!パパパ パッパパー!!)


(天魔は、スキル『恐怖耐性』のレベルが上がった。スキル『恐怖耐性』がレベル2になりました)


(パッパパー!パパパ パッパパー!!)


(天魔は、スキル『恐怖耐性』のレベルが上がった。スキル『恐怖…………)


 僕の頭の中でファンファーレが鳴り続ける……あ、こういうときにスキル経験値ボーナスって使えるのか。 なら、無駄じゃなかったな……僕の努力……


 死の危険がゆっくりと迫ってくる時は、やけに冷静にいられるみたいだ。 それともスキル『恐怖耐性』が機能してるのだろうか?


(その努力も灰塵に帰す時が、刻一刻と迫ってるけどね)


 あぁ、僕は……ここで……死ぬんだな……


「スタンバイ 手加減……」 え? 手加減してくれるの??


 その言葉で、僕の恐怖による束縛が一瞬、解けた。 と、目の前の女の子と目が合い……女の子は、ニヤリと笑った……


 その瞬間、残った距離を一瞬で……フェイント……跳……


(早すぎ……目が追いつかない)


「アクティブ 巨人拳撃(ギガントフィスト)」 女の子の声が辺りに響く……


 死の体現者の体をおおっていたオーラが右手にすべて集中し、まばゆい光を放つ。


 森の中で生まれた、その小さな太陽は、木々の影を中心から放射状へと、長く長く伸ばして行く。


 純粋な力の結晶をきれいだな……と思った……



(パッパパー!パパパ パッパパー!!)


(天魔は、スキル『悟りの境地』を覚えた)


「歯ぁー、食いしばれー!」


 そのオーラが頭上から直撃し、僕は……

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