8.5話 真っ暗な世界

 真っ暗な空間に僕は浮かんでいた。 上下左右前後も不明。 あたりに光るものはなにもない。


 ここはどこだろう? 僕は……何をしていたんだっけ?



 あぁ、そうか。 ここは僕が眠っていた時にいた場所だ。 だから心地良いんだな。


 何をしてた? いや、なんにもしなくていいんだ。 今までもそうしてきたんだから……また眠るだけ……



 目を閉じようとすると僕の胸から小さな光がゆっくりと出てきた。


 そして、それは小さな人の形になった。



 君は誰だい? 良かったら僕の友達になってよ。


 僕は、小さな光に手を差し伸べる。



「友達? そもそも、君は友達がどんなものなのか知ってるのかい?」


 光がそう答えた。


 そして、絶句する。 僕は友達を知らない……友達の記憶がないからだ……



「はは、君は友達がどんなものか知らないのに、友達を作ろうとしてたのかい?」


 小さな光はプルプルと震えた。 笑っているのだろう。



 記憶……僕の記憶……どこかにあるはずだ、この空間の中に。 見えないだけで……


 友達がどんなものか知りたい。 友達の記憶……見つけなきゃ。


 僕は必死になって見えない何かを探す。




 あ……今、手になにかが当たった!


 それを夢中でつかみ、小さな光の方にかざしてみる。



 すると光に照らされ、手に持っていたものが光り出した。 手にしたそれは、「写真」のようだった。


 優しそうな顔をした女の人と赤ん坊が一緒に写っている。



 この赤ん坊は、僕だ。 だとすると、隣の人は……お母さん?


 そうだ! きっとそうに違いない。



「そう、これはお母さん。 この場所にある唯一の『女性』の記憶さ」


 唯一の女性?


「だから、外の世界で君はお母さんと年齢の近い女性しか目に入らなかったんだよ。 君はね、おっぱいが欲しかったのさ! 彼女たちからしたら迷惑な話だよね。 君みたいな子供がいるはずないのに、お母さんだと思われ、勝手に慕われる。 そして、最終的には、おっぱい飲ませて! だもんなー」


 小さな光はぶるぶると震えている。



 何がいけないんだよ! 僕はお母さんのおっぱいを飲んだことがないんだ。 みんなが経験してきた記憶が、一切ないんだよ! だから求めたっていいだろ!!


 恥ずかしさなどはなかった。 あるのは単純な怒りだ。


「そう。 この中だったらね、求めていいんだよ、おっぱい。 でも、外ではダメさ」


 光は僕の顔の周りを飛び回る。 うるさいほどに……



 たたき落としてやる! そう思った時だった。


「いいね! いい表情だよ、天魔!! 僕を殴りたいんだろ? 僕の存在を消し去りたいんだろう??」


 ああ、消してやる! 今すぐ、消してやる!!


 しかし、僕の振り回した手は、光をとらえることができない。



「ねえ、天魔。ボクと勝負しようよ。 外の世界で……」


 勝負?


「そう、勝った方が『この世界』と『あれ』を手に入れることができるんだ」


 光を目で追うと「丸い物体」が浮かび上がる。 その中には先ほどまで手にもっていた「写真」が収められていた。


「負けた方は、『この世界』から追放さ! ここには、君とボクしかいないんだからね。 当たり前だろ?」


 勝負するよ……そこで君を殴り飛ばしてやる! 絶対にだ。


 そう答えると、光が「丸い物体」の前から僕の目の前へと戻ってくる。



「焦るなよ。 景品が1つだけなんて寂しいだろ? 二人でさ、ここから探すんだよ。 さっきの「写真」みたいなピカピカの思い出をさ。 そして、見つけたらあの中に入れる」


 そして今度は、「丸い物体」の方へと移動する光。


「いちかばちかの勝負をしよう! 君とボクとで。 勝者が総取り! オール オア ナッシン!」


 僕は力強くうなずく。


「いい表情だ、実にいい表情だよ、天魔! あぁ、残念だけど今回はここで時間切れみたいだね」


 そういうと光は僕からどんどん離れ、見えなくなった。


「あ、そうそう。 外の世界の君は、もうお母さんを探すことはないよ。 君の出会ったあの二人に感謝したらいい。 もっとも、ここでのことは、思い出せないだろうけどね」


 どこにいった? あの二人って誰のことだ?


「それじゃあ、良い冒険を!」


 その言葉を聞いた途端、僕の意識は……

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