5話 冒険者協会へ行こう!

『DFA』2日目



 再参加(ログイン)してから、すぐさま辺りを見回す。


 幸いにも新人勧誘は、現時点では行われていないみたいだ。


 フードを目深にかぶり、噴水池の左側、それでいて、勧誘冒険者さんのポジションから少し離れたところまで、まずは移動する。



 続いて池のふちに腰掛けてからフードを外すと、懐から『システム移動器』を取り出す。


「オープン イベントリ!」


 すると、『システム移動器』上に、昨日装備ガチャで手に入れた合計20個の装備品が一覧で表示された。




「はぁー」


 何度目かの深い、深ーいため息をつく僕。


 何度見ても、一覧に表示されている「虹色装備品(SSR)」の数は16個だった。 他はSRが1つにRが3つ。


 理由は明白。 昨日の2回目の共通職ガチャの時、「合言葉(ロールアダイス)」を唱えなかったのだ!


いや、それでも6/10引けてるだろ。 超強運だろって、慰めるけど、4個をみすみす手放したかと思うと……


 バカバカ、僕のバカ! あんなに頭を働かして、普段やらないようなことまでして、先輩冒険者さんから逃げたというのに、なんで初歩的なミスをするかね、君は……


「ロール ア ダイスって言ってから2回目のガチャを引けば良かっただけなのにね……」


 すると、僕の胸で淡い紫色の光を放つサイコロ。


(うんうん、君は悪くないよ。 悪いのは僕さ。 きっと浮かれすぎていたんだね……)



 そして、僕を悩ませることがもう一つ。


「装備可能個数の制限」だ。



『DFA』では、「利き手」「反対の手」「頭」「体」「足」のメイン武具が5か所、「アクセサリー」として5か所の合計10か所に装備をすることができるんだ。


 じゃあ、ガチャで引いて被ってしまった部位の武具はどうするんだ?って話になるよね。


 そこで「重ね着システム」の登場になるわけですよ。


 これは、メイン武具に限り、最大6個まで装備を重ねることができるというもので、最大35か所に武具が装備できるという優れものなのです!


(「アクセサリー」は5か所のままで、5部位×6個の重ね着、なので5+30で35ってことね)


 ところが、重ね着可能な枠の開放は、10LV毎なんだって。


 さらに追い打ちをかけることに、現在、最大の6か所装備が可能なプレイヤーさんの割合、0.1%!



 サービス開始から15年でしょ? 何年かけたら、その域に到達できるんですかね、僕は…… (どよーん)



 さらに、今回、僕が引いたのは、魔術師と共通職の装備ガチャ、つまり、現時点で装備可能なアクセサリーは、0! なのです……やってしまった……



「はぁー」 (魔術師とアクセサリーガチャ、引けば良かったのに……)

「はぁー」 (ていうか、僕、杖なんて6本持ってるんだよ?……50LVまでの間に、杖、絶対出るよガチャで……)

「はぁー」 (足なんてね、共通装備のみ、しかも5個ともまったく同じもの……確率、偏りすぎでしょ……)

「はぁー」 (友達、ほしい……)



「うるせーっ!!」


 出店のおじさんが投げたオレンジ?が僕の頭に致命打(クリティカルヒット)!


 僕は池の中に真っ逆さま……


 って、冷たい! そして、意外に深いよ、ここ!!


 あれ、僕って泳げたっけ??



 なんだか……意識が……


 *****


 出店のおじさんに池から引き上げてもらって事なきを得た僕。


 記念すべき『DFA』での初死が町人の投擲(とうてき)による溺死、というなんだかわからないものになるところでした…



「営業妨害の上に、溺死して、俺の屋台を事故物件(死体発見現場)にするつもりか! なんか恨みでもあるのか!?」と、おじさんからお小言とげんこつをいただきました。


 ちなみに、げんこつでは減りませんでしたが、おじさんが投げたオレンジ(であってました)で、HPが1減っていたことをお伝えしておきます。



 今は、おじさんの投げたオレンジを池から回収し、モグモグしながら『冒険者協会』に向かっているところです。



 昨日、不意打(アンブッシュ)ちちゃんに教わったことを反芻(はんすう)する僕。


(噴水池広場の左の街路を進めば、目立つ建物がある、それが『冒険者協会』)


(システム関連のチュートリアルはスキップ禁止)



 ちょうど、噴水広場から左の道にさしかかるところ。


「あ、あんた、頼む。ゲームマスターを呼んでくれ。これって、どう見たって新人勧誘じゃないだろ!お、おい!無視するな…あ、やめて…」


 ゴキッと音がする。


「あの、うち、家訓でスキンヘッドと斧使いには近づいちゃいけない…あ、そこの人、助け…ギャー!!」


 ポキャッと音がする。


(うーん、なんだか話しかけられてた気がするけど、きっと気のせいですね)



 ほどなくして、僕は無事に『冒険者協会』に到着することができました。



『冒険者協会』は、噴水広場周りにある建物とは異なり、高さは他に比類するものなく、造りは荘厳の一言。 敷地も広いため、教会か、はたまた貴族さまのお屋敷か、と見間違えるほどでした。 この看板がなければ……


 そこには、ピンクや紫などの、目に非常によろしくない光で装飾された『冒険者協会』の看板が、入口のうえにデカデカと鎮座ましましておりました。



(ほかのゲームを選んだ方が……良かったかもしれませんね)


 僕は、ゲームの下調べが甘かったことを後悔しつつ、建物の前でしばし立ちすくむのでした。


 *****


『冒険者協会』に足を踏み入れると、そこは……とてつもない臭いがしました……


 女性の冒険者さんたちの香水の匂いと、おにーさんやおじさん冒険者さんの体の臭いとが相まって、なんとも言えない……


 いや、言えます。 クサイです。 とてつもなくクサイ! です。


 これは早く要件を済まさないと、大変な事態になるかもしれません、特に僕の鼻が。



 入口正面のカウンターには、この悪臭の中、平然と書類仕事をしている女性がいたので、初心者冒険者であること、装備ガチャを引き終えたら、ここに向かうよう指示があったことを伝えると、僕の右後ろの方をペンで指しました。


 そして、そこには……丸い物体に羽の生えた不可思議生物が……


(また君ですか……)


 僕の嘆息を聞き取ったのか、その生物は嫌味たっぷりに僕にいいました。



「ゲーム開始から1日たってここに来るなんて、君の方向感覚は狂ってるミョン? それとも『システム移動器』の操作が難しすぎて、どこに行けばいいかわからなかったミョン? それだったら技術チームに代わって謝罪するミョン。 今度はアホの子でも簡単に操作ができるキッズ移動器も用意するように合わせて申し送りしておくから許せミョン」


 キラキラウルウルとした目、時折、愛くるしく動く手足や羽。


 ピキピキとひきつる僕の表情。


「では、これから初心者の中でも超ド初心者である君に、ミョンが懇切丁寧にやるべきことを教えてあげるミョン。 この説明でわからなければ即刻、離脱(ログアウト)して、二度と再参加(ログイン)しないことを勧めるミョン」


 彼(彼女?)が一通りしゃべり終えると、僕の視界の右上の方に『スキップ』の文字が。


(チュートリアルはスキップ禁止……チュートリアルはスキップ禁止……チュートリアルはスキップ禁止……)


「5LVになると受諾可能になる『冒険者協会』依頼のクエストがあるミョン。 次の目標はこれだミョン。 ミョンは優しいから超ド初心者の君にも教えてあげたんだミョン。 感謝して、むせび泣くがいいミョン。 狩場だけど、まずは街を出てすぐの草原に向かうといいミョン。 さすがにアホの子の君でも道に……」


 我慢の限界でした。 僕は目の前の不遜な生き物に精一杯の抵抗である「デコピン」を放つと、すかさず『スキップ』を選択しました。


 すると、初日と同様にピッという機械音が小気味よく響き、不可思議生物は説明を途中で止めて、お決まりのセリフをしゃべりはじめました。


「分からないことがあったら『システム移動器』のヘルプを確認してほしいミョン。 それでは良い冒険者ライフミョン!」


 そして、手(やはり手なのだろう)をフリフリとしました。 僕もフリフリと手を振り返したのです。 しかし、顔の青筋はまだ収まりそうにありませんでした。


 ポンッと音を立てて不可思議生物が姿を消すと、カウンターの女性のところまで早歩きで近づき……


「あれ、壊れてません?」 と文句をいう僕。


「壊れないわよ。プレイヤーからの攻撃は一切通らない設定になってるもの」 と切り返す女性。


 いや、「デコピン」の話ではなく……不可思議生物の性格の話なんです……


(僕は人に物事を伝えるのが苦手なので、その辺はくみ取っていただけると非常に助かるんですけど)


 もの言いたげな目で訴えかけると、女性はこう続けた。


「ミョン太の性格が気に入らないのかしら?でも、それはあなたがキャラクターメイキング時に設定したものなのよ」


 え?


「ほら、あなたのミョン太、「超ドSモード」に設定されているわ。だから、ミョン太の言葉使いは、あなたが望んだものなのよ」


 なんで、そんなモードを作ったんですか、制作陣……あれですか?『DFA』にできぬことなし、の精神ですか?



「それよりもあなた、少し、しゃがんでもらっていいかしら?」


 そういって、女性は僕の頭をしげしげと見つめてきます。意図がくみ取れないので、ひとまず言葉に従いましょう。


「やっぱり、性格再現プロトコルとその周辺が一部、欠損しているわ。 本来ならこんなことは起こらないはずだけど…」


 不思議そうに小首をかしげる女性。


(ちょうど、出店のおじさんのオレンジが直撃した当たりですね。 はて?)


「心当たりはない? 発生原因としては、あまり鋭角ではない物体でピンポイントに当該箇所のみを打ち付け、かつ、水に濡れることで発生するはずなんだけど……」


 ん? あまり鋭角ではない物体=オレンジのヘタでしょうか。 でも、発生確率としては、かなり低いみたいですし……


 そういえば、噴水広場で僕は「合言葉(ロールアダイス)」を唱えました。 そして、サイコロは紫色に光っていた……ということは、原因は……



「心当たりありません。 なんででしょうね?」


 そういって、お茶を濁しました。 この能力のことは隠しておかないと大変なことになりそうですし。


「まあ、いいわ。 不具合が発生したということは、技術部に申し送りしておきます。プログラムの修正が必要だもの。 あなたの損傷は、私が直すわね」


 そういって何やら唱える女性。


「アクティブ 浄化(キュア)!」


 僕の頭が柔らかく温かい光に包まれ、頭が一瞬、スッキリとした。 素直にお礼をいう僕。


「私、こう見えてもゲームマスターなのよ。 何かあったら遠慮なく頼ってね? あなたみたいな、かわいい冒険者さんだったら大歓迎するわ」


 そういって、ウインクする女性ゲームマスター。


 大人の魅力というかなんというか、その、とても魅力的です……


「それでは、良い冒険者ライフを!」



 ゲームマスターの女性に見送られ、僕は鼻の下を伸ばしながら『冒険者協会』を後にしたのだった。

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