4話 僕が友達を作りたい理由
目が覚めると同時に周りが騒がしくなる。
医療用のセンサーが僕の脳波と瞳孔でも確認したのだろう。
カプセルに満たされていた液体が排出され始め、それと平行して、僕の食道へと繋がれていたパイプが収納されていく。
すべてがコンピューター制御なので喉を傷つけることもなく、今までに不快感を感じたことはない。
最新型VR対応の医療用ベッド。 この部屋のほぼすべてを占有しているそれは、僕が仮想現実の世界から帰還したことを病院のスタッフに告げていることだろう。
パイプが完全に収納されたことを知らせる電子音を聞いて、僕は今まで口でくわえていた喉保護用の猿ぐつわから口を離す。
猿ぐつわにかかっていた圧力が完全になくなったことを確認すると、医療用ベッドは、カプセル状の窓を収納し、文字通りベッドの形をとった。
僕はその間、仰向けのまま、見知った天井を見つめていた。
代わり映えのしない、無音で無臭、生活感も何もない部屋。
ここが僕の病室、兼、生活部屋、そして、僕の家。
体がだるい。 現実の環境に脳や体がまだ適応していないんだろう。 VRを利用したときのいつもの症状だった。
「髪を乾かして……」
力ない声でコンピューターに命令すると、ベッドに内臓されているドライヤーが髪を乾かしはじめる。
(お腹が空いた……病院食で済ませちゃおうかな? でも、外にも行きたいし……)
しばらくして、髪が乾いたことを知らせる電子音が鳴る。
(やっぱり外にいこう。 もしかしたら、あの人に会えるかも)
髪の毛の乾き具合を確認してから、体を起こす。
胸にはチェーンに繋がれた紫色の正20面体のサイコロがあった。
(『DFA』の中までついてくるとか、君は本当に魔法のアイテムなんだね)
しかし、サイコロは何も答えない。
まあ、なんだっていいさ。 これのお陰で僕は友達が作れるかもしれないのだから。
ノロノロとベッドから起き上がると、僕は部屋のすみに向かった。
ここにはクローゼットがある。 (入院当初に僕が扉を壊してから修理されてない……)
外出用の病院着にまずは両足を入れる。 そして、両腕も通し、ファスナーを上げる。
ファスナーが1番上まで上がると、服は自動的に僕のサイズに調整された。
上下一体型で下着を着用する必要もない。
(サイコロが服の中に入っちゃったけど、まあいいや)
またノロノロと歩き出す。 唯一の出入口であるドアのところへ。
ドアはドアノブがついており、『DFA』の最初の部屋のように鉄?でできている。
僕はこのひんやりとした感覚が嫌いだった。
でも、今日からは好きになれるかもしれない、そんな気がした。
「外出ですか?」
ドアノブの少し上には不釣り合いな電子パネルがついており、そこから声がした。 女の人の声だ。
(やっぱり報告済みか。 君の仕事熱心さには脱帽だよ)
僕は医療用ベッドの方をちらりと見て、職員の問いに答えた。
「はい。 ご飯、食べてきます……」
こちらからはパネルを見ない。 どうせ向こうも同じだろう。
「端末を無くさないようにしてください。 部屋に入れませんから」
どうせなら、このやり取りもコンピューターに代わって欲しいぐらいだ。
僕は返事をせず、端末をポケットにねじ込み、靴を履くと表ドアに貼ってある入院患者の表札を確認する。
*****
第二世代 医療冷凍睡眠子女(スリープ・オーバーチャイルド)
15 H0641686 天魔 様
*****
「…ついでだから、実験用モルモットって書いておけばいいのに」
わざとパネルの職員に聞こえるようにつぶやく。
そして、『DFA』とは違い、冷たく硬い床の上をノロノロと進む。
僕はここで、死ぬまで、死なないように飼い殺されていく。
これが僕の現実……
*****
ファーストフード店は閑散としていた。
お客さんは、僕の他に1人。 端末を操作しながらモソモソとポテトを食べていた。
(あの人は……やっぱりいないよね……)
期待はしていなかった。 だって、あの人は言っていたもの。
『自分はさすらいの賭博師(ギャンブラー)だ』って。
(同じところにいたら、さすらってないもんね)
僕はあの日と同じハンバーガーのセットを購入し、あの日と同じテーブルを選び、同じイスに座った。
そうか、あれから2週間がたったんだ。
*****
どうして外でご飯を食べようと思ったのかは覚えていない。
パラパラと降っている小雨がひどく懐かしくて、それでいて、いらだたしくて、だから、病院の外に出たのかもしれない。
「お腹空いてませんか?」
ファーストフード店の前で傘もさしていない外国の人に話しかけられた。
「いえ、空いてません」
僕は即答して、目線を合わせず、僕の最高速で横を通り抜けようとした。
「いえ、私が、空いてるので」
そういいながら一歩一歩、大股で近づいてくる外国の人。
「日本人は、優しいと、友達に、聞きました。助けてプリーズ!」
そういって、僕の肩をつかみ、離さない。
僕は端末を手にするも凍りついて、「イエースイエース」としか答えられなかった。
(そういえば、あまりにも怖くて、危うく端末の緊急通報コールを使うところだったんだっけ)
そうして、この人にハンバーガーをおごると、なぜか一緒にご飯を食べることになったんだ。
「袖振り合うも多生の縁。いい言葉ですねー」とかいって。
それなのに席につくと沈黙が続いた。
外国の人はこちらをチラチラ見ては楽しそうにニコニコ笑い、しかし、話しかけることは一切せずにハンバーガーをもくもくと食べていた。
その様子を見て僕はさらに不機嫌になった。 小雨が降っているだけでもイライラするのに。
しばらくの沈黙が続いたのち、ついに僕のほうから尋ねた。
「何がそんなに面白いんですか?」
すると、「あなたは話しかけたいのにそれを我慢して、私から話しかけられることを待っている。 それが面白い」と外国の人は答えた。
そんなはずは……あった。
その言葉を皮切りに聞きたいことがたくさん溢れてきた。
どこから来たの? 何をしに来たの? 職業は? なんで雨の中、外にいたの? 何で日本語に詳しいの? 友達ってどんな人? ハンバーガーだけで足りるの? 僕が断ったらどうしてたの?
(僕は一つ一つ尋ねたんだったっけ? 忘れちゃったな。 でも、僕の質問にすべて答えてくれた気がするんだよね)
(そのあとは僕に関する質問攻めで、どんなことを聞かれたか、どんなことを答えたかは覚えていない)
(ただ、最後のやり取りだけは覚えてるんだ)
「これ、見えますか?」
そういって、胸からチェーンのついた正20面体のサイコロを取り出した。
「見えます。 それ、サイコロですか?」
(このときは正20面体があるなんて知らなかったんだよね)
「そうです。 無垢なるサイコロです。 数字、書いてないでしょ?」
そういって、僕に見せてくれる。 紫色のキラキラした、球体になりきれない、球体に近いもの。
「これは魔法のサイコロなんです。 なんと、確率の神様が住んでます」
そういって、サイコロを自分の目の高さに持っていき、ウィンクをする。
僕はしばらくの間、なにをいっているのか理解できず、ポカーンとしていた。
(僕の表情を録画して見てみたかったな。 それぐらい間抜けた顔をしてたと思うんだよね)
そして、このとき、この人は賭博師じゃなく詐欺師で、僕にこのサイコロを売りつけようとしてる、そう誤解したんだ。
「ウソだ!」
僕は思いのほか、大きな声を出していた。
僕はこの時間を楽しんでいた。 そうだ、楽しんでいたんだ。
それなのに、この人は僕に商品を売るために近づいてフレンドリーに接していただけ。
裏切られたと思った。 僕の気持ちを。 共に過ごした時間を。
外国の人は目をぱちくりしてから、静かにこう返した。
「なんで怒ってます? 詐欺アイテムを売りつけようとしてる、と思ったのですか?」
そういいながらテーブルの上にサイコロを起き、その上で両手を組み、こちらの様子を伺っていた。
僕はハッとした。 なんで考えてることが分かるんだ?
「なんで分かったか? やれやれ、あなたは正直すぎますね。 ギャンブルに向きません」
そういって、それぞれの手を体の横で開き、首を振る。
それに対して僕は……思わずうつむいてしまった。 きっと恥ずかしかったんだと思う。
「今から実演します。 そうですね、あなたが分かる言葉だとー」
そういって、外国の人はサイコロに向かってあの「合言葉」をかけたんだ。
「ロール ア ダイス」
そのあとで、「じゃんけんしましょう! 私は毎回、サイコロにお願いします。 そうですね、3回勝負でどうですか?」
右手の3本指をこちらに見せ、嬉しそうにいってきた。
「5回勝負で、5回あなたが勝ったら信じます。 確率の神様のこと」
僕はそのとき、右手をパーにして、5回を表そうとしたんだけど……
外国の人はさっきの3本指をチョキに変更して、僕の右手の前に出した。
「あと4回です。 あなた、素直すぎるといいましたよ?」
……遊ばれてる。
そのあとは真剣なじゃんけん勝負になったんだけど、結局、外国の人の5連勝で勝負は決した。
まさに明と暗。 嬉しそうな外国の人と意気消沈する僕。
僕はテーブルに突っ伏しながら聞いてみた。
「そんなにすごいサイコロがあるなら、ギャンブルでも毎回勝てるじゃないですか。 なんでお金もってないんですか?」
すると、外国の人は人差し指を立てて教えてくれた。
「確率の神様は、ずるしてお金もうけを許しません。 だから、このサイコロは金銭が発生しない確率しか操作できません」
となると、ギャンブルどころか宝くじ、あ、お金をかけたじゃんけんでも使えないってことか。
うーん。 一気に微妙な感じになったな、確率の神様……
「なので、これをあなたに差し上げます。 あなたはいい人。 でも、危なっかしいです」
そういって、突っ伏していた僕の首にサイコロをかける。
「も、もらえませんよ! そんな貴重なもの」
首にかけられたチェーンを首から外して返そうとする僕。
すかさず僕の手を優しくつつみ、元の僕の首の位置にチェーンを戻す外国の人。
「いいのです。 日本の博徒の言葉に『一宿一飯の恩義』というものがあります。 私もさすらいの賭博師(ギャンブラー)、受けた恩義は返します」
ホントに日本語に詳しいな……でも、抜けてますよ!
「わかりました。 僕はご飯、つまり、一飯をあなたに与えました。 でも、一宿は与えてません。 だから、そんなに貴重なものでなく、なにか他のものをください」
どうだ。 最後で決めてやったぞ!
そもそも、見返りがほしくてご飯をおごったわけじゃないし、あなたが怖かったからご飯をおごったわけで……
そんな、情けない理由で、そのサイコロを受けとることなんてできないよ。
すると、外国の人は今までで最高の笑顔を浮かべ、こう切り返してきた。
「いえ、もらいましたよ。 ほら、雨が止みました。 あ・ま・や・ど・り!」
お店の外を見ると、確かに雨が止んでいた。
「雨宿りがなんであなたからの一宿の恩義になるか、説明いりますか?」
そこで、またウィンク。
雨宿り……宿 つまり、一宿、ってことね……で、雨宿りできたのは、僕がご飯をおごって、一緒に店内に入れたから、と……
「完敗です……ありがたくもらっておきます。 もう返せっていっても返しませんよ?」
外国の人はニコニコしながらうなずくと、店を出ていく。
僕はご飯のゴミがすでに清掃用ロボットに片付けられてることを確認してから、あとを追いかける。
ちょっと、早いよ。 もうあんなとこまで進んでる。 このままいなくなるつもりだな!
「最後に、名前を聞いてもいいですか! 僕はー」
すると、外国の人は立ち止まり 「ダメです!」 と大きな声で返した。
なんで? せめて名前ぐらい教えてよ。
追いすがりながら言葉を発しようとしたときだ。
「一度あったらお知り合い。 二度あったら友達です。 名前は、その時にー」
そして、またもやあの笑顔&ウィンクをする外国の人。
きっと、僕が何を言っても、彼に言いくるめられてしまうんだろう。
なら、ここは素直に従っておこう。
「わかりましたー! 次にあった時は、名前教えてもらいますからねー!」
僕はきっと泣いていたんだと思う。でも、嫌な涙では決してなかった。
「あ、あと、あなたはいい人! でも、危うい。 だから、友達を作りなさい! 友達がいないから死んでる顔をしてたんです。 人生が楽しくない。 友達がいれば、笑えますよ。 あなた、今、ベリーグッドスマイルですよー!」
手をブンブンと振りながら去っていく外国の人。
僕が目覚めてから、すでに3年……初めての涙、そして、初めての笑顔。
(友達を作ろう。 そして、友達ができたら、僕のすてきな知り合いのことを知ってもらいたい……今、君と友達でいられるのは、その人がいてくれたからなんだよ、って)
僕はこの日、生きる目的を見つけた。
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