2話 新人勧誘という名の地獄絵図
離脱(ログアウト)の方法も確認が済んだので、池のふちに腰掛けながら、さっきまで自分がいたところを確認してみる。
(あー、服装に若干の違いがあるけど、あの塊がさっき始めたばかりの新規プレイヤーさんなわけね)
かなりの人数が密集している。
そして、その中の何人かが手を前に伸ばし、「あー!」だの「うー!」だの「ギャー!」だの歓声(奇声?)を上げては、飛び跳ねたり地面に突っ伏したりしている。
(あー、あれでさっきの女の子は突き飛ばされちゃったのか……あれは何してるのかなー?)
しばらくすると、歓声を上げた冒険者さんは、ある程度の人数になるとキョロキョロしながら、初心者集団から離れていく。
その時だ。 今までは街の風景と同化していた冒険者さん(装備から先輩さんだろう)が二人、殺気をまき散らしながら、歓声新人さんの方へ文字どおり土煙を上げ、殺到していくのが見えた。
「!?」
僕と新人冒険者さんたちの表情は、完全に共鳴(シンクロ)した。
弱小モンスターが冒険者に遭遇したときの表情は、まさにこんな感じなのだろう。
我ながら蚊帳の外にいるだけあって、思考は引き続き良好のようだ。
「君! 剣士職だね。複数SSR、引けたんだろ? うちのギルドは現在、剣士職を募集しているんだYO★」
背中に弓を背負った強面のおにーさんが、潰れたカエルが精いっぱい生きのびようとしている顔で、移動を始めた集団の一人に声をかけた。
……あの顔じゃ、初対面の女の子は、逃げるよね……次から気をつけよう……
僕は、先ほどのファーストコンタクトの改善点がこんなにも早くわかったことに感謝しつつ、決意を新たにするのだった。
おっ! 現場にさらに動きがあるみたい。
今にも逃げ出したいのを必死に我慢している新人剣士冒険者さんに、弓おにーさんが笑顔?のまま手を差し出すと、斧を片手に後ろを走っていたスキンヘッドのおにーさんが、体で遮るように……もとい、体当たりをかまし、そこに乱入した。
つぶれたカエルのような声をあげ、吹き飛んでいく弓おにーさん……合掌。
「邪魔よ! あんたんとこみたいな弱小ギルドに入ったら、この子が、かわいそうだわ」
そういうと、飛んで行った弓おにーさんの方向に親指を下に向けた拳を突き出し、勝ち誇る。
(……スキンヘッドのおねーさんだった……)
それから、荒い息をハアハア吐き、じりじりと新人剣士冒険者さんとの間合いをつめていく。
「ねー、ボウヤ。 あたしのギルドにしなさいよ。 今ならサービスするわよ?」
手をワキワキしながら新人剣士冒険者さんに肉薄する。
涙目になるも、その場から動くことができない新人剣士冒険者さん……首をプルプルと横に振ってるような?
「俺んとこに来るよな! 首の運動は終わっただろ? あんまり動くと、コ・イ・ツに当たっちまうぜぇ!?」
そういいながら、手にもっていた斧を目にも止まらぬ速さで、新人剣士冒険者さんの顔の横にピタリ。
「ひゃ、ひゃい! よろしくお願いしまーす!!」
当然、首を振ることはできない新人剣士冒険者さんは、若干声が裏返りながら大きな声で返事をする。 その直後に気絶したのか、そのままヘナヘナと崩れ落ちる。
「素直でよろしい! だ~いじょうぶ、とって食ったりしないわよ~」
そういって動けなくなった新人剣士冒険者さんを、ひょいっと肩に担ぎながら引き上げていく、おに……おねーさん。 弓おにーさんは……まだひっくり返って動けないみたいだ。
その騒動を皮切りに、回りで様子見していた冒険者さんたちは、次々に新人勧誘を始めた。
ほどなくして、怒号と悲鳴をまき散らしながら、装備ガチャを引いた新人冒険者さんと、将来有望?な後輩冒険者さんをスカウトするベテラン冒険者さんによる、阿鼻叫喚の地獄絵図が誕生したのだった……
いやー、僕、離れてて本当に良かった。
引き続き継続中の新人勧誘(地獄絵図)が思考の邪魔をするけど、ひとまず気にしないことにしよう。
先程までは、装備ガチャを引くときに『僕の授かった能力』が発動するかが問題だったけど、新しい問題が増えてしまった。
ズバリ、新人勧誘からどうやって逃れるか。
SSRを複数所持していて候補から外れる、なんてことはないよね、やっぱり。
こちらはレベル1の新人冒険者。 お相手は高レベルと思わしきベテラン冒険者。
鬼ごっこだったら、結果は火を見るより明らかだ。
そもそも、あの圧力(プレッシャー)を受けながら逃げ続けることができるとも思わないけど……
池のふちに座りながら、ぶつぶつと呟く僕。
「端から見たら不審者だよなー」と一人苦笑い。 緊張による震えはいつの間にか止まっていた。
思考を続けよう。
解決策は、装備ガチャを引いた直後の離脱(ログアウト)、これしかないだろうね。
再参加(ログイン)の際は、離脱地点(ログアウトポイント)からゲーム再開、とヘルプに書いてあったけど、これは再参加(ログイン)する時間帯を深夜にずらしてみる、とかで勧誘から回避できるかな。
……さすがにずっと張りついてるとか、ないですよね?
次に、装備ガチャを引くタイミングだけど、他の新人冒険者さんが引きはじめたタイミングに紛れ込むのが最善手だと思う。
他の新人冒険者さんには地獄絵図の生け贄になってもらうとして、欲をいえば、僕がSSRをちゃんと引けているか確認してから離脱(ログアウト)したい。
再参加(ログイン)までの間、SSRが引けてるか悶々と過ごすのは、小心者の僕にはキツすぎるもん……
となると、より多くの生け贄(新人さん)が必要になるよね。
「んー。 なんか方法、ありそうなんだけどなー」
そこで思考を一旦停止し、伸びをする。 そして深呼吸。
またボーッと正面の広場に視線を戻す。
今回の新人勧誘は、ようやく終わったようで、声のかからなかった幸運な?新人冒険者さんたちが、亡者の行進のように僕の右の方に移動していく。
そういえば、みんな同じ方向に行くような? 噴水を正面に見て左……
斧のおねーさんもそっちに移動していたし。
反対側は……お店を知らせる看板がいくつも下がってるみたいだ。
となると、こっちは商店街なのかな。
やはり気になるぞ左の道! 何があるんだろう。 思い切って、みんなについていってみようか?
あ、敗者復活の新人勧誘、第二段! とかだったら笑えないか……
池のふちで腕を組みウンウン唸っていると……ふいに声をかけられた。
「あ、あの!」
あれ? この声って……もしかして、不意討ち(アンブッシュ)の女の子??
「だ、大丈夫、ですか? お腹、痛いんですか?」
やっぱり、さっきの女の子だ! あらためて声をかけてくれるなんて、僕は感動だよ。
でも、かなり警戒してるのか、顔が強ばってるかな?
それこそ最初に謝られた時と同じように……
そして、先ほどの出来事を順々に思い出す。
彼女とファーストコンタクト→噴水のふちに移動→装備ガチャの光と影→新人勧誘という名の地獄……
僕の思考は地獄絵図開始から少しだけ巻き戻って、新人剣士さん勧誘時の弓おにーさんの笑顔で止まった……
これが警戒理由に決まってるよね。 あれと同じ顔で「大丈夫!」とか言われてもね……
せっかくだし、なんとか関係を改善できないかな?
「大丈夫。 ちょ、ちょっと考えごとしてたんだ。 お腹が痛いわけじゃないよ」
そういってパタパタと手を横に振る。 今回は笑顔無し! 余計に状況が悪化しそうだもん。
「そうですか、良かった…… あの、倒れた時にお腹でも打ったのかと思いました……」
彼女は安堵のため息をつき、それから、「それでは」と続け、歩き始めようとする。
ここは頑張りどころな気がするぞ。 なんと言って引き留めよう?
装備ガチャ引いた? or 「⇒」ギルド勧誘された? → されてません → …… → では、さようなら
違う! よく考えろー。
ウーンとまた頭を抱えて唸り始める僕。 思考良好はどこいった?
「あの、やっぱり、どこか調子が悪いんじゃないですか?」と、女の子。 「大丈夫」と答える僕。
エンドレス……
しかし、今回は、新たな話題が彼女から提供されたのだった。
「あの、もし本当は調子が悪いなら、『冒険者協会』に案内しますよ? そこなら協会付きの回復手(ヒーラー)さんもいるみたいですし……」
「『冒険者協会』?」 僕は思わず口に出していた。
薬屋、とかじゃなくて?
僕は女の子に先を促すために目線を上げる。
が、女の子の顔を正面から見る形になり、あわててまた目線を外す。
このままだとまた変に思われるよね。 なんか言わないと……
「あ、ごめんね。 実は男子校に通ってて、女の子とどう接したらいいか、分からなくって。 さ、さっきも怒ってたんじゃないからね」
そういって、ワタワタと手を振って誤魔化す。
……高校は一応、共学でしたが何か? そこで女の子と話したことは……あったのかな?
すると女の子は感心したように返事をした。
「へー、実学校(じつがっこう)に通ってるんですか? お家、お金持ちなんですね」
ん? そういう反応なの?? じつがっこう??? よくわからないな……
「い、いや! そんなことないよ……あ、えーっと……あー! それより『冒険者協会』って何?」
露骨な話題そらしに彼女は嫌な顔せず付き合ってくれた。
曰く、装備ガチャを引いたら、次の目的地は『冒険者協会』なんだそうな。 噴水から見て左の道を進むと目立つ建物だからすぐにわかる、とのこと。
謎はすべて解けた!
だから新人さんは、(勧誘された人も含めて)みんな左の道へ進んでたのね。
最後に彼女は「システム関連のチュートリアルとか、これからもあるんで、ちゃんと聞かないとダメですよ?」といって去っていった。
そうかそうか。 だからベテラン冒険者さんたちも左側に陣取ってたわけだ。 移動先をふさげるもんね。 なるほどなるほど。
あ、あと、システム関連のお話はスキップ禁止。 これも覚えておこう。
……あ
話、聞くだけ聞いて、お礼をいってなかった。
あわてて回りを見渡すと、女の子は右の道(商店街)の方へ歩いていっていた。
えーい! 恥ずかしがってられるか!!
(でも、近づくと顔見ないといけないから、走って追いかけないのが僕の情けないところ)
「ありがとー! 助かったよー!」
僕は噴水のふちに立つと、精一杯の声で女の子にお礼を言った。
少しの間
あ、気づいた。
……周りも、なんだなんだと少しザワついてるけど……
恥じかきついでだ、おまけに手も振っちゃえ!
僕は両腕をブンブンと大きく振る。 なかばヤケクソ気味に。
彼女は立ち止まって、少し何かを考え、そのあとに小さく、でも僕にちゃんと見えるように手を振り返してくれた。
いやー、ホントに助かったよ。 これで、装備ガチャを無事に引けそうです。 (ニヤリ)
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