1話 いざゆかん! VRMMOの世界へ!
「チュートリアルをスキップしますか? ※チュートリアルをスキップした場合でも新規プレーヤー特典を受け取ることができます」
アバター設定や初期職業の設定が終わると、目の前の羽根が生えた丸い生物(マスコットだろうか?)が話しかけてきた。
抑揚もなく、やけに機械的なそれは、ビビりまくる僕をさらに驚かすには十分だった。
「……キャラクタークリエイト時には、ミョンミョン語尾につけて話してた気がするけど、こういうところはシステムトークなのかな?……」
思ったことをわざと口にし、心を落ち着かせようとする。
が、残念ながら効果は薄かったようで、僕は震えが止まらない手をヘロヘロと伸ばしながら、空中に浮かんでいる「はい」を選択する。
ピッという機械音が小気味よく響き、二択の選択肢は目の前から消えた。
「分からないことがあったら『システム移動器』のヘルプを確認してほしいミョン。それでは良い冒険者ライフミョン!」
今度は愛嬌たっぷりにそう言い残すと、フリフリと手?を振り、ポンッと音を立てて不可思議な生き物は姿を消した。
「……設定漏れっぽいな、ミョンがなかったの。最初の部分でミスがあるとか、このゲーム大丈夫なんだろうか?」
緊張を紛らわせるために、そうひとりごちると、僕は初期設定の部屋?から外に出るであろう扉に向かって歩きだした。
(あってるよね、ほかに出口はないし)
人と接するのは苦手だけど、こういう一人きりの空間も苦手だ。
扉に一歩一歩近づくたびに、僕の心臓はドクドクと鼓動を早めていく……
足から伝わる感覚は病院の廊下から比べると驚くほど柔らかく感じた。よく見れば床は木でできており、病院のタイル作りの床とは感触が異なる理由に納得した。
(これから僕の冒険の旅が始まる。きっと大丈夫だ、他のゲームでも試したし。このゲームでもきっと成功するはず…… せ、成功、する、よね……?)
そして、扉の前まで歩を進めると、僕は未だに震える手でドアノブをひねる。
ガチャッ
鉄でできているのだろうか。冷たく、そして少し重たいそれは現実と同じように鈍い音を立てる。
現実的すぎるドアノブの感触、そして音にゴクリと唾を飲み込む僕。手は凍りついたかのように動かない……まだ震えてはいるけどね……
(覚悟を決めろ……僕はこの世界で新たな人生を始める……そして……友達を作るんだ!)
後から考えれば、なんとも滑稽な理由だった。でも、当時の僕にとっては、とても重要な理由だったのだ。
意を決して扉を開け、そして、目をつぶりながら、その先に足を踏み出す。
こうして、僕の冒険の日々
『ドラゴン・ファンタジー・アドベンチャー』での生活が始まったのだった。
*****
部屋?を出ると真っ先に噴水が目に飛び込んできた。 僕は、その素晴らしさにしばし圧倒された。
噴水自体も大きいけれど、噴水の水を受けている池、これが大きい。 半径50mぐらいあるのではないだろうか。
かなりの高さから落ちてくるであろう水しぶきが日の光を受けて、キラキラと反射する。
噴水池を中心に街路が三方へと伸びており、屋根の高さが揃った建物が規則正しく並んでいる。
その情景は、噴水の水しぶきとあいまって、まるで一枚の絵画のようだった。
どうやらここは噴水に面している広場みたいだ。
余談だが、周りの建物は、『中世ヨーロッパの街並み』が再現されている。 (他のゲームでも同じ作りの建物だったので、この辺は僕にも分かるのだ)
ファンタジー系のゲームでは、『中世ヨーロッパの街並み』が鉄板で、ぶっちぎりの一番人気とのこと。 ニッチなVRMMOだと『戦国時代』の日本を再現した建物もあるらしいけど、僕はプレイしたことがない。
その池の周りには出店で呼び込みをしている店員さんだったり、誰かと待ち合わせをしているであろう冒険者の人たちがちらほらと。
(鎧やローブを着るのが町人の一般スタイルだったら話は別だけど……)
……冒険者ルックの町人が接客やら呼び込みをしている姿を一瞬想像し、ブンブンと首を振る。
と、後ろから誰かがぶつかってきた。不意打(アンブッシュ)ちか!?
こんな時でも思考は良好、先ほどの緊張はどこへやら。
すかさず両手を出して事なきを得ようにも、悲しいかな僕にそんな反射神経は備わっておらず、地面に頭からダイブした格好になる。
い、痛い……これ、VRMMOのわりに痛みを忠実に再現してないかな?
地面とのファーストコンタクトに失敗しながら、この世界で柱の角に小指をぶつけたときのことを想像して背筋が凍る。 なるべく靴を履いたまま生活することにしよう。
などと真剣に考えているところに頭上(というか後ろなのかな?)から声をかけられる僕。
「だ、大丈夫ですか?」
き、来た……地面に続き、冒険者さん(確信)とのファーストコンタクトが、向こうからやって来た! しかも声からすると、お、女の子ではないのか!?
落ち着け、僕! 頑張れ、僕!
人間、第一印象が大事なんだ。 ここは、にこやかに。 さわやかに。 人生で最高のエガヲと共にこの出会(イベント)いを華麗にクリアするのだ!
そして、僕は……
潰れたカエルが精いっぱい生きのびようとしているような顔で地面に突っ伏したまま、振り返るのだった。
「ひっ!? ご、ごめんなさい。 あの、私、始めたばかりで。 あ、後ろの人に押されて、それであなたにぶつかって……」
女の子は、僕の顔を見るなり早口でまくしたて、ペコペコと頭を下げた。
「あ……」
僕には分かった。 彼女の顔に浮かんでいるもの。 それは一言で言うなら、『拒絶』だった……
脳裏に何度も見た病院での記憶がフラッシュバックする……
「悪意があったわけじゃないんです。 その、許してください……」
女の子は、困った声で謝り続けている。
(あぁ、僕みたいなのが彼女を困らせたらいけないな……)
そして、先ほどの顔とは違う、使い慣れた作り笑顔を顔に張りつけ、できる限り優しい声で僕は話しかけた。
「大丈夫ですよ。 少し大げさに転んだだけです。 あなたの方こそ、ケガはありませんでしたか?」
一瞬、キョトンとしてからコクコクうなずく女の子。
「では、行ってください。 あ、ほかの人にぶつからないように気をつけてくださいね」
僕から欲しがっているであろう言葉を発し、彼女を解放する。
彼女はペコリともう一度、頭を下げ、「すみませんでした」と謝ると、噴水から伸びた街路の一つに消えていった。
(んー、冒険者さんとのファーストコンタクト、失敗しちゃったな)
そう思いながら立ち上がり、トボトボと噴水池の方に歩く僕。
池のそばにつくと水面に自分の顔を映してみる。
(アバターの設定、何かおかしかったかな?)
水面は噴水の落ちてくる水の影響をまるで受けていないようで、僕の顔がはっきりと映った。
髪は黒、少し重たい感じの中分け。 清潔感でいえばギリギリセーフ、だと思う。
目の色は少し茶色がかっており明るい光を見ると思わず目を細める癖があるけど、さっきの笑顔には影響ないはずだ。
我ながら現実の姿に近いと思う。
『DFA』で友達ができて、万が一、現実で会った時に「ゲーム内のアバターと違いすぎる!」なんて言われないように時間をかけて設定したんだけどな……
あ、アバター確認ついでに自分のステータスも確認しておこうかな。 確か『システム移動器』で確認できたはずだ。
支給品である「魔術師のローブ」のポケットから確認してみる。
すると案の定、そこには現実でのスマートフォンと酷似した機械?が存在していた。
(倒れた時には感触、なかったんだけどね。 必要な時だけ存在する、とかなのかな?)
*****
ステータス
名前:天魔
レベル:1
職業:魔術師
HP:15
MP:20
*****
おっと、そうそう。 いつ必要になるかわからないから、『DFA』からの離脱(ログアウト)の方法もついでに調べておかないとね。
先ほどの件を早く忘れたかったのかもしれない。 僕は、しばらくの間、気持ちが落ち着くまで『システム移動器』をいじくりまわし、操作に没頭するのであった。
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