女子にはやっぱり敵わない

「ヒデオ様、シオリンガルドが人間側の手に落ちたと、偵察に出していた部下から報告がありました」


 チート系主人公たちが進軍を開始してから数日後。

 俺はサンハイム森本の自室で、窓の外に見えるルーンガルドの街並みを眺めながらライルの報告を聞いていた。


「ありがとう。引き続き自室で待機していてくれ」

「かしこまりました」


 ライルはそう言って部屋から出て行った。

 いよいよか……。


 1386人という正直頭がおかしい数の勇者パーティーは、遂にシオリンガルドにまで迫って来た。

 こちら側の拠点で残っているのはもう、ここルーンガルドだけだ。


 とはいえ今のところこちら側の犠牲者は一人も出ていない。

 シオリンガルドにはトラップと、詩織がネクロマンサーのスキルで生み出したゴーストしか置いていなかったからだ。

 塔みたいなダンジョンに配置されていたキングの部下に関しては、シャドウにテレポートで逃がしてもらっておいた。


 本当なら最初は、戦うだけ戦って死んだフリとかでもしてやり過ごしてもらおうと思っていた。

 でも、勇者パーティーのメンバーが1386人という騙しきれそうにない人数だと知り、急遽シャドウを派遣した形だ。


 まあ、ついでにリカと一緒に勇者パーティーに潜入してもらったら、ボス部屋にホネゾウが残ってたってのは予想外だったけど。

 あいつシャドウがいなかったらどうするつもりだったんだ……。


 他のダンジョンでも同様に救出&潜入をシャドウにやってもらったので、人間たちは「守護者」としか戦っていない。

 リカはシャドウと違って変身スキルが使えないから、潜入が一度きりしか出来ないのを残念そうにしていた。

 

 ちなみにシャドウは、一度目の潜入の時に本名を名乗るという大胆不敵な行動を取っていたらしい。

 リカに注意されてさすがに二度目以降はちゃんと名前を変えたそうだ。

 

 で、そのリカとシャドウは今どうしているかというと。


「むむっ……これがコタツというものにござるか……」

「あんたそれどうやって入ってんのよ……」

「ヒデオ! ミカン無くなったわよ!」


 俺のすぐ後ろにいた。ちなみに詩織とローズもいる。

 こんな時なのになぜかソフィアがどこかに行ったので、ローズはサンハイム森本にあげた詩織の部屋から出て来ていた。

 こたつの方を振り返って、リカとシャドウに話かける。


「リカとシャドウ。救出と潜入、ありがとな。それで……勇者アキラはどんな感じのやつだったんだ?」


 今はシャドウがいるので「立花」とは呼べない。

 リカはこちらに視線を移し、ノータイムで答える。


「イケメンだったわね!」

「そこかよ……シャドウはどうだった?」

「イケメンでござったな」

「そうかい」


 思わず呆れ顔でため息を吐いてしまった。

 すると、シャドウが宙に視線を漂わせながら口を開く。


「そう言えばリカ殿が勇者アキラとハンバーグのおいしさについて語り合っていたようでござるが」

「何じゃそりゃ」


 そう言ってリカの方を見ると、ちょうどコタツから出て補充用のミカンを取りに行くところだった。


「ちょっと世間話でもしようとしたら、ハンバーグの事で盛り上がってね」


 リカはミカンをいくつか手に取り、コタツに戻りながらそう言う。

 立花ってそんなにハンバーグ好きだったのか……。

 ていうかこいつら普通に仲良くなってるし。別にいいけど。


「勇者なのに庶民的な舌してんだな」

「中々気さくで、モンスターであれば仲良くなれそうな御仁でござった」

「そうかい」


 まあ立花はコミュ力も高いやつだったからな。

 実際シャドウやリカが高校で同じクラスにいたら俺よりも立花と仲良くなっていたと思う。

 そんな事を考えていると、リカと目が合った。


 何か用でもあるのかと思い、尋ねてみる。


「何だよ」

「ヒデオは私やシャドウが勇者アキラと仲良くなっても何とも思わないのかしら」


 質問の意図がよくわからない。

 だから俺は、思った事をそのまま答える事にした。


「何とも思う必要はないだろ。そんな事を言ったらそもそもお前だってチート系主人公の一人じゃねえか」


 俺の言葉を聞くとリカは立ち上がり、満足そうな笑みを浮かべて言った。


「悪くない答えね」


 何言ってんだこいつ。

 リカは部屋の扉の前まで歩いてからこちらを振り返る。

 そして。


「ヒデオ、私はあんたのそういうところが好きよ」


 そう言って部屋から去って行った。

 リカがいなくなった部屋にはしばらくの間、沈黙が流れる。

 俺は自分の顔が赤くなっていくのを感じていた。


「なっ……なんなんだあいつ」


 そう言ってこたつの方を見ると、何故か詩織まで赤くなっている。

 ローズはまるで興味がなさそうだ。

 シャドウは顔が赤くなったりしないので何を考えているのか読めない。


 その中で先に口を開いたのは詩織だった。


「ふ、ふん! 良かったわね、兄さん」

「別に……」

「ヒデオ殿も隅におけぬでござるなあ、にょほほ」


 何だか変な空気が流れる中、俺もこたつに入るべく移動。

 そして俺がこたつに入ろうとすると、シャドウが突然喋り出した。


「時に……イケメンと言えば、塔っぽいダンジョンを出た後くらいから勇者にくっついていた、変な妖精みたいなのもイケメンでござったな。たしかアレスとか呼ばれていた様な気がするでござるが」

「!!!!」


 俺と詩織は軽く顔を見合わせた。

 事情を知っているので大して驚く様な事でもない。

 アレスというやつの名前も知っていたしな。

 まあ、そのアレスが立花の担当ってのは知らなかったけど。


 でも、ローズは一人だけ反応が違った。

 手に持ったミカンをぽろりと落とし、シャドウの方を見たまま固まっている。

 そしてシャドウに近付いて行くと、必死に質問を繰り返した。


「アレス!? ねえアレスって言ったの!? 今! ねえ!」

「そ、そうでござるが……」

「ちょっとローズ、あんた突然どうしたのよ」


 シャドウと詩織もローズの予想外の反応に少し動揺している様だ。

 するとローズは窓の方まで飛んでいくと、手と手を組んでうっとりとした表情を浮かべながら語りだした。


「ああ、アレス様! アレス様がこちらにいらしているなんて! 私のアレス様……一刻も早くお会いしたいわ!」


 よくわからんけどこれはまずい。

 事情を知らないシャドウがいるんだから、ローズも少しは気を遣えよ。


「シャドウ、悪いんだけどそろそろ南門の要塞で待機しといてもらえるか? まだ距離があるとは言え、早めにスタンバイしておくに越した事はないだろ」

「え、ええっ……それはそうでござるが……」


 そんなやり取りをしている間にも、窓際からは変な声が聞こえて来る。


「ふふふっ……アレス様……私のアレス様……どこぞの泥棒猫に横取りされそうになった時はどうしようかと思ったけど、この機会に私のものにして見せるわ……うふふ……ははは……」

「ひ、ひいっ……そ、そうでござるな! 拙者は南門に移動するでござるよ! それではまた来週! どどんぱっ!」


 シャドウは動揺のあまり、変な台詞を吐きながらテレポートで消えた。

 これで詩織とローズだけになったものの、ローズの反応がよくわからないのでどうしようもない。

 とりあえずローズが落ち着くまで待つ事にしよう。


 そう思いながらミカンをつまんでいると、詩織が話しかけて来た。

 ローズには聞こえない方がいいのか、音量は小さめだ。


「ねえ、兄さん……もしかしてローズがソフィアに執着してたのって、これが理由なんじゃないの?」

「これって何だよ」


 俺がそう言うと、詩織は眉間に皺を寄せた。


「はあ? 兄さん本気で言ってんの?」

「何で怒ってんだよ」


 質問を繰り返していて、我ながら情けないとは思う。

 でもわからないものはわからないのだ。

 詩織は一度ため息を吐いてから、呆れた顔になって口を開いた。


「話しの流れから言えばアレスってのはアキラを担当する神なわけよね」

「ああ。そうだろうな」


 俺は頷きながらそう答えた。


「多分ローズは、そのアレスって神の事が好きなんじゃないかしら。でもアレスはソフィアの事が好きで……」

「いわゆる三角関係ってやつか」

「ソフィアがアレスをどう思ってるかにもよるけど……大体そんな感じね。まだあくまで推測だけど」


 詩織の説明を受けてようやく理解出来た。

 軽くため息を吐いてから詩織に言う。


「大変だなお前も。もしそれが本当なら、神々の痴情のもつれに巻き込まれて大変な目に遭わされたって事だろ?」


 ローズが担当の女神でなければ、ちゃんとしたチートスキルだって付与してもらえたはずだ。

 下っ端なのに転生担当の女神になれたのも、色々と言えない様な手段をあれこれ駆使したんだろう……ソフィアに勝つために。


 詩織にとっては何とも迷惑な話だ。

 すると詩織は、こちらから視線を外して独り言の様に呟いた。


「まあそうだけど……しょうがないわよ。好きな人をとられる? ローズの気持ちも今なら少しだけわかる気がするし……」

「何の話だよ」

「別に」


 そこまで話すと、会話は一旦落ち着いた。

 やがておかしくなったローズの声をBGMに、詩織が口を開く。


「それで、兄さんはこれからどうするつもりなの?」

「どうするも何も、チート系主人公たちが攻めて来るのを待つだけだろ」


 ミカンを食べながらではあるけど、詩織の表情は真剣だ。


「兄さんは本当にそれでいいの?」

「…………」


 そこで俺は、詩織の瞳を真っすぐに見つめた。

 詩織も、真っすぐに俺の瞳を見つめ返してくる。

 そこに余計なものの存在は許されていない。


 詩織の言いたい事はわかっている。

 先ほどのどうするつもり、という言葉が本当は何を問うているのかも。


 本当にそれでいいの? ……か。

 その答えはこのプロジェクトが始まった時からとっくに出ている。


 しばらく詩織と見つめ合っていると、扉が不意にノックされた。

 返事をすると、扉の向こうからは弱々しい声が聞こえて来る。


「エレナです。あの……ヒデオ君、今、いいかな……?」


 一度扉の方を見た後、俺と詩織はまた視線をぶつけ合った。

 そして詩織はこたつから出て、立ち上がりながら言う。


「ほら……来たわよ」

「ああ」


 詩織は扉まで歩いて行くと、手でそれを開ける。

 エレナは詩織と挨拶を交わすと、恐る恐るといった感じで部屋に入って来た。

 ゆっくりと扉を閉めてからこちらに歩み寄るエレナ。


 その足取りは重く、俺の部屋がいつもより広く感じられる。

 どこか思いつめた表情は、迂闊に触れると硝子の様に砕けてしまいそうだ。


 俺もこたつから出て立ち上がり、エレナの方に歩み寄る。

 やがて互いの距離が近づくと、少し間を空けて立ち止まった。


 そして俺はゆっくりと口を開いた。


「ちょうどよかった……俺もエレナに聞いて欲しい事があるんだ」 

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