リカの想いは届かない

 塔の内部は光源に乏しいので、足元に気を付けながら進む。

 やれやれ系主人公さんが先頭を歩き、リカさんとシャドウさんがその後ろを並んで歩いている。

 俺はその更に後ろにいた。


 ちなみにアレスはいない。

 ダンジョンに入る直前に用事があるからと言ってどこかに消えたからだ。


 戦闘は、基本的にやれやれ系主人公さんがやってくれている。

 彼は「やれやれ、これじゃ僕が目立っちゃうじゃないか……」と言いながらも、モンスターが出現すると率先して倒してくれていた。

 

 だから俺たちに出る幕はない。

 何だか思っていたよりモンスターの数も少ないしな……。


 リカさんは暇だからか、歩きながらモリモリとお菓子を食べている。

 シャドウさんがリカさんに話しかけた。


「リカ殿……さすがに食べすぎではござらぬか?」

「お腹が空いたからね!」

「そ、そうでござるか……」


 慣れた様子だけど、二人は以前からの知り合いなのだろうか?

 気になったので、後ろから声をかけてみた。


「お二人は、以前からの知り合いなんですか?」

「ホワァーオッ!!」


 ホワァーオ? どうやらシャドウさんを驚かせてしまった様だ。


「突然話しかけてすいません。気になったもので……」

「気にしなくてもいいわよ! こいつはいつもこんな感じだから!」


 リカさんが、顔だけでこちらを振り返りながらそう言った。

 こんな感じとはどんな感じなんだろうか。

 いつもホワァーオって言ってるのか? まあ、あまり深く聞かない方がいいな。


「拙者らはその……少し前に知り合って……いわゆる一夜を共にした仲というやつでぶごっ!?」


 照れ隠しなのか、リカさんの攻撃でシャドウさんの言葉は強制的に中断された。

 この二人、もうそんなに深い関係だったのか……人は見かけによらないな。

 

 それきり黙っていると、リカさんがこちらを向いて話しかけて来た。


「ところで……敬語を使っているようだけど、私はそういうの苦手だからタメ口でいいわよ!」

「あっ、拙者もでござるよ」


 中々に気さくな人たちみたいだ。

 俺はそういうのは嫌いじゃない。

 遠慮する事もなく、笑顔で答えた。


「じゃあそうさせてもらうよ……よろしくな、リカ、シャドウ」


 二人も、つられる様に笑顔を見せてくれたのだった。


 それからしばらく歩いてからの事だ。

 リカが何か妙なものを発見したらしい。

 その何かを覗き込みながら、リカが言った。


「このくぼみは何かしら!」


 リカに追いつくと、俺も横からその穴を覗き込んだ。

 たしかに壁に妙なくぼみがある。


 如何にも怪しい感じで、普通に考えれば何かしらのトラップだろう。

 俺がそれを伝える前に、少し前にいるシャドウが先に口を開く。


「リカ殿、それは多分トラップなので触らない方がいいでござるよ」

「わかったわ!」


 そう言った瞬間、シャドウの足元の床が下に向かって開いた。

 リカがくぼみを触ったらしい。

 どうやら落とし穴のスイッチだったようだ。


「リカ殿おおおおぉぉぉぉ……」


 シャドウはその端正な顔を歪めながら下の階に消えて行った。

 怪我とかしてなきゃいいけどな……。

 そう思いながら、俺はリカに問いかけた。


「リカ、何でくぼみに触れたんだ? わかったとも言ってたのに」

「フリなのかと思ってね!」


 そういう発想に至る根拠がどこにあったのかはわからない。

 まあ、二人は仲が良いみたいだし。

 二人にしかわからない事というのがあるのだろう。


 どうやらシャドウは無事だったらしく、まだ下の階にいるパーティーの最後尾から連絡があった。

 ダンジョンに入ってからそこそこ時間も経っているし、ちょうど部屋の様な空間に出たので、シャドウを待つのも兼ねて休憩を取る事に。


 交代で見張りをしながらご飯を食べていると、リカが不意に話しかけて来た。


「ねえ……アキラはどうして、魔王ヒデオを倒そうと思ったのかしら」


 思わず顔を上げてリカの方を見ると、意志の強そうな瞳が真っ直ぐにこちらを捉えている。

 正直に言ってこの質問には少しだけ戸惑った。

 これまで、俺が魔王討伐の旅に出ると言えば反対する人はいなかったからだ。

 

 もちろん王都でも説明した様に、俺はまず森本君から話を聞いて、出来る事なら和解をしたいと思っている。

 それでも皆は森本君とは和解できるわけがなく、最終的には倒す事になると思っている様だった。

 つまりそれは、森本君を敵と認識する事に疑いを持つ人がいないという事。


 でもリカはそうじゃないらしい。

 彼女の低い声音は、暗に魔王と戦うべきではないという意志を示しているかの様だ。

 でもそれは、俺の妄想なのかもしれなかった。


 狂ったように俺を勇者と崇め、森本君を敵とする群衆の中に、ようやく理解者を見付ける事が出来たという妄想。

 それを、リカに抱いているだけなのかもしれない……。


 俺は「森本君」という名前を出さない様に気を配りながら答えた。


「広場でも言った様に、まずは話を聞いて、出来る事なら和解したいとは思っているよ。俺は具体的に魔王ヒデオがもたらした被害を目の当たりにしたわけじゃないから」

「そう……」


 そこでリカは静かに目を伏せた。

 次は俺が、自分の妄想が本当に妄想なのかを確認する番だ。


 周囲を見渡して、俺たちの会話を気にしている人がいない事を確認する。

 それから、ゆっくりとリカに問い掛けた。


「リカは、魔王ヒデオを討伐する事には反対なのか?」


 俺の言葉を聞いたリカは、もう一度顔を上げた。

 静かに燃える様な視線に射抜かれて、わずかに自分の心が揺れたのを感じる。

 その揺れがどういった種類のものなのかはわからなかったけれど。


 こちらをしっかりと見据えたまま、リカは何も言葉を発しない。

 それはまるでこちらの心の内を探ろうとしているかの様な所作だった。

 しかし、リカはやがてこちらから視線を外してぽつりと呟く。


「ええ……正直に言うとそうよ」

「どうしてだ?」


 なるべく優しく聞こえる様に、けれど素早く返した。

 そこでリカの瞳は再びこちらを捉える。

 そして、どこか俺を責める様な口調で言葉を紡いだ。


「それは……モンスターだって生きているからよ」


 どういう事だろう。

 リカの言葉は、俺にとっては質問の答えになっていない。


 モンスターだって生きている……それはそうだろう、当然の話だ。

 色々異なる部分はあっても、一応は同じ生物なんだから。

 この世界でモンスターを見たのはこのダンジョン内にいたものが初めてだったけど、それは理解出来た。


 でも、それと森本君討伐に反対するのとがどう繋がるのかがわからない。

 モンスターは人間を襲い、命を奪う。

 ゲームや漫画ではモンスターとはそういうものだった。


 現にこのダンジョンにいる岩の様なモンスターたちだって、俺たちを見るなり一瞬で襲い掛かって来たじゃないか。

 森本君はともかく、モンスターは倒されて当然なんじゃないだろうか。

 

 心を見透かしているのか、こちらの返答を待たずにリカは続ける。


「もし、モンスターたちがこちらの国の王様を倒そうとしていたら、あなたは……そして、人間はどうすると思う?」

「守ろうとするに決まっているじゃないか」

「それはどうして?」

「こちらのリーダーを守るのは当然だ。そうしないと皆の生活にも影響が出るし……そもそも、一人の人間が倒されようとするのを黙って見過ごすわけにはいかないだろう」


 そこまで喋ると、リカの瞳からは炎が消えた。

 それでも静かな湖面の様に澄み渡るそれを伏せて、彼女はため息を吐く。

 リカは、まるで何かを悟ったかの様な表情で口を開いた。


「ここから先は、魔王に教えてもらえばいいわ」


 その言葉にはどこか憂いの色が含まれている様な気がした。


「何だって? それはどういう……」

「お待たせでござるよ」


 俺の問いは、シャドウの言葉で遮られた。

 まるでそれまでのやり取りが無かったかのように、リカの態度が変わる。


「遅かったじゃない!」

「二人とも、何を話していたのでござるか?」

「ハンバーグのおいしさについてよ!」

「何とアキラ殿もハンバーグ好きの御仁でござったか。それはまた気が合いそうでござるなあ」

「あんた、ハンバーグ好きだったかしら」

「いや、ここは何となくそういう設定にした方がいいのかな? と思った次第にござるよ」

「…………」


 もうさっきの話は終わりという事だろうか。

 気付けばリカは立ち上がり、部屋の出口に向かって歩き出していた。


「さあ遅くなっちゃったし、さっさと行くわよ!」


 それからは特にトラブルもなく最上階にたどり着いた。

 最上階には、骸骨の意匠が施された大仰な扉がある。

 その前の広場の様な場所に集合して、全員が集まったのを確認する。


 それから、意を決して口を開いた。

 俺は皆の先頭に立ち、扉に手をかける。


「よし皆……恐らくここにボスがいる。行くぞ!」


 部屋の中には一切の照明がなく、一面を黒々とした闇が覆っている。

 まだ全員が入っていないのに、不意に扉が閉まった。

 次の瞬間、どこからか声が響いて来る。


「クックック……良くぞ来たな人間たちよ。正直ちょっと人数多すぎてびびったでやんす……びびったが、それでも貴様らが私に叶うどうりゃっ……道理はない」


 良くわからないけど、もうちょっと台詞を練習した方がいいんじゃないのか。

 そう思っていると、部屋の中心に火の玉が浮かび上がる。

 そこには、この塔の主らしき骸骨のモンスターが朧げにその輪郭を現していた。


 ちなみに、なぜかその足元にはちゃぶ台がある。

 ちゃぶ台の上には今まで飲んでいたであろうお茶があった。


「さあ、ダークネスフェスティバルを始めようか……」


 その台詞のあまりのダサさに俺やパーティーメンバーが戦慄する中、部屋の灯りが一斉に灯された。

 そして骸骨のモンスターがこちらにゆっくりと歩み寄る。


 そんな中、シャドウが俺たちの前に出て来て言った。


「皆……ここは拙者に任せるでござるよ。先ほどの汚名挽回でござる」

「わかった……危なくなったら助けるからな」


 さっきの落とし穴事件は完全にリカのせいなんだけど、シャドウはそう言った。

 どうやら決意は固いらしく、その真剣な面持ちを見れば申し出を受け入れる他はない。

 この場にいる皆も同じ気持ちみたいだ。


 俺たちは、黙って戦いの行く末を見守る事にした。

 シャドウとボスモンスターが対峙すると、先に向こうが口を開く。


「命知らずなナイスガイよ……名前を聞いておこう」

「シャドウにござる。そちらこそカルシウムをたくさん含んでいそうなナイスガイにござるな……名は」

「ホネゾウにござる……」


 何故かボスにシャドウのござる口調が移っているけど、それをツッコめる様な雰囲気じゃない。

 シャドウもそれをツッコむ事なく喋った。


「違う出会い方をしていれば仲良くなれていたかも知れぬでござるな……」

「それはないと思うでござるよ……」


 そこで会話は終わりなのか、二人とも戦闘態勢に入る。

 少しだけお互いが左右に動いて間合いを計った後、敵目掛けてシャドウが一気に駆けた。

 早い! モンスターは全く反応出来ていないようだ。


 あっという間に敵の眼前に迫ると、シャドウは一気に拳を振りぬく。

 拳は見事に真ん中に入り、敵の身体をバラバラにした。


「ひゃ~! 身体がバラバラでやんすよ~……」


 それきり骸骨のモンスターは喋らなくなった。

 強い……! どうやらシャドウは、一撃でボスを倒したらしい。


「すげえ……! シャドウ半端ねえ……!」

「シャドウ! シャドウ! シャドウ!」

「シャドウこっち向いてくれ!」


 沸き起こるシャドウコール。

 ゆっくりとこちらに戻りながら、シャドウは照れ臭そうに頭を掻いていた。


 それから来た道を戻り、もう一度塔の前で集合。

 全員の生存を確認し、お互いに無事を喜び合っていた時の事だった。

 周囲を見渡してみるとリカとシャドウがいない。


 やれやれ系主人公さんに聞いてみた。


「リカとシャドウはどこに行ったかわかりますか?」

「さぁて、どうだかね……」


 どうやら知らない様だ。

 それから二人がパーティーに戻って来る事はなかった。


 一体二人は何者で、どこから来てどこに行ったのか……。

 しばらく忘れる事も出来そうにないリカの瞳を思い浮かべながら、そんな事を考えていた。

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