芝居をするのも楽じゃない

「異世界で勇者として活躍?あなたは何を言っているんですか?」


 困惑しつつも、俺は何とかそう問い返した。

 アレスは、変わらずに芝居がかった仕草を交えて喋る。


「何をって、そのままの意味だよ?これから君は魔王ランドという世界に転生し、悪しき魔王を打ち滅ぼす勇者となるのだ」


 このキザったらしい男の言うことを信じたくはない。

 言っていることがあまりにも非現実的過ぎるし、何より初対面からいきなり社会の窓を全開にしている様なやつだ。


 でも実際に俺は、電車の中からこの神殿らしき場所に飛ばされている。

 これらの異常な事態を全て見ぬふりをして受け入れないのでは、自分の頭が固すぎるのではないか、と思うのも事実。

 アレスの話くらいは聞いてやろうという気になっていた。


「どうやら僕の言うことをまだ信じられない様だねえ。実際に現地に行った方が話が早そうだ……。タイミング的にもそろそろだし、心の準備はいいかい?」


 アレスがそう言うと、俺の返事を待たずに視界がホワイトアウト。

 気付けばどこか城の様な建物の一室にいた。

 

 教科書や写真、それとたまに家族で行く海外旅行で見たことのある、中世ヨーロッパ風の城だ。

 この部屋は儀式や祭典に使われる場所だろうか。

 ドーム状になっていて全体的に薄暗い。


 俺は中央の、少し周囲よりも高くなっている台座の上に立っていて、足元には漫画で見る様な魔法陣が敷かれている。

 辺りを見渡せば、いかにも魔法使いですと言った様な怪しい格好をした人たちに囲まれていた。

 その中でも特に偉そうな老人が、俺の顔を見ながら叫び出す。


「やったぞ!召喚は成功じゃ!異世界より来たりし勇者よ!どうか我らをお救いくだされ!」


 その老人の目線はこちらを向いているけど、俺の後ろには誰もいない。

 異世界より来たりし勇者と言うのは、どうやら俺の事らしい。


「どうだい?僕の言った事が本当だとわかってもらえたかな?」


 声に振り返ると、アレスが妖精の様な姿になって俺の周りを飛んでいる。

 虫の様な羽が背中から生えていて、正直に言って気持ちが悪い。

 女の子なら可愛かったのかもしれないけど……。


 俺は冷静に思索を巡らせながら返事をした。


「そうだな……ここまで異常な出来事が連続して起きると、夢じゃない限りは信じた方が賢いのかもな」


 気付けば、アレスに敬語を使うのも忘れてそう呟いていた。

 ぱたぱたと飛ぶ虫アレスに問いかける。


「それで、これから何をすればいいんだ?」

「そろそろ魔王からの宣戦布告があるはずだから、それを聞こうじゃないか」

「宣戦布告?」


 展開が早いな……。

 よくわからないけどこれから戦争が始まるということか。

 その辺りも含めて後でアレスから説明があるんだろう。


 そんな事を考えていると、不意に俺の正面の何もない空間からスクリーンの様なものが出現した。

 画面の中では、どこかで見覚えのある一人の少年が偉そうに玉座に座っている。


 森本君にすごく似ている少年だな……。

 スクリーンの出現と同時に、部屋にいる人々がにわかにざわつき始めた。


「あれは……魔王じゃないか!?」

「あのマントの魔王印……間違いない!魔王ヒデオだ!」

「うわああああああ!ゼウス様ああああ!!!!」


 あれが魔王だって……しかもヒデオ……やはり森本英雄君なのか?

 同じ高校のクラスで3ヶ月前に突如謎の失踪を遂げたあの……。

 

 そうか、彼もこの世界に連れて来られていたのか。

 なぜ魔王というか、敵側?なのかはよくわからないが。


 喧騒が室内を覆う中で、スクリーンの中の森本君がどこかぎこちなく喋り出す。


『わ、わっはっはー人間たちよ。我こそは魔王ヒデオ……よろしく頼む。えー……愚かな人間ども、絶望にひれ伏すがよいわー……グヘヘヘェ』


 どうやら人々の言う魔王というのは本当らしい。

 でもどうして魔王なんかに……。

 以前話した時にはとても悪いやつには思えなかったんだけど。


 森本君の演説は続く。


『(えーと……?おい……ちょっとこれまじで言うのかよ……)』


 ん……?

 森本君は小声でぼそぼそと何かをつぶやきながら、画面の向こう側……つまり彼にとって正面の更に奥にある何かを見ている様だ。


 やがて彼は苦虫を噛み潰した様な表情になって演説を再開した。


『くっ……えー……これから貴様らを血祭りにあげてやろう!そしてゆくゆくはこの世の美少女を全て俺のモノにし、一日中お尻を触り放題にしてくれるわ!ガーハッハッハ!』


 何だって……?人間を血祭りに……?

 しかも女の子のお尻を触り放題だって?

 人間の命を……女の子のお尻を何だと思っているんだ!


 森本君の恐ろしい野望を聞かされた人々は、その顔に絶望の色を滲ませながら次々に叫び出した。


「ひいいい!何と恐ろしい!」

「だめじゃ!この世の終わりじゃあ!」

「私のお尻はアルフレッドだけのものなんだから!」


 まるで好機と言わんばかりに、アレスが俺に近寄って耳打ちをして来る。


「どうだい?君は勇者としてこの極悪非道な魔王を倒せるだけの力を秘めている。まさかこのまま黙って見過ごすなんて事はないだろう?」


 こいつの思うツボなのは癪だけど、森本君の暴走は止めなければならない。

 話せばわかってくれるかもしれないし……。

 とにかく一度会って話してみたい。


 もし話して本当に彼が悪人だったなら……その時は倒さないといけないのかもしれないけど。

 命の危険に晒されている人々、そしてお尻を好き放題にされる恐怖に怯えている女の子たちが可哀そうだ。


 混乱の最中、森本君の演説はまだまだ続いていた。


『クックック……見えるぞ……お前らが恐怖に怯える姿が!やがて全ての女の尻は俺のものに……』

『わ~っ!ひでおにいちゃんだ~っ!何でこんなところにいるの!も~探したんだよ~!遊ぼ~っ!』


 森本君の声を遮るように、小さな女の子らしき声が画面外から聞こえて来る。

 

 ひでおにいちゃんだって……?

 彼の妹もこの世界に来ているのか?

 家族構成を知らないから何とも言えないけど。


 その声を受けて、森本君は正面、視線としてはこちら側の更に奥を覗き込んでぎょっとしている。


『ルネ……!ちょっと待て!今はだめだ!後で遊んであげるから!な!?』


 ルネと呼ばれた、耳の尖った小さな女の子が森本君の左手側に現れる。


『えーっ!今がいい!何してるの!?』

『今はな……ええと、そう、宣戦布告ごっこだ!この石みたいなのに向かって宣戦布告をするんだ!俺が魔王ヒデオだあ!ワッハッハーなんてな……』

『えーっ!じゃあ私もやる!』


 小さな女の子は画面と森本君の中間に立ってこちらを向いた。

 それからおもむろに両手を広げて叫ぶ。


『わははー!私がまおールネだぞー!がおー!』

『おい、だめだソフィア!これどうやって止めるんだよ!』

『こらっ……ルネ、だめでしょっ……!ヒデオ君を困らせちゃ……!』

『おねーちゃん、ひでおにいちゃんのこと最近までヒデオ様って呼んでたのに、何で今はヒデオ君って呼んでるの?』

『ええっ……!?そ、それは……!!』


 どんどんわけがわからなくなっていく。

 森本君はひどく動揺していて、画面にはもう一人新しい女の子が登場している。

 その女の子は顔が耳まで赤い。

 

 そして。


『女神ビ~ム!えいっ!』


 また更に画面外から聞こえて来たその声によって宣戦布告は終わりを告げた。

 スクリーンの消えた城の一室には、混乱とざわめきが残る。


「何だったんだ今のは……?」

「魔王ルネだと……?」

「魔王シオリの存在なら聞いた事はあるが……まさかまた新しい魔王が?」

「それよりも女神ビ~ムとは?やつらの新しい切り札なのか?」


 議論を交わす人々を眺めながら、アレスに確認を取ってみた。


「おいアレス、今のは何だったんだ?」

「魔王ヒデオとその仲間たちだ……そして、途中に名前が出たソフィアというのが、彼らに囚われている私の愛しき妻なのだ……!」

「何だって……そんな事が……!」

「ああ……絶対に魔王を倒してソフィアを取り戻さなければならない……だから勇者輝よ、どうか僕らを導いてはくれないだろうか?」


 段々アレスの私的な理由が入って来た気もするけど……。

 俺自身としても森本君には思うところがある。

 とにかく彼と話をしてみない事には始まらない。


 その為に勇者としての力を使う必要があるなら、惜しみなく使おう。


「わかったよ……俺に何が出来るのかは知らないけど、森本君のところまで行く事に全力を尽くすと誓おう」

「ありがとう輝君!やはり君は僕が見込んだ通りの勇者だ!」


 そう言うとアレスは部屋中を見回し、相変わらずの芝居がかった仕草で両手を広げながら高らかに叫んだ。


「ここに居合わせた全ての人間たちよ!たった今、正式に勇者輝が誕生した!これから恐怖の魔王ヒデオは打ち滅ぼされ、近いうちに世界に平和が訪れるだろう!」


 アレスの演説を聞いた人々は感動にその身を震わせ、まるで宗教の様に大袈裟な礼をして俺を崇める。

 そして次々に拳を突き上げて叫んだ。


「アキラ!アキラ!アキラ!アキラ!」

「勇者アキラよ!我らを救いたまえ!」

「これはゼウス様のお導きじゃあ!」


 そんな異様な光景を見て、俺はため息を吐いた。

 未だに閉じる事のないアレスの社会の窓を見つめながら……。

 やがてアキラコールが収まった頃、アレスが話しかけて来た。


「さて、皆気が済んだようだし、そろそろ行こうじゃないか」


 訝し気な視線をアレスに向ける。


「行くってどこに?」

「この上にある謁見の間さ。そこで王様から勇者の剣を貰い、街に繰り出してパーティーを募集するんだ。うまく君と同じ様に別の世界からやって来た人間をたくさん集められれば、魔王なんて楽勝だよ」

「わかった……」


 祭壇を降りて、部屋の扉へと向かって歩き出す。

 人垣が割れて俺が歩くための道を作ってくれた。 

 そしてドアを開けて外へ一歩を踏み出す。


 森本君に会うための冒険は、まだまだ始まったばかりだ――――

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