宣戦布告はこっそりと

 しばらくするとソフィアが落ち着いたので、気になっていた事を聞いてみる。


「なあソフィア……その勇者役のアキラってやつの事なんだけど……」

「はいそうです!英雄さんの高校のクラスメート、立花輝さんです!」


 その質問を待ってましたと言わんばかりに俺の言葉を遮ったソフィア。

 さっきまでの元気のなさはどこへやらだ。


 まさかとは思って一応聞こうとしただけなのに、まじか……。

 アキラってあの輝なのかよ……。


「何で立花なんだ?勇者役にふさわしいやつならもっと他にいただろ」

「いやいやそんなにいませんよ?チート系全員を率いるんだから、誰もが思わずついていってしまう様な、そんな人でなければなりませんので!」


 笑顔でそう語るソフィア。

 頭を抱えていると、詩織が興味津々と言った様子で聞いて来る。


「へえ、兄さんの知り合いなんだ。ねえねえどんな人?男の子でしょ?」

「ああ、男だけど……本来俺とは関りのない人間だよ。成績優秀、眉目秀麗、才色兼備に文武両道……あらゆる誉め言葉がよく似合う、天から二物を与えられちゃったタイプ。クラスカーストの頂点に君臨するキングオブリア充だ」


 その言葉に詩織は顔を引きつらせ、座りながら後ずさる仕草をした。


「うわっ……その説明オタクくさっ。やめてよ兄さん……でも要するに絵に描いたようなイケメンでお金持ちの家の子とかそういうのって事でしょ?」

「そういう事だよ。性格もいいからクラスの人気者でもあるし、欠点らしい欠点が見当たらない完璧超人だ」


 詩織は頬杖をついて、宙に視線を漂わせている。


「う~ん、そこまでいくと私はちょっとなあ……かっこよすぎて手が届かない存在っていうか……」

「あ、それちょっとわかるわ」

「だよねリカちゃん」

「いやいやお前は魔王なんだから今回あいつとは敵同士だろ。どっちにしろ手は届かねえよ」


 女子同士で少し盛り上がりかけたところにそう水を差してしまった。

 詩織はすごい勢いでこちらを振り向き、俺を睨みつける。


「そういう話じゃないでしょ!兄さんのバカ!」


 そう言ってそっぽを向く詩織。

 どうやらまた怒らせてしまったみたいだ……。


 とは言っても詩織のこういうのには慣れて来たので、最近はむかつくとか面倒くさいとかそう言う事をあまり思わなくなって来た。


 日本にいる本物の妹も大体こんな感じだったからかもしれない。

 するとソフィアが詩織の方に飛んで行き、耳元で全員に聞こえる様に言った。


「だったら詩織ちゃんはどんな人が好みなんですか?」


 すると詩織は驚いた様に目を見開いて頬を赤らめた。

 そして勢いよく立ち上がると、


「そんなの知らない!もう帰る!」


 そう言ってずんずんと歩いて扉の方に向かった。


「おい詩織!どこ行くんだよ!まだ話は終わってないだろ!」


 俺の言葉に一切構う素振りも見せず、詩織は扉を開けて去ってしまう。

 本当に帰りやがった……。


 いつものノリではあるけど、今日は本当に大事な話だったのに……。

 その後、リカと一緒にソフィアからプロジェクトに関する説明を受けてその場はお開きということになった。





 その翌日。


「人間との全面戦争をする事になりそうだ」


 いつも通りの昼食後ミーティング。

 いつも通りの雰囲気の中……。

 いつも通りの言い方で、俺はそう皆に通達した。


 皆驚くかと思ったんだけど、そうでもない。

 まるで俺が「これから洗濯を始める」とでも言ったみたいに無表情だ。

 キングなんてまだ飯を食っていて、俺の話を聞いているかどうかすら怪しい。


 まあ、突然の事でよくわからないというのが本音だろうな。

 俺だって事態を完全に把握出来てるわけじゃないし。


 全面戦争をするなんて言い方をしたのは、そういう事にしようとソフィアと口裏合わせをしたからだ。

 神々に関する事柄は極力話せないし、事情を知らない皆に「人間と芝居をする」なんて言えるわけがない。


「いよいよはあ!ひゃってやるへえ!ギヒヒ!」


 キングはノリ気だ。

 ていうかこいつちゃんと俺の話を聞いてくれてたんだな。

 そして食べているものをちゃんと飲み込んでから喋って欲しい。


「リカから情報が入ってな。人間の中にこれまでとはまた別格に強いチート系主人公が生まれたらしい。だからゴンザレスの様な職業的な勇者じゃなく、通称として勇者と呼ばれているそうだ」


 本当は「後でそうなる」んだけど、この場ではそういう事にしておく。

 今は皆に怪しまれないようにする事が優先だ。


「それで勢いづいたチート系主人公たちがルーンガルドまで進軍して来ると、そういった感じでしょうか?」


 さすがライルは優秀で飲み込みが早い。


「そう言う事だ。だからチート系主人公たちの進軍に備えて、廃墟として放置されていた街やダンジョンを修復して再利用していく。今日から早速その作業に取り掛かっていこうと思ってる」


 うなずく幹部たち。

 全部ではないかもしれないけど、ある程度は事態を把握してくれたみたいだ。

 そこで横からサフランの艶やかな声が割り込んで来た。


「私たちは何をすればいいのかしら?」

「サフランたちサキュバス一族には正直に言ってあまり出番がないんだ。状況によっては一時的にお店を閉めた方がいいかもしれないけど、そこまでの影響は出ないと思うし。でも……そうだな、作業に当たるやつらに差し入れでもくれれば助かるかもな」

「そう……わかったわ」


 何度も言うけど、サフランのお店は戦国の世で言う茶室。

 俗世のあらゆるいさかいとは無縁なのだ。

 もし何か事を起こそうものなら、そいつはあらゆる人種や種族から咎めを受ける事になるだろう。


 さすがに戦争の影響を受けて人間たちがどう出るか読み切れないけど……。

 そこまでの心配はないはずだ。


 ダンジョンへのモンスターの手配は数が一番多いキングの悪魔族を中心に。

 それに加えて要所要所にホネゾウたちアンデッド一族を配置し、残りのモンスターたちは最終決戦に備えて待機。


 …………という事にした。

 実際には、わざわざダンジョンを配置するというこれらの無駄な作業の数々はプロジェクトの一環だ。

 神々が「日本のRPG仕立てにした方が何だかかっこいいからやりたい」とか言っているらしい。


 まあ神々のろくでもなさは今更なので何も言う事はない。

 神というのはお茶目なものなのである、とだけ心に刻み付けておいた。

 通達は以上なんだけど……さっきから一つ気になる事がある。


「エレナはどうした?」


 幹部として、ミーティングにはいつも参加しているエレナがいない。

 これにはホネゾウが反応してくれた。


「エレナは妹さんが遊びに来るとかで城の外まで迎えに行ってるでやんすよ~!」

「そうか。ありがとう」


 ルネは公園に散歩にでも行くような感覚でサンハイム森本に来るな……。

 まあいいか。


 一通り通達を済ませてミーティングを終えると、一度自室に戻った。

 これから起こる事、やる事をソフィアに確認するためだ。

 こたつに入りながらソフィアに問いかける。


「それで、次は何をしたらいいんだ?」

 

 するとソフィアは口端を吊り上げて怪しい笑みを浮かべる。


「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました!」


 正直ちょっと鬱陶しいけど、ソフィアがすっかり元気になってくれた事が嬉しいのでスルーだ。


「次は何と……宣戦布告で~す!わ~!」


 ぱちぱちと拍手をするソフィア。

 背中の羽も心なしか元気に動いている様に見える。

 俺は訝し気な視線を向けた。


「なんじゃそりゃ?」

「そのままですよ!戦いを盛り上げるために、これから英雄さんには宣戦布告をしていただきます!玉座の間に神の魔法を仕込んだ魔石装置を用意してありますからそれを使いましょう!」


 ソフィアが何を言っているのかよくわからない……。

 神の魔法を仕込んだ魔石装置って何だよ。


「そもそも人間がこちらに向かって来る設定なのに、こっちが宣戦布告したらだめだろ」


 するとソフィアは人差し指を立てて言った。

 何だか久々のノリだ。


「大丈夫です!要はモンスターの皆さんにバレなきゃいいんです!宣戦布告も勇者役の輝さんとごく一部の人間にしか見えないようにうまくやりますから!」


 出会った頃のソフィアみたいな事を言ってるな……。

 この強引な感じが懐かしい。

 まあ、俺らの最後にはふさわしいか。


 俺は肩をすくめて立ち上がりながら言った。


「わかったよ、それじゃ玉座の間に向かうか」

「その意気ですよ!説明も玉座の間でしますから!それではレッツゴー!」


 拳を突き上げるソフィア。

 そんな妙にテンションの高い女神に押されるように玉座の間へと向かう。

 とはいえ宣戦布告は内緒でやることなので、誰にも見つからないようにこっそりと行かなければ。


 まさかサンハイム森本を緊張しながら歩く日が来るなんて……。

 とその時、突然足下から声をかけられた。


「ヒデオ殿……何をしているのでござるか?」

「おわあっ!!!!」


 シャドウが俺の影からぬぬっと出て来やがったのだ。

 心臓が勢い余って飛び出たかと思う程にびっくりした。

 胸をさすりながらシャドウに問い返した。


「シャドウか……いやすまん。何でこんなところにいるんだ?」

「いえ、たまたま近くを通りかかったら何やらヒデオ殿がこそこそとしておられたので……これは話しかけない方がいいかな?でもいつも細かい事は気にせず話しかけろって言われるよな……と思い、話しかけた次第にござる」

「お、おう。そうか……」


 ふと横を見るとソフィアが腹を抱えて笑いを堪えていた。

 震える身体と連動して、羽もぷるぷると震えている。


「おいソフィア、お前何笑ってんだよ」


 ソフィアは涙を拭い、身体全体を使って物まねをしながら言ってくる。


「い、いやだって……おわあ!って……おわあ!」


 とりあえずソフィアは後でしばくとしても、シャドウをどうにかしないと。

 このまま玉座の間に向かうわけにはいかない。


「シャドウ……今日はシャド子に会いに行かなくてもいいのか?」

「そうしたいのは山々なのでござるが……会いに行ってもいいのかな?嫌われたりしないかな?と、不安なのでござるよ」

「お前みたいなタイプの場合、待つよりも積極的にアプローチしていった方が上手くいくから」


 今まで女の子と付き合った経験の無い俺が言うんだから間違いはない。


「ほ、本当でござるか?……よ~し、シャド子殿ぅ~今すぐ行くでござるよ~」


 そう言ってシャドウはテレポートで消えて行った。

 あいつが単純なやつで良かったぜ……。

 ため息をついてから、再び玉座の間へと進軍を開始した。


 玉座の間に到着して扉を開けると、遠くにある玉座の正面に何かがある。

 簡単に言えば石だ。

 玉座と向かい合う面に一つだけ穴の開いた、拳より一回り大きいサイズの石が浮いている。


「これが魔石装置ってやつか?」

「そうです!漫画やアニメで、突然スクリーンが出現して敵が喋り出すみたいなアレをやりたかったのですが……魔王ランドのテクノロジーではビデオカメラ等は存在しないので、我々神が強引に作っちゃいました!」

「神の魔法ってやつか」

「そう言う事です!端的に言えば割と何でもありなんです!」


 どこから取り出したのか、お馴染みの五芒星が先端についた杖を振り回してドヤ顔で語るソフィア。


「まあそれはいいとして……要は俺がこの椅子に座って宣戦布告するのを、このビデオカメラ的な魔石装置で生中継するって事だな?」

「そういう事です!カンペも用意してありますから!ささ、座って座って!」


 こういうの苦手なんだけど、いきなり本番なんて大丈夫かなあ……。

 そう思いながら、玉座に偉そうな感じで腰かける。


 真正面、魔石装置の奥にはカンペを持って飛ぶソフィア。

 そのまま待機していると、ソフィアが指でカウントダウンを開始する。


 指が五本、四本、三本、二本、一本……。

 カウントダウンの終了と共に、魔石装置の穴が光り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る