真面目な話はガラじゃない

 予定よりも長引いていたシオリンガルドの改築・修繕工事がようやく終わって、詩織の方もチート系主人公に対抗する万全の体制を整えた頃。


 工事終了祝いという事で、俺はゴンやシャドウを連れて詩織の屋敷でパーティーの様なものを開いていた。

 エレナも手伝いに来てくれたりなんかして、食堂のテーブルの上には豪華な料理が並んでいる。


 実際、エレナというかダークエルフがいないとモンスター全体で見ても美味しい料理が作れる種族というのはそんなにいない様だ。

 他には仕事の都合上どうしても必要になるサキュバスくらいか。


「それでは改築・修繕工事の完了を祝して……乾杯!」

「「「カンパーイ!!」」」


 皆それぞれ水やらお茶やら自分の好きな物を手に持って乾杯をした。

 音頭をとったのは何故か俺。

 本来音頭をとるにふさわしい詩織が「こういうの苦手だから兄さんがやってよ」と言い出したのでやるはめになったのだ。


 ちなみに、今はソフィアはいない。

 たまーに、いつの間にかどこかに消えているアレだ。

 その影響で久々にローズの姿を見る事が出来た。


 俺はエレナ、詩織、そして何故か当然の様にいるリカと雑談をしていると、面白い光景が目にとまる。

 シャドウがシャド子を口説こうとしている場面だった。


 グラスに入った水を持ってそっとシャド子に近付くシャドウ。

 シャド子が気付くと、シャドウはグラスを掲げてこう言った。


「君の瞳に……乾杯でござる」


 それに対してシャド子は……。


「それはどういう意味でござるか?」


 芸人殺しみたいな返し方をしていた。

 ていうかこいつら二人ともござる口調だからややこしいな。

 シャド子の質問に対してシャドウは首を傾げている。


「えっ……そう言われてみればどういう意味でござろうな……君の瞳が素敵だから……一杯どう?的な……?シャド子殿はどう思うでござるか?」

「私に聞かれても困るでござるよ」


 最初はシャドウの片思いで終わると思ったけど、案外いいカップルになるんじゃないのかこいつら……。


「あの二人、何だかんだでお似合いよね……」


 詩織が俺と似たような感想を漏らした。

 それを聞いたエレナが優しく微笑みながら続く。


「ふふっ、そうだね……」


 リカは料理に夢中だ。

 もうこいつの食いすぎには慣れたので何も言うことはない。


 そんな風に過ごしていると、どこからともなくソフィアが帰って来た。

 しかし、その表情にはどこか陰りがある。


「お帰り、ソフィア」

「ただいまです……」


 そう返すなり、ソフィアはぱたぱたと俺の耳元に寄って来て小声で言った。


「英雄さん、後で大切なお話があります。詩織ちゃんとリカちゃんだけを連れて英雄さんの部屋に行きましょう」

「…………?わかった」


 突然だったけど、ソフィアの表情から見るにただ事じゃないのは予想出来た。


 その後打ち上げが一段落したところで、ソフィアの要望通りにサンハイム森本へテレポートしようとした時だった。

 エレナだけのけ者にしてしまう様な形になるので謝ろうとしたのだが。


「エレナごめん、ちょっと詩織とリカと話したい事があって、一度サンハイム森本に戻って来るよ」


 するとエレナは少し悲しそうな顔になって、


「えっ……うん、わかった……」


 そう言って来た。

 まあそうなるよな……ううっ……良心が痛む……。

 俺だって本当はエレナといたいのに……。


 するとソフィアがカバーに入ってくれる。


「ごめんなさいエレナちゃん、ちょっとだけ英雄さんをお借りしますね!」

「そんな、別に……私は……」


 エレナの頬が少しずつ赤くなり始めた。

 するとリカは腰に手を当てて胸をはって言う。


「大丈夫よエレナちゃん!私は戦う時は堂々とっていうタイプだから!」

「何の話をしてんだお前は……ほら行くぞ」


 無茶苦茶だけどこいつらのおかげであまりエレナを悲しませずに済んだ。

 そこは感謝だな。




 そして数分後……俺、ソフィア、リカ、詩織は俺の部屋にいた。

 このメンバーは転生者組……もっと言えば「事情を知っている」メンバーだ。

 

 それにあの真剣な表情。

 ソフィアは一体どんな話をしてくるつもりなのだろうか。


 全員がこたつに入って落ち着いた頃、俺はタイミングを見計らって聞いた。


「それで一体どうしたんだ?ソフィアの方からこのメンバーを集めるのなんて初めての事じゃないか?」


 ソフィアの表情は読めない。

 無表情だけど、色んな感情が複雑に絡みあったせいで無表情になっているような……そんな感じに見える。

 そもそもソフィアがこんな真剣な表情をする事自体が稀だから、それだけで異常事態が起きたのだろうかと思ってしまう。


 妖精女神は、静かにゆっくりと喋り始めた。


「英雄さんを、日本に帰してあげられる時が来たようです」

「「「…………!!!!」」」


 思わずソフィア以外の三人で顔を見合わせる。

 もちろん手放しで喜ぶわけにはいかない。


 もし日本に帰れる時が来たら俺はすぐに「帰る」という答えを選べるのか。

 そんな疑問を最近になってよく考えるようになったからだ。

 俺の気持ちをソフィアも知っているからこそ、この表情なのだろう。


 とにかく事情を聞いてみよう。


「それはどういう事なんだ?」


 ソフィアは読めない表情のままで続ける。


「私の上司……最高神ゼウスが英雄さんをなるべく早く日本に帰してあげようということで、アレスという神と一緒に考えたある計画が神格の高い神々の間で採用されたのです」


 何故かリカの身体が少し揺れた気がした。

 ゼウスだのアレスだの知らない名前がぽんぽん出て来たが、今はそこはいい。

 まず気になる点が一つ。


「そういった神々の事情は、人間というか下界の者にはおいそれと話せないんじゃなかったのか?」


 以前ソフィアはそう言っていたはずだ。

 こういう内容の話をする時は詩織の前でもこそこそしていたしな。


「ええ、その通りです。ですが、今回は事情を知っているリカちゃんや詩織ちゃんの協力が不可欠と判断したので、あらかじめ神々の許可を得て来ました」

「そうか……じゃあその『ある計画』ってのはどんなのなんだ?」


 ソフィアは少しだけ間を置いてから喋り始める。


「プロジェクト名は『アキラクエスト』」

「『アキラクエスト』……」


 めちゃくちゃダサい名前だけど敢えてそこにはツッコまない。

 それきり沈黙する事で、俺はソフィアに先を促した。


「内容を簡単に説明しますと……私たちでお芝居をするんです。日本から勇者役……プロジェクト名にもなっている輝さんという人を召喚して、それをリーダーとしたチート系主人公たちとモンスターとの全面戦争を行うというものです」


 アキラという名前に聞き覚えはあるけど一旦置いておく。

 リカと詩織は俺とソフィアのやり取りを静観する構えだ。

 俺はソフィアに質問をした。


「全面戦争だと、ルーンガルド民が多数犠牲になるんじゃないか?そんな芝居はしたくないな」


 ソフィアはゆっくりと頷いてから答える。


「英雄さんがそう言うと思って既に抗議はしました。そこで神々が提案して来たのは、戦争が始まって早々に英雄さんと輝さんとの一騎打ちに持ち込んで、輝さんに勝利してもらうというものでした」

「ふむ……」


 俺には上手い事倒されてもらおうということか。

 生きたまま転生させるのは大変らしいからな。


 確か俺がチート系にやられたらゾウリムシに転生する事になっていたはずだけど……その辺はソフィアが何とかしてくれるんだろう。


 つまりこのプロジェクトはこういうことだ。

 

 俺を早急に日本に帰すため、勇者アキラとやらを利用して全てのチート系主人公をルーンガルドまで連れて来る。

 そしてそれを俺がチートスキルを使って一気に倒しまくる。

 あらかたチート系が片付けば後はアキラとやらとの一騎打ちで俺はわざと負けて無事に日本に帰れる……と。


 ソフィアが俺に課した『チート系主人公を全て倒せば日本に帰れる』という条件を簡単に達成させるためのボーナスステージ的な感じだな。

 騙しているみたいで気は引けるけど、うまい事やればモンスターたちに犠牲も出ないだろうし、日本に帰るためなら悪い話じゃない気もするな……。


「大体の話はわかったけど、随分と急な話だよな」


 俺がそう言うと、ソフィアはまた一段と落ち込んだ。

 しゅん……という効果音が聞こえて来そうなくらいしょんぼりとしていて、心なしか背中にある羽の動きも弱々しくなったように見える。


「そうですよね……私としてももう少しゆっくりと英雄さんに帰るための準備をさせてあげたかったのですが……。このプロジェクトを主導するエロジジ……ゼウスやキモ……アレスといった神々が今でないと手が空いていないというのが一番の理由です。それに……珍しくスケベジジ……ゼウスが真面目に英雄さんの事を考えてくれたというのもあって、強く反対出来なかったんです……」


 そこはもう率直にエロジジイとかスケベジジイでいいと思う。

 ソフィアが落ち込んでいくばかりなので、この話題は一旦切り上げよう。


「話はわかったよ。色々と配慮してくれてありがとうな、ソフィア」


 礼を言うと、ソフィアは静かに微笑んでくれた。

 詩織とリカに視線を向けて確認を取ってみる。


「詩織とリカはどうだ?話はわかったか?」

「大体は……細かいことはまた追々聞いて行くわ」


 リカはそう返事をしてくれたけど、詩織は黙っている。

 静かに俯いて何事かを思案しているみたいだ。

 じっと待っていると、やがて静かに口を開いた。


「兄さんは……それでいいの?私やリカちゃんは日本に帰れば会えるからいいけど……ほら。エレナちゃんは……」

「…………」


 そう聞かれて、俺はすぐに返事をすることが出来ない。

 なぜモンスターたちやアリス、ゴンザレスが眼中にないんだろうと思ったけど、今はそこにはツッコまない方がいいだろう。


 詩織とリカは生きたままこちらに転生させられているから、こちらで死ねば日本に戻れる様になっている。

 でもエレナは魔王ランドの原住民だ。

 俺が日本に戻ればもう会うことは出来ない。


 それは嫌だ。

 もう俺の中でエレナという女の子の存在は、どうしようもないくらいに大きくなってしまっている。


 それにエレナ自身の心配もある。

 俺だけじゃなく、いずれはリカや詩織だってこの魔王ランドを去ることになるだろう。

 仲の良い友達がいなくなって、平気でいられるはずがない。


 色々考え込んでいると、まだ元気の戻りきらないソフィアが力なくぱたぱたと浮いている。

 まだ答えは出ない……この先も出るかはわからない。


 でもいつかは帰らなきゃならないなら、それが今なのかもしれない。

 気持ちのまとまらない腹を、強引に括る事にした。


「ソフィア……俺は大丈夫だよ」

「英雄さん……」


 はっと顔を上げてそう言うソフィア。


 いつも元気なソフィアが落ち込むところはあまり見たくない。

 これまで見て来て、ソフィアが本当に俺の事を考えてくれているのはわかっているつもりだから。

 俺は笑顔になって言ってみせた。


「何とかするさ。俺が上手い事やって、みんなが笑顔のまま日本に帰れる様にして見せる。だから元気出してくれよ」


 俺の言葉を受けて、泣きそうな顔になるソフィア。


「英雄ざ~~~~ん!!」


 泣き叫びながら、ソフィアは俺の頬にぴとっとくっついて来る。

 くすぐったい。


「ふっ……ヒデオらしいわね」

「兄さんにしては中々かっこいい事言うじゃない」


 それからソフィアが落ち着くまで、そのままのんびりと待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る