最後の戦の始まりだ

新たな勇者のお出ましだ

 セミの鳴き声も少しばかり鳴りを潜める八月の終わり頃。

 海水浴、花火大会、キャンプ&バーベキューと言った夏のイベントも一通り友達と満喫し終わり、後は新学期の開始を待つばかり。


 これからクラスの女の子に誘われて二人で買い物に出かけることになっている。

 今は待ち合わせ場所の最寄り駅へと向かう電車の中だ。


 昼の時間帯ということもあって乗客はまばら。

 場所に拘らなければ何とか座れるといった程度の混み具合だ。


 適当に空いた席に座って揺られていると、ポケットにあるスマホが震える。

 無料通話アプリLIMEの着信。

 スマホを取り出して画面を確認すると、同じクラスの友達である高志たかしからチャットが来ていた。


「たかし:夏休みが始まる前に30個宿題が出ました。そしてその内2つをお盆に終わらせたたかし君は、昨日も1つ宿題を終わらせる事に成功します。しかしたかし君は、それが夢の中の出来事だった事に気が付いてしまいました。さて、たかし君の夏休みの宿題はあといくつ残っているのでしょうか?なお、世の中は世知辛いものとします」


 一つもやってないから手伝えって事かこいつ……。

 しょうがないな、明日にでも手伝ってやるか。


 そう考えていると、またLIMEの着信音が鳴る。

 高志とのチャット画面の左上に『<1』の表示。


 チャット一覧に戻ると、これまた同じクラスの女友達である亜美からのチャットだとわかった。

 亜美の名前をクリックしてチャット画面を表示する。

 ちなみに、今日買い物に行くのは亜美とはまた別の子だ。


「亜美:あきら~!宿題やばいから写させてくれない!?今度ご飯とか奢るからさ~お願い~!」


 亜美もかよ……。

 俺はため息を吐きながらフリック入力で文字を打ち込んでいく。


「自分:高志もやばいらしいから、明日皆で勉強会をしよう。それでどうしてもだめなら写させてやるから、ぎりぎりまで頑張ってみ」

「亜美:ありがと~!さすがはあきらだね!そんじゃまた明日!」


 実はこの二人はいつもこんな感じだ。

 高志も亜美も、どちらもクラスではそれぞれ男子と女子のムードメーカー的役割を果たしている。

 お調子者だけど憎めない……そういう感じのやつら。


 あまりこんな言葉は使いたくないんだけど……。

 クラスカースト最上位グループ、と言えばわかりやすいんだろうな。


 そして高志や亜美と仲が良い俺は、皆からいつもまとめ役みたいな感じに見られてしまっている。

 そのせいかいつも皆俺に色々と良くしてくれる。


 授業の選択科目とか社会科見学の時とか、俺が何を選ぶのか皆すぐに聞いて来て同じところに来てくれる……。

 そんな風に、俺の周りにはいつも優しい人たちばかりがいた。

 いや……俺には優しい人、というべきか。


 父親が某大手電機メーカーの専務で、母親は昔芸能人をやっていた。

 だから、俺は物心がついた時から何一つ不自由な思いをした事はない。

 不自由な思いをした事がなさ過ぎたんだ。


 自分が恵まれている事なんてとっくの昔に自覚はしている。

 だからこそ不安になるんだ。

 本当にこのままでいいのか?

 今、俺の身体を動かしているのは本当に俺自身なのか……?


 まるで誰かが敷いたレールの上をずっと走るだけの人生を過ごしているようで、時々言いようのない不安に襲われるんだ……。


 そんな風に物思いに耽っていたんだけど、突然我に返った。

 スマホをいじっていて、あるLIMEニュースが目に飛び込んで来たからだ。


「高校生謎の失踪からもうすぐ3ヶ月。家族は現在ハワイに旅行へ」


 同じクラスの森本英雄君が3ヶ月前に謎の失踪を遂げた。

 聞いた話によると、自宅にいたはずなのに突然跡形もなく消えたそうだ。

 

 もう一人知らない女の子も似たような失踪を遂げたらしいけど、今は3ヶ月という節目もあって、世間の話題の焦点は専ら森本君の方に集まっている。


 森本君の家族は、森本君が失踪したショックでまずオーストラリアへと旅行に行った後、数週間後に次はフランスへ……そして現在はハワイへと行っている。

 もちろん家族全員……お母さんとお父さん、妹さんとでだ。


 よっぽどショックだったんだろうな。

 インタビューでは「一人分費用がかからずに済むので、今の内に海外旅行を満喫します」と言っていたけれど、それが本心なはずはない。


 悲しい気持ちを紛らわせる事に必死なんだろう……。


 森本君はあまり話した事はないけど、ずっと一人でいて放課後はすぐに家に帰っていたっけか。

 いつか少しだけ話す機会があった時には、家では小説や漫画を読んでばかりだと言っていた。


 正直に言うと俺は、そんな森本君を羨ましいと思った事がある。

 嫌味か、何て思われそうだからもちろん口に出した事はないけど。


 いつも一人で自由気ままに。

 誰にも期待されずに気楽に、自分のやりたい事だけをやって。

 そんな風に生きてみたいって思ったんだ。


 それは、物心ついた時から親父の跡を継ぐ事を期待されて育ってきた俺とは、まるで正反対の生き方の様な気がしたから……。


 そんな事をぐだぐだと考えていると、目的地に着いた。

 電車から降りて人の流れには逆らわず、ゆっくりと歩く。


 改札まで来たら定期入れを出してsoccaをかざし、通過。

 そのまま歩いて駅北口のバスプールへと出た。


 まだまだ終わらない夏の陽射しが肌を焦がし、汗が滲んでくる。

 そんな中を歩いて待ち合わせの場所へと向かった。


 待ち合わせは、今俺がいる駅の北口を出て最初の交差点を渡ったところにあるカフェでする事になっている。

 そこそこ、特に女の子に人気のあるお洒落な店だ。


 交差点に立って信号が青に変わるのを確認してから、一斉に歩き出した周りの人たちと一緒に横断歩道を渡る。

 既に待ち合わせの店は視界に入っていて、まだ遠いガラス越しに相手の女の子の姿を探していた時だった。


 けたたましく鳴り響くクラクション。

 横を振り向けば、眼前にはトラックが迫って来ている。

 慌てて確認するも、やはり信号は青だ。


 暴走トラックは、既に避ける事が出来ない距離に入っている。

 刹那の時間の中で俺は思った。


 そうか……こんな形で人生が終わるのも悪くはないのかもしれないな、と。


 しかし次の瞬間には更に信じられない出来事が起こった。

 

 どこから来たのか、俺とトラックの間に浅黒い肌の中年男が割り込んでくる。

 そして次に彼は信じられない行動に出た。


「ぬおおおおおおりゃああああああああっ!!!!」


 何と正面からトラックとぶつかって勢いを消し、そのまま巴投げでぶん投げてしまったのだ。

 トラックは俺を中心に弧を描く軌道で飛んで行き着地すると、何事も無かったかの様に走り去っていった。

 中年男がいたはずの場所を振り返ると、既にそこには何もない。


 俺はしばらくその場に立ち尽くし、呆然としていた。

 本当に何だったんだ……たまたま横断歩道を渡っているのが俺だけだったから良かったけど……。

 いや……何で横断歩道を渡っていたのが俺一人だったんだ?

 信号が青に変わった時、同時にたくさんの人が歩き出したはずだ。


 …………。

 だめだ、考えても何もわからない。


 周囲の人たちも一瞬ざわついてはいたものの、すぐに日常へと戻っていく。

 まるで魔法か何かでもかけられているみたいに。


 そのままカフェにはいって既に来ていた女の子と合流。

 トラックに轢かれそうになった事はなるべく考えないようにして、その女の子との時間を過ごした。


 一通り買い物や映画を楽しんで空が茜色から藍色へと変わる頃。

 女の子を家まで送り届けてから帰路に就いた。

 今は帰りの電車に揺られている。


 そこそこ席は空いているものの、座る気にはなれない。

 俺は立ったままで吊革につかまり、昼間の事を思い出していた。


 あの暴走トラックは何だったんだろうか……。

 俺を助けてくれた?謎の中年男も。

 横断歩道を一緒に渡ったはずの人たちや、あっさりと日常に戻った周りの人たちも。

 とにかくおかしな事ばかりだった。


 そうやって物思いに耽っていると、ポケットにあるスマホが震えた。

 スマホを取り出して画面を確認する。

 LIMEチャットの着信……亜美だ。


「亜美:あきら……あたし、明日会えたら伝えたい事があるんだ……」


 何を言ってるんだ、会えるに決まってるだろ。

 それにこれはネットとかでいうところの、死亡フラグとかいうやつじゃないか?

 不吉だな……。


「自分:どんな内容かは見当もつかないけど、楽しみにしてるよ」


 ふう……本当に今日は疲れたな。

 家に帰ったら早めに寝よう。


 そう思って気が抜けたのか、どっと疲れが押し寄せて来た。

 適当に空いてる席に座って背を預け、目を瞑る。


 そのまま電車に揺られて気持ち良くなっていると、どうやら少し眠ってしまったらしい。

 やけに静かで物音一つ聞こえない。

 これは終点まで寝過ごしてしまったかな……と思って目を開けると。


 そこは電車の中何かじゃない……見たこともない場所だ。

 辺りを見回してみる。


 並び立つ石柱に赤い絨毯。

 外には青空と草原という、シンプルかつ壮大な光景がどこまでも広がっている。

 テレビや漫画に出てくる様な、と言えばわかりやすいだろうか。

 

 俺が立っているのは、どこかの神殿の中だった。


 わけがわからずに突っ立っていると、背後から何者かに声をかけられる。


「やあ、君が立花輝たちばなあきら君だね?」


 振り返ると、そこには一人の男が立っていた。

 右手でミディアムの長さの髪をいじりながら、左手を芝居がかった仕草で広げている。

 その端正な顔には大胆不敵といった感じの笑みが浮かぶ。


 そして、何より驚くべき事に……。

 その男の社会の窓は、見事なまでに全開になっていた。


 俺は警戒心を露わにしながら尋ねる。


「あなたは……誰ですか?」


 男は髪をかき上げてからキザったらしくこう答えた。


「僕はアレス……輝君、これから君は勇者として異世界で活躍するんだ」

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