キングのいいとこ見てみたい

「はい、お疲れ様でした~!」

「お疲れ様でしたじゃねえよ!」


 女神ビ~ムで魔石装置を破壊した後、バンザイのポーズで終了を告げるソフィアに俺は怒りのツッコミを入れた。

 するとソフィアは腰に手を当てて頬を膨らませる。


「もう英雄さんったら、何をそんなに怒ってるんですか?」


 本気で言ってんのか? こいつ……。

 ソフィアのこの強引で頭おかしい感じも久々だな。


「怒るわ! 何だよあのカンペ! 尻を触り放題とか絶対に色々と誤解されたじゃねえか! 血祭りにあげるとかも言葉のセンスが中学生だし!」

「ひでおにいちゃんは女の子のお尻を触りたいの?」


 会話に割り込む様にルネがつぶらな瞳で尋ねて来た。

 それを聞いたエレナが、少し悲しそうな顔でこちらを見つめている。


「ヒデオ君……?」

「いや待ってくれ違うんだエレナ、あれはあくまでもソフィアに言わされただけであって俺の本心じゃ」

「えーっ! じゃあ触りたくないの?」

「いやそういうわけでもなくて……おいどうすりゃいいんだこれ。ソフィア助けてくれ!」


 すると事態を静観していたソフィアがゆっくりとルネの横に飛んで来た。

 そして耳元で悪魔の様に囁く。


「違うのよルネちゃん。あのね、英雄さんはボリュームのあるエレナお姉ちゃんのお尻じゃないと触りたくないんだって」

「えっ……」


 エレナは驚き、頬を赤く染め始めた。


「お前に助けを求めた俺が間違ってたよ!」

「えーっ! 私のじゃ嫌なの?」


 少し残念そうな顔で俯くルネ。

 俺は慌てて何とかしようとするが。


「いや、そういうわけじゃなくてだな」

「うぅ……じゃあはい、どうぞ」


 そう言ってルネは、エレナの背中を押して俺の前に差し出した。

 エレナの顔は更に赤くなり、トマトみたいになる。


「「えっ……えっ……!?」」


 激しく動揺する俺とエレナを見たソフィアが邪悪な笑みを浮かべた。

 そして良くわからないキャラ設定で喋り始める。


「さあ旦那。これが世界征服の第一歩ですぜ……サクっといっちゃいやしょう」


 エレナのお尻を触ることでどうやって世界を征服出来るようになるのかはわからないけど、それは今はどうでもいい。


 ここで「いや、別に触りたくねえし」とか言ったらエレナに失礼。

 かと言って、触ったら変態だ。

 

 一歩エレナの方に踏み出してみる。

 それを見たエレナは一歩後ずさるも、ルネにホールドされてしまった。


「さあ英雄さん、今ですよ!」


 どうする……!?

 エレナの様に顔を真っ赤にしながら、そう考えていた時だった。


「…………っ!!」


 エレナはルネを振りほどくと、顔を両手で覆いながらエルフ系特有の猛スピードで走り去って行った。

 それを見たルネが目を輝かせながら後を追う。


「わ~っ! お姉ちゃんと追いかけっこ~っ!」


 こうして玉座の間には俺とソフィアだけが残されたのだった。

 ソフィアがからかうように言ってくる。


「残念でしたね、英雄さん♪」

「うっさい!」




 その後、落ち着いたルネとエレナと合流。

 プロジェクトを進めている幹部たちの様子を見に行く事にした。

 

 まずは使われていなかったダンジョンの修繕に当たっているダークドワーフたちとそこに配置される悪魔系一族の元へ。

 本当は城に残ってもらおうとしたんだけど、ルネが遊べ遊べとせがんでくるのでエレナと一緒について来てもらう事に。


 現場に到着すると、今は外側の工事をしているところらしい。

 塔の様なダンジョンの麓から工事を監督しているゴンに話しかけた。


「よう、調子はどうだ? ゴン」

「これは皆さんお揃いで。見ての通り順調でさあ」


 元の状態も廃墟だった時の状態も知らないからわからないけど、少なくとも今は大分綺麗になっている。


「内部の方はどうだ?」

「現状維持であまり手を加えないって手も在りかと思いまさあ、雰囲気を出したいならあまり綺麗にし過ぎるのもどうかと思いやすぜ」

「そうだな……じゃあ内部はほどほどで頼むよ」

「がってんでい」


 腕にこぶを作ってパシン、と逆の腕でそれを叩くゴン。

 ゴンと会話をしていると、横からキングが話しかけて来た。


「よおヒデオぉ! 部下はどれぐらい配置してやればいいんだ!?」

「あんまり多くなくていいぞ。勇者の進行を遅らせるのが目的だからな」

「わかったぜぇ! キヒヒィ!」


 多分だけどキングはわかってくれていない。

 また後で見回りに行った方がいいだろう。


「それよりよぉヒデオ、そりゃ何だ? エレナの妹か?」


 キングは、俺の後ろに隠れて顔だけを出しているルネを見てそう言った。

 そういえばルネって人見知りする子だったな……すっかり忘れてた。

 最近じゃルネと一緒に遊ぶのはアリスやリカばかりだったからな。


「こういうちっこいのにはよお! これだぁ! イッヒッヒィ!」


 そう言って、キングはどこからか虫みたいなものを何匹か取り出した。

 ルネはそれを興味深々と言った様子で見つめている。

 エレナとソフィアは互いに顔を見合わせて「何じゃこりゃ?」という顔。


 どうやらこの虫みたいなものが何なのか、キング以外は知らないらしい。

 俺は訝し気な視線を向けながら聞いてみる。


「そりゃ何だ?」

「ジバクムシだぁ! 口の中に入れてちょっと噛んだりして刺激を与えると自爆すんだよぉ! ちっちぇえやつらには大ウケだぜぇ! ヒャッハァ!」

「それ危なくないのか?」

「何なら食ってみろよぉ!」


 キングからジバクムシとやらを一匹手渡された。

 あくまで虫みたいなもので、そんないかにも虫! という外見はしていない。

 

 だから虫が苦手な俺が持っても何ともないんだけど……。

 どちらにしろ見たこともない外見をしているし、これを口に入れるのはちょっと勇気がいるな。


 静かにジバクムシを凝視していると、キングがしびれを切らしてしまった。


「何だ食わねえのかぁ!? だったらこっちから行くぜぇ! ヒャッハァ!」


 その台詞は使い方を間違えてるんじゃないだろうか。

 そんなツッコミを入れる前に、キングは手に持ったジバクムシを口の中に放り込んでしまった。

 するとすぐにキングの口の中からパチンパチン、という小気味の良い音が聞こえて来る。


「わぁ、何だかすごいですね……」


 さすがに怖いもの知らずなソフィアも戦慄している。


「これ、ルネに食べさせても大丈夫なのかな……」


 エレナはルネが心配みたいだ。

 日本なら、食料にしたら何やかんやと問題を起こしそうな類のものだから当然だろうな。


「と、とりあえず食べてみるか……」


 まさか試食もせずにルネに食べさせるわけにはいかない。

 俺は意を決してジバクムシを口の中に放り込んだ。


 しかし噛むまでもなく、歯がちょっと触れただけでパチン、と口の中で弾けた。

 同時に、日本で飲みなれた炭酸飲料を想起させる味が口の中に広がる。


「え、何これ普通にうまいじゃん」

「だから最初から言ってんじゃねえかよぉ!」

「悪い悪い、いや変わった見た目してるから必要以上に警戒しちゃってさ」


 キングは別に怒ってるわけじゃないんだけど、一応謝っておいた。


 何の事はない、日本で言う駄菓子みたいなものだ。

 名前は忘れたけど、あの口の中でパチパチ弾けるやつ。


 あれの弾け具合が少し強くなった様な感じで、お菓子の種類がそこまで多くない魔王ランドなら子供を中心に喜ばれる事は間違いない。

 キングたち悪魔一族しか知らないものの様なので、生息地やら何やらの関係で今まで広まっていなかったのだろう。


 まあ自爆する生き物?を食べようとする発想が悪魔一族以外の種族にないだけなのかもしれないけど……。


「ひでおにいちゃん! 私も! 私も食べる!」


 ルネにせがまれて我に返る。

 キングはあとどれくらいジバクムシを持ってるんだろうか。


「悪いキング、まだ持ってるのならわけてやってくれないか?」

「もちろんそのつもりだぁ! 腐る程あるぜぇ! ヒッヒィ!」

「ありがとな」


 キングからジバクムシを受け取って皆に配る。

 ルネは我先にと食べた。

 先に俺が食べてみせたおかげなのか全く躊躇しなかった。


 これが子供の強さというやつか……。


 最初は胡乱な眼差しでジバクムシを見ていたエレナとソフィアも、やがて意を決して口の中に放り込む。


「「「…………!!」」」


 女性陣が口を手で覆ったまま、一様に驚いた表情をした。

 口からはパチパチ音。


「どうだ? 意外といけるだろ?」


 俺がそう聞くと、最初にルネが反応した。


「うん! おいしい!」

「パチパチ弾けるお菓子的なアレですね……」


 ソフィアも納得の美味しさらしい。

 最後にエレナも、


「……うん、おいしい……」


 と呟き、まだ半信半疑と言った様子で頷いている。

 皆が一通り感想を言い終わると、ルネが突然キングの前まで出て来た。


「ねえねえおじちゃん!もっとこれちょうだい!」


 お、おじちゃん……。

 まあ呼ばれ方はともかく、キングすげえな。

 割と人見知りの激しいルネが簡単に懐いてしまったぞ。


 こいつ、案外子供の面倒とか見るのが得意なのかもしれないな……。


「ほらよぉ! あと俺の事はキングと呼びやがれぇ! ヒャッハァ!」

「うん! キング!」


 結局呼び捨てらしい。

 まあキングはキングという名前で呼ばれさえすれば後はどうでもいいみたいなのでそこは気にならないのだろう。


 ルネはジバクムシをたくさん受け取ってご満悦だ。

 次々に口の中に放り込んでパチパチやっている。

 エレナが少しだけ膝を折ってルネの顔を窺った。


「ふふ、ルネ……おいしい……?」

「うん!」


 姉としての顔を見せるエレナに、少しだけ鼓動が高鳴るのを感じた。

 柔らかい微笑みを浮かべてルネを見守っている。

 その表情のまま、エレナはキングの方を向いてお礼を言った。


「ありがとうございます……キングさん……」

「いいって事よぉ!イヒヒィ!」


 エレナに笑顔を向けられたキングに少しだけ嫉妬をしてしまう。

 俺は何てちっぽけな男なんだ……。


 でもそれはそれとして、今日はキングの意外な一面を見たな。


 いつも本当にどうしようもないやつで。

 でもたまに、どうしようもないやつで。

 そう思っていたら、いざとなった時にはやっぱりどうしようもないやつだけど。


 うん、ただのどうしようもないやつだな。

 いいところを見つけられて本当に良かったと思う。

 後は戦闘力がかなり高いってところぐらいか……。


 何て事を考えていると、ゴンが話しかけて来た。


「ヒデオの旦那、そろそろ完成も近いんで、良かったら下見して行きやすかい?」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 ジバクムシのせいで本来の目的を忘れかけていた。

 今日ここに来た目的はプロジェクトの進行具合、つまりダンジョンがどこまで完成したかの確認なのだ。


「私も行く!」


 話を聞いていたルネが言った。

 まあ、見るだけだし問題ないか……。


「いいけど、あまりあちこち触ったりしたらだめだぞ」

「は~い!」


 こうして俺、ソフィア、ゴン、ルネ、エレナのパーティーは塔っぽいダンジョンへと乗り込んだ。

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