恋に悩むは皆同じ

 ゲンブ祭が終わった後、しばらくはみんな祭りの余韻で打ち上げをやったりなんだりでドンチャン騒ぎ。

 ここ数日でようやく日常が戻って来た感じだ。


 でも、日常を取り戻せていないものもある。 

 俺とエレナの関係だ。

 あれからは特に進展したわけでもなく、むしろ微妙な距離感のまま日常が過ぎて行った。




 街が平穏を取り戻してから更に数日が経った頃。

 俺は久々にソフィアと部屋でゴロゴロしていた。

 ベッドに寝転がっていると、ソフィアが話しかけて来る。


「ふふふ、こんなに暇なのも久々ですねえ」

「本当だよ。ゲンブ祭が終わってからも片づけやら何やらで慌ただしかったしな」


 するとソフィアは、ぱたぱたと飛んだ状態でゆっくりと俺の耳元に近付き。


「そろそろエレナちゃんとこの前の続きをしたいですか?」


 と囁くように言って来た。

 突然エレナの名前を出されて、俺は動揺を隠せない。


「なっ……そんな、俺は別に……」

「照れなくてもいいのに~♪何なら私が呼んできてあげましょうか?」

「ばかやめろ!本当にやめろ!」


 中学生のやり取りかよ!

 

 それはともかく、あれ以来俺はエレナとまともに話せていない。

 ばったりと会ったところで何だか妙な雰囲気になってしまい、ぎこちなく少しだけ会話を交わして終わりという感じが常になっている。


 エレナは今、俺のことをどう思っているんだろうか?

 あれはやはり夢か何かで他に好きな人がいるとか……。

 たまにダークエルフ村に帰ったりしてるし、やっぱり結婚を約束した幼馴染とかでもいたりして。


「ああ本人には聞けねえしな~うおおおもどかしいぜ~!」

「だから俺の心を読むのはやめろっつってんだろうが」


 前から思ってたけど、ソフィアのこの心を読むやつって結構当たってるよな。

 まあ女神だから本当に読めても不思議じゃないのかもしれないけど。


 ちなみに今ソフィアが「うおおお」のところで両の握り拳に力を込めてわなわなと震えるさまはちょっとだけ可愛かった。


 その時、部屋の扉がノックされる音。


「おおっ!もしかしてエレナちゃんじゃないですか!?はぁ~い!どうぞ~!」

「まじか!ていうか何でお前が返事するんだよ!」


 いきなり部屋に遊びに!?

 いや落ち着け俺……前から俺の部屋の掃除も仕事の一つだったんだから来ること自体は普通じゃないか。


 ガチャリと音を立てて扉が開く。

 その先に現れたのは……。


「遊びに来てあげたわよ!」


 リカだった。


「何だリカか……」

「何だとは失礼ね!まあいいわ!」


 そう言ってリカはドカドカと部屋の中に入り、そのままこたつへ。

 決められた事の様にみかんを食べ始めた。

 

 その様子を見ていたソフィアが半目でこちらを睨みながら話しかけてくる。


「英雄さ~ん?女の子相手にそんなあからさまにガッカリした様な態度をとっちゃいけませんよ~?」

「はいはい悪かったよ……」


 それからはいつも通りに雑談なんかをしつつ時間を潰した。

 しかし、空の色も変わらないうちにリカがおもむろに立ち上がる。


「今日はそろそろ帰るわ!」

「お前にしては早いな。用事でもあるのか?」

「人間の街で夜からクエストに行く約束があるのよ。稼げる時に稼いでおかなきゃね!それじゃ!」

「おう」


 リカはいつもの俊足で消えて行った。

 それからまた部屋でゴロゴロしていると、また部屋の扉がノックされた。

 まあこのパターンから行くと詩織だろうな……。


「どうぞ~!」


 何故かまたしてもソフィアが返事をする。

 詩織のやつ、またシオリンガルドのトラブルでも持ち込んで来たのか?

 そんな事を思っていたんだけど……。


「こ、こんにちは……」


 扉の向こうから現れたのはエレナだった。

 俺は慌ててベッドから跳ね起きる。


「エ、エレナっ!?どうした!?」

「えっ?えと……部屋の、掃除に……」

「あっ……」


 そうか、そう言えばそんな時間だったな……。

 別に普通というか、エレナはただ単に仕事をしに来ただけだ。

 そこまで驚くことでもない。


 うっ……でも何だかいつも着ているはずのメイド服が新鮮に映る。

 何だかいけない事をしている気分になって来たぞ。


 横ではソフィアが飛びながら腹を抱えて笑いを堪えている。


「ぶふっ……それじゃあ後は若い二人でごゆっくり~」

「「あっ……」」


 俺とエレナのハモリを置き去りにして、ソフィアは飛び去って行った。

 その後お互いに少し赤くなりながら、


「あっ……それじゃ、掃除、するね……」

「うん……よろしくお願いします……」


 と何の確認なのか良くわからないやり取りをする。

 何だこれ。


 エレナが掃除をする間、俺はこたつに入ってあぐらをかいたまま固まっていた。

 今までならここまで気を遣うことはなかったんだけど……。

 何となく「こいつ邪魔だな……」とか思われたくないのだ。


 お互い無言のまま時間は過ぎて行く。

 エレナは黙々と掃除をし、やがて終わったようだ。


「じゃ、じゃあ終わったから行くね……」


 そう言って部屋を去ろうとするエレナ。

 何だかこのままではいけないような気がして、俺は勇気を振り絞った。


「あっ、エレニャッ……」


 噛んだ。死んでしまいたい衝動に駆られる。

 驚いた様な表情でこちらを振り向いたエレナと目が合う。

 でも次の瞬間、何だかおかしくなって二人とも笑ってしまった。


 くすくすと笑ってくれたエレナを見ていると、色んな感情が込み上げて来た。

 そしてエレナは聞いて来る。


「ふふっ……どうしたの?」

「あっ……いや、時間があるならちょっと話していかないかなって思ってさ」

「うん、いいよ……」


 今の笑いで緊張が解けたのか、少し大人っぽく見えるエレナはそう言って掃除用具を置き、こたつに入った。


 それからエレナの時間が許す限り雑談をして楽しい時間を過ごす。

 そういえば仕事の時はアリスも一緒のはずなんだけど、どうしたんだろうな。


 まあいいか。


 ☆ ☆ ☆


 英雄とエレナを二人きりにしたソフィアは、久々に神界へとやって来ていた。


「ふふっ……あの英雄さんの動揺っぷり……可愛かったなぁ」


 口元を手で押さえながら俯きがちに歩く。

 先ほどの英雄の慌てっぷりがツボに入ったらしく、ソフィアはまだ笑っている。


 現在、この一柱の女神は創世の神殿の廊下を歩いていた。

 ひとまず各世界の様子や神々に関するニュースなどをゼウスから聞いておこうと言ったところだ。


 創世の神殿は主に神々が会議をする場所として使用される一方で、ゼウスの住まう屋敷としての一面も持っている。

 そこで神々はゼウスに用事がある場合、大体ここにやって来るのだ。


 会議室のさらに奥、ゼウスが最高神としての仕事をする執務室に向かう。

 扉を開けて中に入ると老神が何者かと話しているところだった。


「おお、ソフィアか。丁度良いところに来たの」


 ソフィアに気付いた老神の顔が綻ぶ。

 その隣には一柱の男神が立っている。


 男神もソフィアの方を向き、笑顔を見せた。

 芝居がかった仕草で両手を広げながら話しかけてくる。


「やあソフィア。久しぶり……相変わらず美しいね」


 その男神が何者であるかに気付いたソフィアの顔が歪む。

 ソフィアは恐る恐るその名前を口にした。


「アレス……どうしてここに……」


 アレスと呼ばれた男神は、ミディアムの長さの髪をいじりながら答える。


「どうしてって、君の為に決まっているじゃないか」

「何を言っているのか全くわかりませんが」


 どうやらソフィアはアレスが苦手なようだ。

 男神に対しては一貫して険のある口調で話している。


「あんな冴えない人間の面倒を見るのはやめて、早く神界に戻りたいだろう?」

「そんな事……思ったことはありません」

「そして神界に戻ったら僕と一緒に暮らそうじゃないか」

「私の話を聞いていますか?」


 ゼウスはどうやらこの二人のやり取りに慣れているらしい。

 やれやれと言った表情をしながらアレスに注意をする。


「お主相変わらずソフィアを口説くのは良いが……社会の窓が全開じゃぞ」


 そう……ソフィアがこの部屋に来た時には既に、アレスの社会の窓は全開になってしまっていた。


 かなり手痛い指摘のはずだが、顔色一つ変える事もなく。

 男神はソフィアの方を向いたままで言った。


「ふっ……これはソフィアに対してはいつもオープンで居たいという気持ちの表れだと受け取ってくれ」

「つまり人間たちでいうところのただのセクハラですよね?」

「照れてる君も可愛いよ。でも、そろそろ僕に対する愛を素直に表現したらどうだい?」

「……………………キモッ」


 ソフィアの毒のある呟きを聞いたところで、ゼウスが咳ばらいをした。


「そろそろ本題に入りたいのじゃがいいかの」

「私はむしろ入ってくれるのを待っていたのですが」


 ゼウスは真面目な表情に切り替えて続けた。


「そろそろ英雄君を元の世界に帰してあげようと言う話じゃ」

「…………!!!!」


 ソフィアはゼウスの言葉に対して瞳を見開き、明らかな動揺を見せる。

 それに気付いているのだろうがゼウスは構うことなく続けた。


「ソフィアは元の世界に帰れる条件としてチート系主人公を全部倒したら、というのを英雄君に課しておったじゃろ?いくら何でも全部、というのはきついのではないかと思っての。わしらの方でもっと簡単に帰れるように出来ないかあれこれ考えてみたんじゃよ」

「どうしてまた、私がいない時に……」

「ソフィアがこちらに来るのを待ってからではいつになるかわからんじゃろう。わしとて英雄君を突然異世界に転生させたことは申し訳なく思ってての、常に気を揉んではいるのじゃ」

「…………」


 ゼウスの言っている事は正論に思えた。

 ソフィアにとってはいつも余計な事や自分勝手な事しかしない老神だが、英雄の事を想うなら早く元の世界に帰れるようにしてあげる、というのは正しい処置の一つではある。


 例えそこに、本人の気持ちが考慮されていなくとも。


 ソフィアが動揺したのは、英雄の気持ちを知っているから。

 元の世界に帰らなければいけない……でも、本当にそれでいいのか?

 自分はその道を選べるのか?

 そう迷っている英雄を、ソフィアは知っているのだ。


 色々と考え込んでいた女神の意識を、キザな男神の言葉が引き戻す。

 アレスは大袈裟に身振り手振りを加えて説明を始めた。


「そこで、だ。僕たちはある計画を立てた。それが終われば英雄君はすぐに日本に帰れるよ」

「それはどういったものなのですか?」

「端的に言えば、勇者を召喚して英雄君を倒してもらうんだ」


 女神の眉間により一層の皺が寄る。


「英雄さんを? 倒す? ……本気ですか?」

「まあ君には不本意かもしれないが……僕たちの手間をかけずに転生するにはそれが一番手っ取り早いだろう」

「……………わかりました。英雄さんに伝えてみます」


 ソフィアは納得のいっていない表情でそう言った。


「ふふっ……楽しみだね。これが終わって君がこちらに戻ってくれば、ようやく君と暮らすことが出来るんだから」


 そう言ってアレスはソフィアの顔に手を近づけた……しかし。

 乾いた音が執務室に響く。


 ソフィアがアレスの手を払い、顔に平手打ちを入れたのだ。


「…………触らないでください。あなたと暮らす気なんてありません。そうする位なら、ずっと英雄さんと一緒にいた方が私は幸せです」


 だがアレスは表情一つ変えることはない。


「ふふっ、君からの悪口もそうだけど、平手打ちもこんなに気持ちのいいものだとは思わなかったよ……」


 どうやらアレスは特殊な性癖を開花させたらしい。

 これにはソフィアだけでなくゼウスもドン引きしている。

 ソフィアは、泣きそうな顔でゼウスに助けを求めた。


「ゼウス……どうにかならないんですか?これ」

「まあ……あまり度が過ぎる様なら消してやるから、今は耐えてくれんかの」


 ゼウスは最高神と言う地位にふさわしく、戦闘力も神々の中で一番高い。

 だからこの「消してやる」というのは文字通りの意味だ。


「ソフィアを愛して消えるならそれも悪くないね……」


 そんな台詞を吐きながらも、アレスの社会の窓は一向に閉まる気配がない。

 ソフィアはその言葉から逃げるように創世の神殿を後にしたのであった。

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