夜空に花火を打ち上げろ! 後編

「うん、その……エレナが嫌じゃないなら……」

「はい……お願いします……」


 そう言ってエレナが恥ずかしそうに右手を差し出す。

 俺は唾を飲み込んでからそれを左手で取った。


 うわっ……何だか小さいし柔らかい……。

 思わず転生してしまいそうだ。

 いやいや落ち着け混乱するな俺。


 繋いだ手に汗がにじむ。

 それに下品な話だけどその……俺の息子様が大変な事になっていらっしゃる。

 女の子と初めて手を繋ぐとこうなるとは聞いた事があるけど……本当だ。


 とにかく早くゲンブの住処から出ないと……。

 手を繋いで歩いているのをアリスやソフィア辺りに目撃されたら死ぬほどからかわれるぞ。


「エレナ、足元に気を付けてな」

「はい……ありがとうございます……」


 そうだ、エレナは足元がふらつくから手を繋いで欲しかっただけなんだ。

 俺が意識しすぎなだけであってやましい事は何一つない。

 心を落ち着かせるために、自分にそう言い聞かせた。


 エレナがこけないようにゆっくり歩きながら住処の外に出る。

 住処から少し離れると、道端に二人で座れる長椅子が偶然に置いてあったので腰かける。

 ……じゃねえよ何でこんなところに長椅子があるんだ。


 周りは草原や森林ばかりで、この長椅子以外に誰かが手を加えて作ったものは一切見られない。

 ……ソフィアが持って来たとか?


 まあ何にせよ有難いし今は置いておこう。

 エレナもここに長椅子があるのを知ってたみたいにスルーしてるしな。


 ここからなら丁度花火が打ちあがる予定のポイントがバッチリ見える。

 長椅子に座って軽く夜空を見上げればぴったり見える位置と向きだ。


 エレナに先に座ってもらってからその横に腰かける。

 手は繋いだままだ。

 もう必要ないのに、ベンチに座ってからもその手が離れることはない。


 何だか嬉しいような恥ずかしいような甘酸っぱい時間だけが過ぎて行く中、二人とも中々口を開けなかった。

 そんな時に、ふと前からエレナにお願いしたかった事を思い出す。


「なあエレナ……お願いがあるんだ」

「はい……」

「そろそろ俺を様付けで読んだり敬語を使うのをやめて欲しいんだけど……」


 これは自然と口にする事が出来た。

 前からずっと思っていた事だったから。


 今ではルーンガルド民で俺を様付けで呼ぶやつはほんの一部。

 なのに、何故かエレナがそのほんの一部に入ってしまっている。

 エレナともっと仲良くなりたいから、それが少し寂しかったんだ。


「えっ……でも……」

「どうしても無理とか言うんならいいんだけど」

「い、いえ……そんなことは……じゃあどういう風にお呼び……あっ……呼んだらいいのかな……?」

「それは任せるよ。ヒデオとかヒデオ君とか……任せるって言ってもそれくらいしかないか……」

「じゃ、じゃあ……ヒデオ君、で、いいかな……?」


 そう言って繋いだ手に少しだけ力を込めて来た。


 これはやばい……何て言うか、同級生の女の子と距離が縮まった感半端ない。

 エレナも似たようなものを感じてくれたのかもしれない。

 少し俯いている俺の視界の端で、彼女が身体の向きを変えるのがわかった。


「うん……ありがとう、エレナ」


 エレナの方を見てお礼を言う。

 するとエレナは、今までに見たことのない様な表情でこちらを見つめていた。

 上気した頬と潤んだ瞳が、切なさや艶めかしさを感じさせる。


 繋いだ手から伝わる体温も、心なしかさっきよりも上がっているようだ。


「エレナ……?」

「ヒデオ君……」


 心臓が破れてしまいそうな程に高鳴る鼓動。

 俺たちはしばらく見つめ合い、そしてエレナがゆっくりと目を閉じた。

 こ、これはあれなのか……?


 いや俺も男だ……ごちゃごちゃ考えるのはやめよう。

 そう思ってエレナの顔に、自分の顔を近づけて行く……。


 その時だった。


 視界の端で光が瞬き、弾けるような音が空から降って来る。

 夜空を見上げれば、そこには大輪の花が咲いていた。

 久々に見たそれに思わず目を奪われてしまっていると、じれったく思ったエレナも瞼を持ち上げてそれに気付き、顔を上げる。


「綺麗だね……」


 そう呟くエレナの横顔の方が……何てキザな事を言う勇気はない。


 夜空のキャンバスを彩る芸術は、一瞬で描かれては消えて行ってしまう。

 最初に何発かを撃ち終えると、一頭のドラゴンが空を飛び回り始める。

 次にその背中から様々な色の灯りが放たれ、それらは丸や星の形へと整列していく。


 ランドの背中に乗ったルネとリカが箱の中に入れたシニたちを一斉に空で解き放ったのだ。

 もちろん各魔人のシニたちにも、事前に練習をしておいてもらった。


 それが終わるとルネたちは、花火が炸裂する範囲の少し外側を炎魔法で円を描くように飛んでいく。

 この間花火の火がルネに当たると危険なので、リカには『正義の献身』を発動してもらっている。


 そして別のドラゴンたちがタイミングを合わせて空中で放った花火を魔法で点火したりなど、ルネによるショーとも思える光景が続く。

 ドラゴンたちもきちんと計算された動きで空を飛び回り、花火をより引き立てててくれている。


 それは日本にある花火大会の打ち上げ花火にも負けない美しさで、見る者を虜にしていく。

 きっと今ルーンガルドのモンスターだけでなく、これを見た魔王ランド中の全ての生命が目を夜空に釘付けにされているに違いない。


 そう思ってしまう程に綺麗で……幻想的な光景だった。

 なのに……。


 花火を見た俺の頭に浮かんで来るのは……生まれ育った故郷の事。

 俺はこの世界に来て初めて、はっきりと家族の事を思い出していた。


 いつかは家族の元に帰りたい。

 でもそれは同時に、この世界から去って行かなければならないと言う事。


 今は遠くに居る大切な人たち。

 そして今、側にいる大切な人たち。


 いつかはどちらかを選ばなければならないのだろうか。

 

 そんな戸惑いが顔に出てしまっていたのかもしれない。


「ヒデオ君……?どうしたの?」


 隣にいた女の子の声で我に返る。

 気付けばエレナが心配そうな顔でこちらを覗きこんでいた。

 繋いでいた俺の左手には、空いていたエレナの左手までもが添えられている。


「いや、何でもないんだ……ちょっと花火に見とれてただけ」

「そう……何だか、悲しそうな顔をしているように見えたから……」


 デートの最中にそんな顔をしてしまうなんて、俺はだめなやつだな。


「ごめんな心配させて……」

「ううん、何もないならいいの……」


 少しだけ左右に首を振るエレナ。


 しかし花火さんもいいタイミングで仕事をしてくれたもんだ。

 おかげでどうしていいかわからずに、二人にはまた沈黙が訪れている。


 とはいっても、もちろん花火は予定通りに打ち上げられたんだけど。


 その時、花火も終盤に差し掛かろうかと言うところ。

 完全に忘れていたあるものが俺たちを襲う。

 花火に感動したゲンブの地震だ。


 震源地が目の前であるため、かなり強烈な揺れ。

 立っているどころか座っていることもままならない。


「きゃあっ!」

「エレナっ!」


 俺は思わずエレナを抱き寄せてから地面に転がる。

 長椅子に座っていることすらも難しかったからだ。

 決してやましい気持ちがあったわけじゃない。


「うう…………」

「大丈夫か?エレナ……ったく、しょうがないとはいえゲンブのや……」


 地震が止んで地面に手をつき立ち上がろうとすると。

 その姿勢がちょうど俺がエレナを押し倒したみたいな感じになってしまった。


 まさか俺の人生でこんな王道なラブコメ展開を経験する時が来るなんて……。

 と、普段ならこの状況をそう客観視して、すぐに離れたり出来たのかも。

 でもデートで気分が舞い上がっていた俺は、そのままエレナと見つめ合ってしまった。


「…………」

「…………」


 そのまま俺は身体を沈めてエレナと……。


「ちょっとちょっとストーーーーップ!!!!」

「きゃあっ!!」


 誰かによる突然の試合中断の声に驚き、起き上がろうとするエレナ。

 当然の如く俺の頭と激突し、二人ともその場に転がって悶絶する。


「…………っ!!!!」

「…………っ!!!!」


 誰かが歩み寄ってくる気配。

 声からして恐らくアリスだろう。


「もう~!いつまでもぶっちゅーといかなくてじれったいな~と思って見てたらいきなりそれ飛び越えちゃってどうするんですかっ!」

「どうしていつもそんなところだけ急に魔王っぽくなるんですか英雄さんは!」


 アリスだけでなくソフィアまでいた。


「いてて……見てたのかよお前ら……」

「そりゃ見てますよ!記念すべきエレナちゃんのファーストキッッスですよ!?」

「私はお母さんに代わって英雄さんのファーストキスを見守ろうと……」

「授業参観かよ!」


 それだけじゃない、ツッコミどころが多すぎる……。


「うぅ……」

「あっ……エレナ、大丈夫か?」


 気付けば顔を覆って寝転がったままのエレナ。

 どうやらアリスとソフィアが見ていることはエレナも知らなかった様子。

 物理的な痛みだけでなく、色んなショックから立ち直れないらしい。


 何気にキス未経験な事も暴露されちゃってるしな。

 もちろん俺は心のメモにしっかりと書き込んでおいた。


「ほら~!ヒデオ様!早くエレナちゃんの手を取って!」

「お、おう……」


 エレナの手を顔から剥がして握る。

 俺に引っ張られて泣きそうな顔のまま上半身を起こすエレナ。


「はいはいいいですよ~そのままそのまま」


 リハビリに付き添う看護師かよ。

 もちろんそれを言ってもアリスには通じないから口には出さない。


「はい、それじゃ長椅子に座ってチューをどうぞ」

「私とアリスちゃんはまたその辺に隠れてますので!」

「アホか!」


 その後はもちろん授業参観型のキスなんて出来るわけもなく。

 一仕事を終えたルネとリカ、その辺をぶらついていた詩織と合流して皆で祭りを楽しんだ。


 ちなみに、火は常に魔法のみを使って不要になればすぐ消すなど、防火対策や地震対策をとってあったので地震による被害はない。

 

 ゲンブ祭と名付けられたこの祭り以降、ルーンガルドに地震が起きることはなかった。

 祭りは大成功に終わり、ゲンブの希望で今後も開催される事が決定。

 こうして俺たちはまた一つルーンガルドの危機を退けたのだった。

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