夜空に花火を打ち上げろ! 前編

「どうだゲンブ?中々いいもんだろ?」


 目を潤ませて周囲を見渡すゲンブを見ながらそう問いかけた。


 宵闇にぼんやりと浮かぶ提灯の灯り。

 ゲンブの住処の通路に点在する屋台。

 ゲンブが普段寝泊まりしている部屋にも、あちこちに露店が開かれていた。


 ソースの香りや、肉を焼く炭火の匂いが食欲をそそる。

 何をモチーフにしたのかよくわからないお面を売ったり、別に欲しくもないものを景品にしたくじ引きをやったりと、お店の様相も様々。

 

 住処の中を行き交うモンスターたちは活気にあふれ、自分たちが担当したのとは違うお店を見に行ったりして楽しんでいるようだ。


 そう……俺たちが考えたのは、花火大会。

 最初にこのアイディアを出したのはリカで、ソフィアや詩織の意見も取り入れて試行錯誤し今日に至る。


「皆が楽しそうなのを見てるだけで優しい気持ちになれるよ」

「気に入ってもらえてよかったよ」

「ありがとう、ヒデオ」

「どういたしまして。あともう少ししたら花火が始まるからな」

「本当にまたあれが見れるのかあ……楽しみだなあ」


 どこか遠くを眺める様な目でゲンブはそう呟いた。


 ちなみに、屋台や露店は日本の花火大会を完全に再現しているわけじゃない。

 転生者組に日本の花火大会でお店をやったノウハウや知識のあるやつがいなくて、その分も情報収集をするとなると大変だったからだ。


 さて……。

 ゲンブは一人でじっくり見たそうな感じもあるのでここからは放置。

 俺は例の約束を果たしに行く。


 そう、ジェンガ大会で優勝したエレナとのデートだ。

 冗談かと思っていたけど本当にするらしい。


 もちろん俺に女の子とデートをした経験なんてあるわけもなく。

 嬉しい反面緊張や不安やらの気持ちもある。


 そもそもエレナは俺なんかとデートするのは嫌じゃないんだろうか。

 とにかく楽しんでもらえるように頑張らないとな……。


「ふふふ、英雄さん緊張してますねえ」

「そりゃあな」

「大丈夫ですよ。エレナちゃんならどんなデートでも喜んでくれますから!」

「それはそれでどうなんだ」


 いい子すぎるというかチョロすぎるというか。

 当のエレナはと言うと、ソフィアを除く女性陣と一緒に一度ルーンガルドに戻っている。

 準備とか何とか言ってたけど、何のことかはわからない。


 住処の入り口で待ち合わせという事になっているのでぼちぼち移動する。


「あっ!いましたよ英雄さん!お~い!」

「えっ……」


 住処の入り口に来ると、既に女性陣が到着していたんだけど。

 なぜか全員日本人のソウルファッションである浴衣を着ていた。

 ソウルファッションという言葉の意味は深く考えないで欲しい。


 ちなみにメンバーはアリス、エレナ、リカ、詩織、ルネだ。

 俺とソフィアを見つけるなりアリスが声をかけて来た。


「ヒデオ様!ソフィア様!こんばんわ~!」

「ひでおにいちゃんやっほ~!」

「お前らそれどうしたんだ」

「花火といえば浴衣でしょ!幸い浴衣はアムスブルクを探したら売ってたから、それを買ってギドに見せて、全員分を作ってもらったのよ!」


 そう答えてくれたリカも浴衣が似合っている。

 いや、全員そうなんだけど。

 何だか急に女の子たちが別人みたいに思えて緊張してくるな……。


「これ可愛いですよね~!私気に入っちゃいました!ちょっと着るのが大変だったけど!」


 はしゃぐアリス。


「兄さん、何か言うことはないの?」


 詩織がこちらを睨みながら聞いて来た。

 これはもしかしなくてもあれを言わなければいけない場面か。


「その……皆、似合ってるよ」

「ひでおにいちゃん私も!?私も似合ってる!?」


 せがんでくるルネ。

 もっと言って欲しいのだろう。


「ああ、もちろん似合ってるよ」

「やった~!」

「ありがとうございますヒデオ様っ。そ・れ・じゃ・あ~エレナちゃんはどうですかっ?」


 そう言ってアリスはさっきからリカの後ろに隠れているエレナに視線を向ける。


「ほら、エレナちゃんっ」

「お姉ちゃん何してるの~?ほらっ!」

「…………」


 アリスに促され、ルネに背中を押され。

 恐る恐ると言った感じでエレナが前に出て来た。


 白地に紺の花が散りばめられたデザインで、帯はピンクに近い赤。

 頭にはいつもなら付けていない花飾りが付いている。

 足元は何か厚底サンダルっぽいもので合わせてあり、少し歩きにくそうだ。


 似合っているなんてもんじゃない。

 いつの間にか俺は、エレナを直視することが難しくなっていた。


「あ、えっと……その……すごく似合ってるよ」

「あ、ありがとう、ございます……」


 エレナは恥ずかしそうに俯いている。


「ふふふ、それじゃあ後は若い者同士でごゆっくり~」

「あっ、おい」


 何だか緊張してしまって「見合いか」というツッコミすら出なかった。

 正直緊張がほぐれるまで少しの間でいいからいて欲しかったんだけど……。

 俺の制止を無視してソフィアは行ってしまう。


 ソフィアが合流すると、そのまま女の子チームは去って行った。

 最後まで詩織がこちらを睨んでいたけど、アリスに「ほらシオリちゃん、行くよ~!」と促されて踵を返す。


 二人っきりになると少しだけ沈黙が流れたものの、


「あの、ヒデオ様……今日は、よろしくお願いします……」


 エレナがそう切り出してくれたおかげで、少しだけいつもの調子が戻って来た。


「うん、こちらこそ」


 そして俺たち二人はゲンブの住処の中へと歩き出した。


 まずは二人で店を見て回る。

 そしたらぼちぼち花火が始まるので、それをどこか静かなところで二人で見ればいい……という感じでどうだろう。


 うん……多分日本の女の子に言わせれば10点くらいのデートプランだな。

 下手したら0点かもしれない。


 祭り会場となっているゲンブの住処をエレナと2人で歩いていると、どこで覚えたのか「ひゅーひゅー」と冷やかしてくるモンスターがいくらかいた。


 俺は照れもあって思わずミニ英雄プロージョンを連発。

 次第に冷やかしてくるやつはいなくなった。


「ようヒデオ!寄ってかねえか?キヒヒ」


 そう声をかけて来たのはキングだ。

 キングの店には怪しげな料理がたくさん並び、リアルタイムでそれらを調理している様子も見る事が出来る。

 

 俺はその内の一つを指さした。


「これは何だ?」

「ジャイアントベアー肉の爆発草焼きだぜえ!爆発草をすり潰してまぶして焼くんだけどよぉ!焼くときに爆発しすぎて肉が無くなっちまわないような火加減が難しいんだよお!」

「お、おう。そうか」

「ヒデオも食うか?この口の中で弾ける感じがたまんねえぜえ!ヒッヒィ!」


 そう言いながらキングはその肉の爆発草焼きとやらをひょいっと口に入れた。

 するとキングの口の中からはボン!ボン!という音が聞こえて来る。


 弾けるというよりは普通に爆発している様にしか聞こえない。


「売り物を食べるな、売り物を」

「ここでは俺がルールだぜえ!ヒャッハァ!」


 情緒もへったくれもない。

 正直ちょっと面白そうだし、いつもならこのままいてもいいけど……。

 デートが台無しなので退散。


 また歩いていると、今度はホネゾウが声をかけて来た。


「ヒデオさんヒデオさん!寄って行って欲しいでやんすよ~!」

「ホネゾウか。これはどんな店なんだ?」

「どんなって……シャテキ……とか言うやつでやんすよ?」


 やんすよ?とか言われてもな……。

 射的と言えばいくつかの景品が並べてあって、それをおもちゃの銃で撃つ。

 ぱたんと倒す事が出来ればゲット……とかだったはずだ。


 ところが今は屋台テントの中にホネゾウがいるだけ。

 景品らしきものはホネゾウの背後にまとめて置いてある。


 景品の前には10とか20とかの数字が書かれた紙が置いてあるけど……。


「……よくわかんないけど、それじゃあ一回やらせてもらおうかな」

「毎度あり~でやんす!ではこれを!」


 料金として差し出した1銀と引き換えに手渡されたのは魔石だった。


「これをどうするんだ?」

「これに魔力や魔法を込めてあっしに撃ってみて欲しいでやんす。それであっしがどれだけバラバラになったかで景品が変わるでやんすよ」


 採点基準がよくわからんゲームだ。

 こいつアンデッド特有の「不死身」があるから死なないと思ってんだな。

 ゴンザレスがここに来たらどうするつもりなんだろうか。


 ゴンザレスは何でも『勇者』という職業になる資格を持っているらしい。

 『勇者』には数多の「不死身」を無視してアンデッドや天然魔王を倒す事の出来るスキルがあるそうだ。


 まあそれは今は置いといて。

 俺はぼそりと「英雄プロージョン」とつぶやき、魔石に込めて投げようとした。

 しかし何故か投げようとした瞬間にエレナが俺にぐいっと近寄って来て、服の裾をちょこんとつまんで来た。

 舞い上がった俺は英雄プロージョンの加減を間違えてしまう。


 魔石が着弾した瞬間、ホネゾウが店ごと爆散した。


「ホネゾオオオオォォォォォォォォッ!!!!!!!!」


 周囲から悲鳴があがる。

 かと思いきや「おっ、やってるやってる」みたいな感じでギャラリーが集まって来た。

 ひょこひょことホネゾウが頭だけ戻って来る。


「うひょひょ~こういうのも久々でやんすね!100点でやんす!どの景品でも持って行っていいでやんすよ~!」

「その景品はどこにあるんだよ」


 もちろん景品も店ごと爆散してしまったが、直撃ではないのでその辺に落ちて生きているものもある。

 俺のせいだし、と思って大丈夫そうなのを拾い集めて来た。


「う~ん……そうだな。エレナは何かこの中に欲しいものはあるか?」


 特に欲しいものも無かったのでエレナに聞いてみる。

 屋台の景品なんてあれかもしれないけど、欲しいものがあるならプレゼントしたい。


「え……そんな、ヒデオ様のお金なのに……」

「そんなのいいから」

「あ……じゃあこれを……」


 そう言ってエレナが選んだのは手のひらサイズの人形だ。

 何だかどこかで見たことのある様な姿形をしている。


「それはあっしが作ったヒデオさん人形でやんす!お目が高いでやんすね!」

「えっ……」

「えっ……」


 俺とエレナは同時に驚いてしまった。


「あ、その……何だかヒデオ様に似てるなって思ったので……」

「えっ……」


 また驚いてしまう。

 それはどんな意味なんだろうか……。

 エレナは恥ずかしそうに俯いている。


 何か妙に恥ずかしい。

 俺は気を紛らわせる為に喋りながら歩き出した。


「いや、欲しいものがあってよかったよ。それじゃ行こうぜ」

「はいっ……」


 そうして店を歩いて回っていると、ぼちぼち花火の時間が近づいて来た。

 疲れて来たし早めにあまり人のいない場所に行って休んでおきたい、と思ってひとまずゲンブの住処の外へと移動を開始する。


 気付けばエレナはとても歩きにくそうだ。

 日本で言う厚底サンダルっぽい靴で、普段は履いてないからかもしれない。


「エレナ……それ、歩きにくいのか?」

「…………!!は、はいっ……」


 俺の言葉に、エレナは思いの外強く反応した。

 ここでモテるやつとかならアレを言うんだろうけど……。

 言おうとしただけでも鼓動が跳ねて死にそうになってくる。


 俺には無理だな……そう心の中でヘタれてしまった時だった。


「あの、あの……!!」


 エレナは何かを溜めるように俯き、そして顔を上げて言った。


「て、手を……繋いでいただけないでしょうか……?」


 俺は死んだ。

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