閑話3

閑話 街を追放された元無職の中年親父が農業で無双する話 前編

 私の名前はマティアス。マティアス=オンディーヌ=グレイリアスだ。

 

 とある王族の家系に生まれ、容姿端麗の秀才として小さい頃から頭角を現したばかりか、王族にのみ生まれる可能性がある、勇者の資格を持つものであると判明して将来を嘱望されていた。


 勇者とは、魔王を倒すための聖なる魔法やスキルを使える職業のことだ。


 私は幼い頃から英才教育を施され、魔王を倒すべく育てられた。

 鍛錬ばかりで厳しく辛い毎日ではあったが、世の人々のため、親族の期待に応えるためと思えば何とか乗り越えて行けた。


 しかし、そんな輝かしい日々はある時突然に終わりを告げる。


 突如どこからかやって来たチート系主人公なる人々が、魔王やモンスターを次々に討ち果たしてしまったのだ。


 モンスターの脅威が消え去ることにより、民衆を守る役割によって存在意義を得ていた王族は「役立たず」等と罵られて急速に失墜した。現在国は、チート系主人公が新たに作り出した王家が取り仕切っている。


 そうして私たち元王族は一瞬にして路頭に放り出された。


 徴収した税金を始めとした王家としての財産を、民衆に何らかの形で還元出来るようにあれこれ使っていた私たちに、生活費など残されていない。


 大半のものはすぐに無一文になり、宿すらもない乞食に成り下がった。


 元王族で当時戦闘力の高い人間は私だけだったので冒険者稼業で生活費を稼ぐことも出来ず、元より王族としてのプライドがその辺で適当に働くことを許さなかったのだ。


 私も最初は酒場などで働いて日銭を稼いでいたものの、理不尽な仕打ちに「なぜ自分はここでこんなことをしているのか」という念に心を支配され、荒れて、気づけば路上でホームレスをやっている有様だ。


 私には元王族の中で唯一冒険者をやるという選択肢が残されてはいたから、実際に冒険者組合にも行ってはみた。しかし、目ぼしいクエストなどは全てチート系主人公たちに持っていかれていたのだ。


 冒険者組合の職員に話を聞いてみれば、今はもうチート系主人公以外の人間で冒険者稼業だけで生活をしている者は、その職員が知る限りではいないと言う。


 依頼をする側にしても、中途半端に能力が高い者より、それぞれの分野で同じ人間とは思えない突出した能力を持つチート系主人公の方が頼りになるのだ。


 そんなわけで、私もゴミを漁っては売り、その金で酒を買って飲んだくれるホームレスに成り下がった。


 道を行き交う者は私に侮蔑の視線を向け、吐き捨てるようにそれを外していく。


 とにかくもう私には気力がなかった。


 現実を直視せず、全ては世界が悪いと思い込むようになる。

 自分たち元王族は不幸なだけで何も悪くはなく、むしろ働いたら負けという謎の思考も生まれた。


 あらゆるものを憎み、路上で酒を飲みながら誰にともなく大声で怒りをぶちまけていく。


 その様は醜悪以外の何物でもなく、他人から見ればさぞ見るに堪えないものであったことだろう。


 伸びきった髪を切ることもせず、生まれつき茶色の髪を、買う金もないためにその辺で拾った赤いリボンで上にまとめて動きやすくした私の外見も、さぞ醜悪以外の何物でもないに違いなかった。




 その日も、私はいつもと変わらずゴミを漁って日銭の種を探していた。

 道行く人の汚物を見るような視線にも関わらず、多少の銭になりそうな物を見つけた私は醜い笑みを浮かべる。


 その時だった。


 道の向こうで悲鳴があがる。

 次に「モンスターの襲撃だ!」「あれ幹部クラスじゃないか!?」「誰か、誰かチート系主人公を呼んで!」と言った声が聞こえて来た。


「何だか騒がしいな……」

「まあ、俺たちにゃ関係ねえぜ。それより日銭稼ぎだ」

「そうだな」


 私はホームレス仲間と、そんなことを言い合いながら一瞬だけ止まっていた手を動かし、再びゴミ漁りを再開する。しかし……。


「見つけたぜぇ!茶髪で長い髪をアップにして赤いリボンを付けてるやつ!ヒャッハア!楽な仕事だぜ全くよぉ!」


 道の向こうからは悪魔系一族の幹部と思われるモンスターが現れ、私を見るなりそんなことを言いだした。


 ホームレス仲間たちは驚きと恐怖で腰を抜かしている。


 何……?私を探しに来たのか?今現在、無職の中年親父でしかない私を?

 だとすると一体、何が狙いなんだ……?


 仮に私が勇者の資格を持っていることを知っていたとしても、もうそんなものはこの世界では役に立たない。


 戦闘に関しては、スキルや魔法以前に攻撃力そのものが既に限界を突破しているチート系主人公たちが何人もいるからだ。


 もちろん、攻撃力はそこまでではなくとも、異常な攻撃力を持つ武器や、信じられないほどの威力を誇るスキルや魔法を持つチート系主人公だっている。現にこいつらモンスターは、それで領土を限界まで狭められているではないか。


 ふん……まあ、殺すなら殺すがよい。どうせこの世に執着はない。

 勇者として期待され、一族と共に人々に貢献した私を罵り、こんなところにまで堕落させた世界など私には必要ない。


 もう金も希望も……仕事も、生きる意味も、何もないのだ。


「よし!このままてめぇを連れて行くぜぇ!イヒヒィ!」


 そう言って悪魔系のモンスターは、私の腕を掴む。

 別にある程度なら抵抗しようと思えば出来るのだが、今の私にそこまでして生きようという気概はない。


「連れて行く……?私を連れて行ってどうしようと言うのだ?」

「あぁ!?知らねえよぉ!何か人間をおびき出すための餌だとか言ってたなぁ!」


 悪魔の言葉に私は失笑を漏らす。


「ふ……そうかそうか、勝手にするがよいモンスターよ!ハハハ!」


 私は高らかな笑い声をあげる。

 恐らくこいつらは人間の事情を全く知らないせいで、元王族が没落してホームレスに成り下がっていることを知らないのだろう。それで、元王族の私を誘拐しようとしているのか。


 何と愚かなことか……いや、私も他人のことは言えないか。

 愚かな者同士、こいつらと仲良く出来るかもな!ハッハッハ!


 そんな会話をしていると、道の向こうからは更にハンサムな吸血鬼が現れた。

 恐らくこいつはこの悪魔と仲間だろう、幹部かもしれない。


「キング……待ちなさい!何をやっているのですか!」


 どうやらこの強そうな悪魔の名前はキングと言うらしい。

 どういうことか、吸血鬼はかなり慌てている様子だ。


「あぁ!?何って、餌にするための人間をさらいに来たんだろお!?」

「落ち着いて良く見なさい!それは……!!」

「いちいちうるせえよぉ!……ルーンガルド、サンハイム森本ぉ!」


 仲間割れか?一体どういうことなのだろうか……。

 そして悪魔はテレポートを唱えた。私の視界がホワイトアウトしていく。


 サンハイム森本?

 モンスターのネーミングセンスは私には良くわからん。


 そしてどこか城の様な建物の前に出ると、私は悪魔に連れられてその中に入って行く。別に死んでも構わないので特に抵抗などはしない。


 先ほどの吸血鬼も慌てて後を追って来た。

 しかし、このハンサムなモンスターはその端正で白い顔を青ざめさせている。


 食堂だろうか。大きなテーブルのある部屋に入ると、そこにはモンスターの幹部と思わしき者たちが一堂に会していた。


 ん……何だ?人間の少年がいるではないか。

 こんなところに、どうして……?


「ヒデオ様……ただいま戻りました……」


 吸血鬼がそんな風に言った。

 ヒデオ様?まさかこの少年がこいつらの親玉だとでも言うのか?


 そう言えば道行く冒険者たちが「新しい魔王は見た目が人間らしい」などと抜かしておった気がしたが……さもするとこいつが?


「連れて来たぜえ!これでいいんだろ!ヒッヒッヒ!」

「お前……それは茶髪で長い髪をアップにして赤いリボンをつけただけのただの中年のオッサンじゃねえか!ていうか逆によく見つけたなこんなの!」


 なるほどそういうことか……私は、人間をおびき出すための他の重要人物と間違えて連れて来られたのだ!私がさらわれたことで、助かった者がいるのだ!


 笑いが止まらん!こんな無職のホームレスでも誰かを助けることが出来たということではないか!

 

 こんな、誰も助けに来ないような私でも!


「ふっ……モンスターたちよ!残念だったな!私はただの無職で中年のおっさん!私を誘拐しようとも人間には痛手でもなんでもない!誰も助けになど来ないぞ!はっはっは!」

「本当に残念だよ!」


 見た目は人間の新しい魔王がそんなことを言っている。

 そうだろう残念だろう!ハッハッハ!


 それから少しの間、ヒデオと呼ばれた魔王は何事かを思案しているようだった。

 まあ、何の役にも立たないし殺されるのだろうな。


 そこそこに生きた方だ。短い間ではあったが、栄光の中の輝かしい日々を送ることも出来た。悔いはない……。


 もし次の人生があったならば、今度こそは誰かの為になるような事をしたいものだな……。


 と次の人生に思いを馳せていると、魔王が顔を上げ、そして。


「とりあえず農耕地に送って監視をつけて農作業でもさせとけ。監視には殺さないようにつたえて、適度に飯も与えてやれ」

「あ、ついでにあっしらの墓地の掃除なんかも頼むでやんす」


 そんな事を言い出した。

 

「何と!仕事と飯をくれるのか!ここは天国か!?やったぁ!」


 私は何もしていないどころか、間違えて連れて来たお荷物だと言うのに、殺さずに仕事と飯を……!?どういうことだ!最高ではないか!


 わざわざ私に対して罠を張る意味もないことだし……今の言葉は本気だろう。

 あの少年……いやあのお方は魔王ではなく、新世界の神であらせられた!


 私はたった今から、農夫になれるのだ!

 



 その後、ライルという名前らしい吸血鬼の部下に連れられ、私は今日からの職場となる農耕地に連れて来られた。


 吸血鬼の部下の話によると、どうやら領地の関係で現在農作物の収穫量は、ルーンガルドいうモンスターの最後の拠点に住む者たちが暮らしていけるギリギリの量であるとのこと。


「ライル様も農作物の収穫状況に関してはお困りの様だが……かと言って別にお前に何かを期待しているわけではない。お優しい魔王様が、お前を殺さなくて済むように何とか仕事を与えただけだろう。せいぜい幹部の皆さまのご迷惑にならないようにここで細々と生きるがいい」


 そういってライルの部下は去って行った。


 私の目の前には、農耕地というにはあまりに無残な、雑草の生い茂った草原に近い凸凹の「元・畑」とも言うべき土地が広がっている。


 ライルという吸血鬼が困っているのなら、新世界の神……魔王様もきっとお困りに違いない。私は誓った。


 私のこれからの人生は、その全てを魔王ヒデオ様に捧げると!

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