新たな魔王の誕生だ
第二部プロローグ:第二の魔王と下っ端女神
私の名前は三枝詩織(さえぐさしおり)。高校一年生よ。
好きな食べ物はブラバのチョコクッキー。
ブラバってのはブラウザーバックスって言うあの全国で展開してるコーヒーチェーンの略称よ。言わなくても知ってるわよね。
ようやくセミの鳴き声が響くようになり、みんなで夏休みの予定を相談しながらの勉強会……とは名ばかりの、クーラーの効いた部屋を会場にしたアイスの試食会が開かれる季節。
私は部活帰りに、友達とブラバに来ている。
「しゃっせぇい!っちらでめしゃっすかぁ!?」
寿司屋の店員みたいな人ね。
多分だけど「こちらでお召し上がりですか?」と聞いて来ているんだわ。
「はい」
「っぞぉ~」
「カフェモカフラッペで」
注文した物を受け取ると、先に来て席を取ってくれている友達と合流した。
みんなはもう世間話に夢中みたい。
途中参加の私は黙って会話を聞きながらフラッペを味わうことにする。
「ねえねえあのニュース知ってる?高校生が自宅で突然失踪したってやつ!」
「え~何それっ!こわっ!」
「学校が終わって家に帰ったらすぐ自分の部屋に入って行ったらしいんだけど~、母親がファンタスティックを届けに行ったら誰もいなかったんだって!」
「やばっ!」
その話、ファンタスティックは関係あるのかしら。
ファンタスティックというのは某大手製パン会社の人気商品よ。
素朴な味わいなのに止まらなくなっちゃって、いつも気が付いたら全部食べてしまっているのよね。何なのかしら、あれ。
「誘拐とかされたのかな?」
「警察が調べてみたけど、何もわかんないんだって!本当にただ消えたってことしかわかんないって」
「え~!」
「母親とか超心配してそう」
「いやそれがね、息子がいない今のうちにしばらく海外旅行に行って来ます、とか言ってんだって!」
「ウケる!」
もうちょっと息子さんの心配してあげてもいいと思うけど……。
ま、私には関係ないし、ど~でもいいわね。
しばらく雑談してみんなの気が済むとお開きになり、それぞれの帰路に就く。
家に帰る途中、人気の少ない交差点の横断歩道で信号待ち。
周りはそれなりに見晴らしがよく、例えばトラックなんかが突っ込んできてもそれなりに回避出来そうなくらい。
まあ、トラックが突っ込んで来ることなんて、そうそうないと思うけど。
信号が青に変わり、私は歩き出した。
そして横断歩道を中ほどまで歩いた時のこと。
けたたましいクラクションが鳴り響く。
振り向いた時にはもう遅い。トラックはもう眼前まで迫っていた。
あ……私死ぬんだ……。
そう思った。
しかし。
耳が壊れるかと思うくらいの激しい衝突音。
私の視界の横から入って来た別のトラックが、私に迫っていたトラックを横からぶっ飛ばした。
あまりの突然で信じられない出来事にその場で座り込んで呆然としていると、二台のトラックは何事もなかったかのように、一列に並んで去って行った。
ええっ……。
「おい嬢ちゃん!大丈夫か!」
「怪我はない!?本当信じられないわよねぇ~!」
近くにいた人たちが次々に声をかけてくる。
腰が抜けているので、親切なおばちゃんに手伝ってもらいながら歩道まで移動。
しばらくして歩けるようになってから帰宅した。
「もう本当やばかったんだから!まじで轢かれるかと思ったわよ!」
帰宅して夜ごはんを食べ、お風呂にも入った後。
私は、今日の出来事を電話で友達に報告しているところだ。
「え~それまじでやばくない?」
「もう本当やばかった!トラックもそのまま消えちゃうし!」
「意味わかんなくない?」
「もう本当に意味わかんない!何なのもう!」
ひとしきり喋ってストレスを発散すると、友達にありがとうを言ってから通話を終えた。
その時、私の部屋の扉がノックされる。
「お~い、詩織!ファンタスティックあるから後で食べろよ!」
「お兄ちゃんうるさい!私はあれそんなに好きじゃないから!ど、どうしてもって言うなら、食べてあげてもいいけど……」
「はいはい。いつものとこに置いといたからな」
足音が扉の前から遠ざかっていく。
ファンタスティックは、そこまで好きってわけじゃないのになぜか食べ始めると止まらないから怖い。だからなるべくなら食べたくない……でもあると食べてしまう……そんな感じだった。
あら、もうこんな時間か……。
明日も学校だし、特にやることもないからちょっと早いけど寝ちゃおうかな。
電気を消して、ベッドに寝転ぶと私はすぐに眠りに就いた。
…………あれ?ここはどこ?
目が覚めると、私は変な場所に立っていた。
歴史の教科書とかに写真が載ってる感じの、神殿、みたいな……。
誰かが近づいてくる足音に気付き、振り向くと。
「ようこそ詩織ちゃん……私の名前はローズよ。貴方にはこれから魔王になってもらうけど、大丈夫……私に任せれば全部うまくいくわ……ふふふ」
☆ ☆ ☆
「今回はうまくいきましたぜ、女神様」
「はい、神々の指名ですから転生は免れないでしょうが、せめて元の世界に戻れるようにしてあげたかったので……ありがとうございました。報酬は弾みます」
「あの骨のある坊主にもよろしく言っといてくだせえ」
「わかりました。それでは」
通信を終えると、ダバダバビッチは背をトラックの座席に預け、ため息を吐く。
以前英雄をぶっ飛ばす役割を担い失敗したこのソフィア直属の精霊は、今回も通称「転生屋」としての仕事を請け負っていた。
ただし、今回はぶっ飛ばすのではなく、三枝詩織をぶっ飛ばそうとする別の「転生屋」を邪魔するというやや特殊な仕事だ。
いつもの転生者をぶっ飛ばす仕事とは違い、これはこれで独特のタイミングや運転技術が要求されるため、ソフィアはベテランであるこのダバダバビッチに依頼したのであった。
魔王ランドで転生者が死んだ場合、現在は特例で、死亡して魔王ランドに転生した者は更に別の異世界に転生し、生きたまま魔王ランドに転生した者はこちらに戻ってくるという措置が取られているため、ソフィアは自分の担当ではないながらもせめて、三枝詩織をいつかはこちらに戻って来れるようにしてあげたのだ。
間もなく詩織は神々の手によって、生きたままの転生が行われるだろう。
「へっ……これで名誉挽回ってやつかねえ」
前回英雄を転生させる時には失敗したということもあり、今回の依頼は何としても成功させようと、ダバダバビッチは気合をみなぎらせていただけに、喜びもひとしおといった様子だ。
それに、いつもとは違って人を生かすための仕事だというのが、どこか誇らしかったのだ。
「おい、俺のおごりだ。今日はもう依頼もねえし、一杯やるぞ」
ダバダバビッチは隣の助手席に乗っている後輩に喋りかけるとトラックを出発させ、そのまま街に繰り出すのであった。
一方、詩織がトラックでぶっ飛ばされかけた少し前、創世の神殿にて。
新たなる魔王にするための転生者が決定したという幹部会からの通達を受けたソフィアは、急遽ゼウスのもとを訪れていた。
「どういうことですか?ゼウス。少し前に様子を見ようと言ったばかりではありませんか。あれは私を騙すための言葉だったのですか?」
「そんなわけがなかろう。言ったではないか……幹部会のほとんどの者の賛成による可決なら、ワシでも止めることが出来んと……第一、そのルールを作ったのはお主も含めた幹部会のメンバーじゃろう」
「…………」
ソフィアは言い返せない。それとも言い返す気がないのか。
そもそも幹部会がその議論をしないように説得して欲しかったのだが、今となってはもう後の祭りだ。
「お主が英雄君に付きっきりで幹部会に顔を出せん中での決定というのは申し訳なく思っておる。しかし何度も言うがワシの権限にも限界があるのじゃ」
「わかりました。それはもう言っても仕方がありませんね……しかし、こんなに急ぐのには何か理由があるのですか?」
ソフィアのその質問に、老神は何かを言いにくそうに急にもじもじとし出した。
「それは、その……早めにロリ巨乳が欲しいなあって……」
「はっ?」
思いもよらぬ答えに、ソフィアは思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
「いや、違うのじゃソフィア……どうか怒らずに聞いて欲しいのじゃが……まずこの資料を見てくれ……」
そう言ってどこから取り出したのか、ゼウスは三枝詩織について詳細に書かれた資料をソフィアに手渡した。全身が写った写真などもある。
「黒髪ツインテールで巨乳……気の強そうな感じに、妹……何ですかこの属性盛り盛りの女の子は」
「お主は通達だけで詳しくは聞いておらんじゃろう。それが今回の魔王として選ばれた転生者……三枝詩織ちゃんじゃ」
「これは、まさか……」
「うむ、そのまさかじゃ……最初は『次に魔王にするとしたらどんな子がいいかな~やっぱ女の子がいいよね~』くらいで日本を観察しておったのじゃ……そしたらこの子を見つけてしもうての……『えっやばい、この子を魔王にしたらめっちゃいいんじゃね?』的なノリになってしまって……気付いた時には、もう……」
「いえあの……私が想定したのよりもはるかに酷い理由なのですが……」
「えっ……ワシ、余計な事言うてしもうたかな……とにかくじゃ、この子が魔王ランドに来れば今まで英雄君の周りに足りなかった成分がまるごと手に入るじゃろ。巨乳は元からおるが……それ以外が」
「あの、ちょっと何を言ってるのかわからないのですが……とにかく、これは元をたどって行けばゼウス、貴方の仕業だということですね?貴方がこの子を転生させるようけしかけたと……」
「あっ……」
「おかしいとは思っていました……幹部会の権限に関しても、あれはあくまで言葉だけの決めごとであり、貴方でも決定を覆そうと思えば出来たはず。つまり貴方は三枝詩織ちゃんを転生させるために、私の言葉を全てスルーし、幹部会の決定に対して見てみぬフリをしたと、そういうことだったのですね」
「ま、待ってくれソフィア……」
するとソフィアは、いつも英雄に見せているような笑顔へと表情を変える。
それから、首を傾げて可愛らしく尋ねた。
「それで、詩織ちゃんを担当する女神はどこの誰ですか?まさか転生させて放置……なんてことはしませんよね?」
笑顔とは裏腹な威圧感にゼウスが気おされていると、部屋の扉が開き、何者かが入って来た。
「私を呼んだかしら?」
声のした方を振り向き、その大きな目を更に見開くソフィア。
ウェーブがかった黒髪に、黒い瞳。その女性の双眸はどこか妖しげで、見つめたものを射抜く様な輝きを帯びている。
「貴方は……!」
ソフィアの言葉を受け、その女性は勝気な笑みを浮かべた。
「誰ですか?」
女の身体がガクッと傾く。
「ローズよ、ローズ!何であんたら私の名前を知らないのよ……」
「神の名前を割り当てられていないということは、下っ端女神じゃないですか。そんなの私が知るわけないでしょう」
「キーッ……あんたね、余裕ぶっていられるのも今の内よ!私が詩織ちゃんを最強の魔王に仕立てあげて、あんたが担当する英雄君をぶっ飛ばしてやるわ!」
その時、場の空気が一瞬にして凍り付いた。
ソフィアの背後からはどす黒い闘志のような何かがにじみ出ていて、あまりの迫力に空気が揺れているように錯覚してしまう程だ。
「こ、これ、滅多なことを言うでない……その、何とか言う女神……」
「ローズよ!」
「へえ、貴方が詩織ちゃんを担当する女神なんですねえ……ふふ、わかりました。あちらではどうかお手柔らかにお願いしますね♪」
「ひ、ひいっ……」
ソフィアが去って行ったその部屋では、へたりと座り込んで動かなくなったローズと、おしっこちびりそうになった老神がただ呆然とするのみであった。
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