第一部エピローグ:神々の思惑
そこで俺は不敵な笑みを浮かべて言った。
「まあ落ち着けって。食べてもらう前に一つ、ハンバーグがおいしくなる魔法をかけておきたいんだ……エレナ、頼む」
「なに?ハンバーグがおいしくなる魔法だと?そんなものがあるのか?」
エレナにはここに来る前に、いつも城にいる時のメイド服に着替えてもらっていた。そして今、手に持っているのはケチャップ。
そう。バハムートにより満足してもらうための秘策とは!
「おいしくなぁれ、萌え萌えきゅんっ」
巨大なハンバーグの周りを走り、ケチャップで大きな絵に挑戦するエレナ。
すると、ざわざわとドラゴン族の幹部たちがにわかに騒ぎ出す。
「な、何だこの感覚は……」
「胸がキュンとするではないか……」
その様子を見た俺は勝利を確信し、バハムートがいる辺りを指差して叫んだ。
「どうだドラゴンたち!お前らならわかるだろう……これが“萌え”だ!!」
初めて俺たちがここを訪れた時にドラゴンたちに対して最初に感じたのは、思いのほか感覚が人間くさい、ということだった。
ならばこの特殊な感覚である“萌え”も、家庭的な女の子がどうたら言うこいつらなら教えれば理解してもらえるのではと思い、エレナに手伝ってもらったのだ。
「“萌え”……?」
「“萌え”だと……?」
「この胸がキュンとする感じが“萌え”……?恋にも似ているが……?」
何やら山の様な身体と怖い顔に似合わない単語を並べて談議を始めたドラゴン族の幹部たち。
「ああ、そうだ。キュンと来る感覚は確かに恋に似ているかもしれない……でも冷静に考えてみて欲しい。お前らはエレナに恋をしているか?」
もう一度ドラゴンたちは互いに顔を見合わせる。
「確かに……」
「我らは恋を知ってはいるが……同じドラゴン族以外に恋をすることはない……」
「しかし、ならば先ほどの感覚……あれが“萌え”だということか……」
「とはいえ先ほどのあれは……キャサリンに恋をした時の感覚と同じ……」
「いや待て貴様……キャサリンは俺の女ではないか……」
「何を言うか……キャサリンは俺のことしか見えていないはずだ……」
「いやいや待て待て何か話が変な方向に言ってるから」
思わず止めてしまった。誰だよキャサリン。
その時、それまで黙っていたバハムートが厳かな声で語り始めた。
「まだ議論の余地はあるが……魔王ヒデオよ、これは確かにお主の言う通りこれまでともまた違う新種の感覚、“萌え”であることを認めよう」
「満足してもらえたか?」
「ああ、約束通り魔族との契約を更新しよう……それに加え、これからも“萌え”の使徒を派遣してくれるのならば……これまで以上の関係を築くことを約束しようではないか」
まじか……エレナすげえな……“萌え”の使徒って表現はよくわからんけど。
「やりましたね!さすがは英雄さんです!」
「ああ、これからもハンバーグを持ってエレナと遊びに来るよ。ドラゴン族の皆、よろしくな」
こうして、一連のドラゴン族との契約更新騒動は幕を閉じた。
ちなみに、それから俺たちは約束通り、たまに巨大ハンバーグを持ってドラゴンの里へ遊びに行きつつ、エレナに“萌え”を提供してもらっている。今回エレナには本当によくやってもらったから、何かお礼をしないとな。
それから後日、魔王城の多目的ホールにて盛大に打ち上げが行われた。
皆飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎで、そんなところは人間と変わらない。
個人的に打ち上げで印象に残ったのは、ホネゾウが「バラバラ殺人事件」と称して自分をバラバラにするという、人間なら割とシャレにならない一発芸を披露していたことだ。ちなみに、何故か大ウケだった。
「ようエレナ、楽しんでるか?」
「あっ、ヒデオ様……お疲れさまです……」
「今回はありがとな。ほとんどエレナのおかげで契約が更新できたようなもんだ」
「いえ、そんなこと……」
「それで何かお礼をしたいんだけど、何か欲しいものとか、俺にして欲しいことはあるか?」
「ええっ……そ、そんな……ありません……魔王様に、お願いなんて……」
「遠慮しなくていいから、俺に出来ることなら何でも言ってくれよ。別に今すぐじゃなくてもいいからさ」
「うぅ……わかりました……少し、考えさせてください……」
遠慮がちに俯くエレナ。
最近はエレナと話してると、何かとソフィア、リカ、アリス辺りが茶々を入れてくるからな。こうして二人きりになれるタイミングを……。
……あれ?そう言えばソフィアはどこに行ったんだ?
「なあエレナ。ソフィアを見てないか?」
「精霊様、ですか?いえ、お見かけしてません……」
全く気まぐれというか自由奔放というか……未だに良くわからんやつだな。
どこほっつき歩いてんだか……。
☆ ☆ ☆
数多の石柱に彩られた静謐な空間の中を、赤い絨毯が走っている。
その先にある物々しい玉座には、それに似つかわしくない温和な表情をした白髪の老人が腰かけていた。
そして、老人の前には一柱の女神が立っている。
「……まだ早すぎるのではないですか?ゼウス」
ここは神々の住まう神界にある、創世の神殿。
神殿の中でも最大規模で、主に神々が集って会議などを行う際に用いられる建物の一室にて、その女神は現在、神の中でも最高位にあたる神物と対峙していた。
「あくまで試験的にじゃよ、ソフィア。英雄君が順調にやってくれておるようだからの」
「だから、ですよ。ようやく国の地盤が安定し、これから魔族の本格的な復興が始まろうかという時に、もう一人魔王を増やしてどうするのですか」
「元は無数にいたのじゃ。あれだけチート系主人公を減らしてくれたのなら、一人くらい増やしても問題はなかろうて」
「私は反対です。現在廃墟となっている街を復活させて新たな魔王の拠点にしたところで、まだチート系の脅威は健在です。英雄さんの手を煩わせることは目に見えています」
「やけに森本英雄の肩を持つのじゃな……女神ともあろうものが情でも移ったか」
「移ってはいけませんか?彼は私が責任を持って担当している転生者で、異例のチート能力を持たせた救世主です。くじ引きで決められ、突然生きたまま転生させられたにも関わらず、チート能力を私利私欲に使うこともなく、悪用もしないで真面目にやってくれているというのに……。もしこれ以上英雄さんに理不尽な負担をかけるようなことがあれば、幹部会が一柱、この知の女神ソフィアがあらゆる手段を持って神々に対抗します……例え相手がゼウス、貴方であろうとも」
その言葉を聞いたゼウスは、聞き分けのない娘を持った父親の表情で、顎にたくわえられた髭を触りながら何事かを思案している。
「ふむ……そこまで言うならわかったわい。もう少し様子を見ようではないか……だからそんな顔をするな、ソフィアよ」
ソフィアは終始、英雄といる時には決して見せることのないような、険しい表情をしていた。
「とは言え、時間の問題じゃ。どちらにしろいつかは魔王は増やさねばならん。構成員のうち、大多数の者の賛成による幹部会の決定ならワシもさすがに止めることは出来んし……それこそ、英雄君が安心して元の世界に帰れるようにするには、必要なことじゃろう」
「ええ、そうですね……ですがそれは少なくとも今ではありません。このタイミングでは先ほども申し上げました通り、英雄さんの負担が増えるだけです。あなた方が英雄さんをどう思ってらっしゃるかは存じませんが……」
そこでソフィアは一度目を伏せて決意をその瞳に宿らせると、まっすぐに老神の
双眸を捕らえて宣言した。
「英雄さんは……私が守ります。それだけは忘れないでください」
そう言って踵を返すと、ソフィアは部屋から去って行く。
「ふむ……困ったのう」
その時、ソフィアが出て行った扉から何者かが入って来た。
「何にお困りなのかしら?」
「お、お前さんは……」
ゼウスは驚愕に目を見開き、そして……。
「誰じゃ?」
☆ ☆ ☆
暇だな……。
結局、あれからソフィアが全然戻って来ないので、俺は一人の時間を満喫することにしたんだけど。
打ち上げの翌日。
一人じゃないと出来ないような、あんなことやこんなことをしようとあれこれ画策しながら街を歩いていたものの、じゃんじゃんモンスターたちに絡まれて、ソフィアがいる時と変わらないようなドタバタした一日を送るハメになった。
ドラゴン族の一件で、ルーンガルドにいるモンスターでは俺の顔と名前を知らないやつはほぼいなくなったし、何だか妙に慕ってくれてもいるみたいだ。
どうやらもう自分の部屋以外ではゆっくり出来なくなったらしい。
それはそれで悪くないんだけどとりあえず疲れたので、昼前にチート系の襲撃を退けた後、今日は休む日にしようと自室のベッドでごろごろしているところだ。
扉のノック音。
そういえばもうおやつの時間か……。
返事をすると、お盆にお菓子を乗せたエレナとアリスが部屋に入って来た。
「おやつをお持ちしました……」
「こんにちは、ヒデオ様っ」
二人とも居座る気満々なのか、お菓子の量が半端じゃない。
するとアリスが、首を傾げながら言った。
「あれぇ?今日は、リカちゃんはいないんですねっ」
「何で俺の部屋にリカがいること前提なんだ……そっちこそ、リカといないのは珍しいじゃないか」
この会話だけでも、あいつがどれだけここに通っているかが分かるな。
「ま、あいつもいい加減金とかが減って来てクエストでも行ってんだろ」
「そうですねっ、それじゃ今日は私たちだけでお菓子パーティーですっ」
こたつ台の上にお菓子を置き、いそいそとこたつに入り込むアリス。
エレナはまだ立ったまま少し部屋を見回した後。
「あの、精霊様は……まだ……?」
「ああ、そうなんだよ……どこにいるんだかな」
ソフィアはまだ戻っていない。
俺の言葉を聞いて、エレナもこたつ台の上にお菓子を置いてから、静かにこたつの中に入り込んだ。俺もこたつに移動する。
「いつも賑やかな精霊様だから、いなくなると何だか寂しいですね……」
少ししおらしくしながらも、早くもボリボリと菓子を食い始めるアリス。
何かこいつもリカ程じゃないけど、結構食い意地張ってるよな……。
「うんうん。私も、アリスちゃんがいないと寂しいんですよねえ……」
そう言いながら自分のサイズに合った菓子を選び、妖精モードでちびちびと食べ始めるソフィア。ソフィア?
「おわっ、お前いつの間に戻って来たんだよ。ていうか今までどこ行ってたんだ」
全員が驚き、こたつに入ったまま少し体が後ずさる。
「ふふふ、秘密です♪」
「秘密なのかよ……ま、いいけどさ。おかえり」
「ただいまです!」
それから雑談なんかをしてわいわい過ごしていると。
「ヒデオ殿」
「おわっ、何だシャドウか……気配を消すなっていつもいってんだろ」
最近俺に慣れてヒデオ殿、と呼ぶようになって来たシャドウが影から現れた。
「それはそうなのでござるが……ただ普通に部屋に入ってくるだけなら誰でも出来るし、拙者の存在意義が薄れないかな?大丈夫かな?と、心配なのでござるよ」
「もっと色んなところにお前の存在意義はあるから大丈夫だよ……それで、どうしたんだ?」
「チート系の襲撃にござる」
「おっ、まじか……いつもありがとな。すぐに行く」
そう言って立ち上がり、魔王っぽいマントを羽織っていると。
「英雄さん英雄さん」
「ん?どうしたソフィア?」
「私はいつだって、英雄さんの味方ですからね♪」
そんな事を言って来た。
「何だそりゃ……」
「そのまんまの意味ですよ!」
「だったら次に転生させる時は、トラックでぶっ飛ばそうとしたりしないでくれよな……」
「それはそれ、これはこれです!」
全く……相変わらずよくわからんやつだ。
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