巨大ハンバーグを調理せよ!後編

「ふふ、たくましい翼ね……」


 サフランの艶やかな声が、ここ魔王城の多目的ホールに響き渡る。

 

 いつもの調理場では調理出来ないので、俺たちは魔王城で一番広い部屋に当たるこの多目的ホールに『フライパンヴィクトリーカスタム』を運び込んだ。もちろん転移魔法を使って。


「ヒデオ!あんたフライパンにこんな翼つけて!何か意味があるのかしら!」

「俺に聞くな!ゴンが勝手につけたんだよ!」


 索敵の為に南門付近に陣取っているシャドウら影系一族を除いて、多数の幹部やその部下が顔を揃え、魔王城はかつてない賑わいを見せている。


「あの、これ、こうやると……羽ばたくので……」


 エレナが手をかざすと、巨大なフライパンに付いている翼がバッサバッサと動き出した。もちろん動くだけで、まさかフライパンが飛んだりはしない。


 ゴンの話によると、鉄板の中に魔石が埋め込んであって、それが動力源となって翼を動かしているそうだ。


 しかもこの魔石を利用して翼に炎熱耐性を付与しているので、翼が燃えることはないらしい。もっとその技術力を別の事に活かしてくれと言っておいた。


「ふふ、夏場には魔力式うちわとして使えそうね……」


 うちわとして使うにはでかすぎて置く場所に困りそうだ。

 少なくともサフランの店じゃ無理だろうな……。


 ちなみに「魔力式」とは俺が元いた世界でいう「電動式」みたいなものらしい。


「さっ!早く始めましょう!私何だか楽しみです!」

「そうだな、よし皆、準備に取り掛かってくれ!」


 何故か妙にわくわくしている感じのソフィア。


 巨大ハンバーグ調理プロジェクトは総指揮をエレナとして、フライパンの中で実際にハンバーグを調理するリカとホネゾウ、炎魔法でフライパンを温めるライル、キング、ジン、サフランその他数名、そしてその他雑用やサポート等を残りのメンバーがこなすという構成になっている。


 その他雑用やサポート等、には火をかける前のハンバーグを作る作業も含まれていて、リカとホネゾウ並みに大変なパートだ。俺も今回はここを手伝う。


 調理器具はあらかじめ多目的ホールに運び込まれているものの、材料は入りきらないので、倉庫や魔石冷蔵庫、魔石冷凍庫から逐一転移魔法系統持ちが運んでくる仕組みになっている。


 今ここにいない幹部や部下たちは、大体がそれだ。


「そ、それではあの、本日は皆さん、よろしくお願いします……」


 エレナの遠慮がちな挨拶と共に調理が始まる。

 

 エレナは、フライパンの横に台を設置し、フライパンの中を含めて多目的ホール全体を見渡せる位置で、魔石を使った拡声器的なものを使い指揮を執っていた。


「まずは、調理パートの皆さん……あらかじめ渡しておいたメモの通りに、ハンバーグの素を作ってください……」

「早速俺の出番だな」

「英雄さんファイト~!」


 まずは鮮度の関係であらかじめ調理出来なかったものを、調理部隊が物理攻撃や魔法で調理していく。


 俺たちはその隙に再度手足を回復系統の魔法で浄化して、フライパンとセットで発注しておいた巨大ボールの周囲に敷かれたシートの上に乗り込んだ。


 調理済みの材料から容器に詰め込まれてシートの上に運び込まれてくる。

 俺たちは各々これを持ってボールの中に入り込んでいった。


「ヒデオ様、これもよろしくお願いしますっ」

「おう」


 ちなみに、アリスは材料を調理するパートに組み込まれている。

 ステータスの低いモンスターたちも基本はそこだ。


 巨大ボールの中、数人で力を合わせて材料をこね回し、ハンバーグの素を作っていく。


「調味料を入れますよ~!」


 何と、今回はソフィアにも役割が当てられている。

 

 俺たちが材料をハンバーグの素へと変えるべくこねこねしている時に、上から調味料を振りかけるというものだ。これは大抜擢というか、ソフィアにしか務まらないと言えた。


「ではそろそろ、点火の方をお願いします……」


 エレナの合図でキングやサフランたちフライパン温め部隊が炎魔法を使用。

 あらかじめ入れておいた油を、支援魔法のかかったリカとホネゾウがなじませていく。


 ちなみに、二人に支援魔法をかけているのはエレナだ。

 エレナには妹がいるらしく、エレナと違ってやんちゃで小さい頃からよく怪我をしていた妹を治療する為に、回復魔法や支援魔法を早々に取得していたらしい。


 ホンマええ子やで……ホンマ……。


「あっ、火が強すぎるかもしれません……もう少し、弱めで……」


 そんな声を聞きながらこねこねを続けていた俺たちは、ようやく一つ目のハンバーグの素を完成させ、運搬担当に引き渡す。


「よっし、とりあえず一つ目のハンバーグの素、完成だな!」

「英雄さんお疲れ様です♪」

「ソフィアもな」


 実際これまで真面目な話になると嘘みたいに全く参加しなかったこの気まぐれ女神も、今回は驚くほどに働いてくれている。


 一つ目完成とは言っても、休んでいる暇はない。

 今日中に規定数の巨大ハンバーグ作成を終わらせてドラゴンの里へと運び込むために、次の分へ取り掛かる。


 その一方で、フライパン側ではいよいよ一つ目の最終段階、ハンバーグの素に火を通し、完成させる作業が始まっていた。


 中火で温めて油のなじんだフライパンにハンバーグの素がぶち込まれ、肉の焼ける音と匂いが多目的ホールに漂い始めた。


「私たちの腕の見せ所ね!」

「頑張るでやんす!」


 拡声器を使ってないのによく響くリカの声。

 ホネゾウもリカ程ではないけどそこそこによく通る声だ。


「そろそろ……ひっくり返してください」


 フライパン側ではエレナの指示でハンバーグの素をひっくり返すタイミングを計っているらしく、そんな声が聞こえてくる。


 やがて一つ目が完成したらしい。


 完成したハンバーグは、一度ルーンガルド内の別の建物に転移系魔法で運び込む手はずになっている。そこでジンの部下、ヘルハウンドたちに温めてもらってなるべく冷まさせないようにするのだ。


「魔王の旦那ぁ!差し入れでさあ」

「ゴン、ありがとな」


 材料を運び込む部隊に組み込まれているダークドワーフのゴンが差し入れを持ってきてくれた。各部隊に差し入れが行き渡ると、少しだけ休憩を入れようということになり、俺は巨大ボールから出てその辺に座り込んだ。


「ヴィクトリーカスタムの調子はどうでさあ」

「丈夫でしっかりしてるから安心して使えてるよ。翼は要らなかったけどな」


 それからゴンは、残りの材料の数なんかをエレナに報告して持ち場に戻る。

 作業に戻る前に、ライルに進捗を確認しておこう。


「ライルお疲れ、調子はどうだ?」

「ヒデオ様、お疲れ様です。フライパンの方はリカもホネゾウもよくやってくれていて、今のところ不安な要素はありません」

「そうか。ってことは材料も予定通り間に合いそうか」

「はい、このまま順調に行けば予定通りの時間に完成するかと」

「よっし、それじゃ後少し頑張りますか」


 そうして俺たちも作業を再開した。


 その後は特にトラブルもなく、順調にハンバーグは数を増やしていく。

 残り後数個になった段階で俺はこねこね係を他のやつに任せて、ドラゴンの里へテレポートで向かった。




 ドラゴンの里に出ると、入り口付近に待機してもらっていた子ドラゴンのランドが出迎えてくれる。


「やあ、調子はどうだい?」

「かなり順調だ。それで、残りあと少しで完成だよ」

「了解。それじゃ、ぼちぼち皆を連れて来るね」

「悪いな、頼んだ」


 ドラゴンの里まではテレポートを使えばいいものの、全く地理が把握出来ていないために入り口から先は転移系魔法では運べない。そこで俺は、あらかじめランド伝いでドラゴン族に運搬の手伝いをお願いしていた。


 本来ならドラゴン族には受け入れてもらえない類のお願いなんだけど、今回は首領であるバハムートとの契約に関する案件なので何とか聞き入れてもらえた形だ。バハムートもなるべく出来立てのハンバーグが食べたいだろうしな。


 ランドが飛び立つのを確認したら、俺はまたテレポートで移動だ。



 ルーンガルドに戻ると、ちょうど最後のハンバーグが完成したところだった。


「皆お疲れ!」


 多目的ホールを歓声が満たす。

 

 思い返せば契約をしにバハムートのところへと向かう話になった時には、まさか巨大ハンバーグ作りをやることになるとは思ってなかったけど、みんなで何か一つのことを成し遂げるというのは、なかなか悪くない。


 こういった出来事は魔王ランドに来てから初めてだったから、俺は少し感傷に浸ってしまっていた。本当なら打ち上げでもやって盛大に騒ぎたい気分なんだけど、出来立てのハンバーグを届けなければならないので、それは後回しだ。

 

 バハムートと直接会うメンバーは軽く風呂に入って着替えて準備をする。

 ちなみにメンバーは俺とソフィア、ライル、エレナだ。


 それからテレポートで再びドラゴンの里に来ると、運搬を手伝ってくれるドラゴンたちがずらりと揃っていた。


 こちらの運搬部隊によって、ハンバーグがドラゴンの里の入り口に運び込まれると、ドラゴンが一頭に付き一つを運搬していく。


 ハンバーグを持って飛び立っていくドラゴンたちという、そうそう見ることの出来ない謎の光景は中々にシュールだった。


 そうしてこちらで作った全てのハンバーグ分のドラゴンが飛び立つと、俺たちもランドの背中に乗ってバハムートのところへと向かう。今回はランドの背中に収まりきる人数なので、助っ人は必要ない。


 やがて、あの塔の様な巨大なシルエットが近づいてきた。

 

 銀色の鱗を持つドラゴン族の首領、バハムート。

 そして今回はバハムートだけではなく他にも何頭かのドラゴンがいて、まるで一つの大きな山脈みたいになっている。


「わあ~!大きいですねえ~!」


 ソフィアが感嘆の声をあげる。


「何だありゃ、ライルは何か聞いてるか?」

「いえ……ですがあれはドラゴン族の幹部ではないでしょうか」

「そうだよ~皆ハンバーグが食べたいんだって!」

「まじかよ」


 ランドが教えてくれた通りなら、バハムートだけではなくてドラゴン族全体が基本的にハンバーグ好きということなのだろうか。


 ここまでハンバーグの運搬を手伝ってくれたドラゴンたちも、本当は食べたくてたまらなかったのかも……そう考えると少し悪い事したかなぁ……今度また持ってきてやろう。


 そしてバハムートたちのところに到着。


 こうして俺たちはバハムートともう一度対峙することになったんだけど、前回と違って今回は少しだけ緊張している。バハムートに確実に満足してもらうようにとある秘策を用意しているからだ。


「良く来たな……新たなる魔王、ヒデオよ……我が名はバハムート……好きな食べ物はハンバーグだ……」

「前に来た時と挨拶代わりの台詞が同じじゃねえか」

「これ以外に良さげな台詞をなかなか思いつかんのだ……さあ、待ちわびたぞ。家庭的な女の子が一生懸命作ったハンバーグを頂くとしようか……」

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