突入
ルーンガルドを出た俺たちは、のんびりと徒歩でダンジョンへ向かっていた。
「あなたたち、おやつはちゃんと500銅までに収めたかしら!?」
「そんな制限を設けてるのはお前だけだし、そもそもおやつを持ってきてるやつなんていないだろ」
「えっ……ご、ごめんなさい……」
エレナが頬を赤く染めて遠慮がちに謝って来た。
持ってきてるのか……。
「本当にヒデオはデリカシーがないわね!女の子はダンジョン探索と聞いたらわくわくしておやつを持って来ちゃうものなのよ!」
「お前の女の子観って合ってんのか?リカとエレナは色々と違うと思うんだけど」
「どこまでも失礼な男ね!」
「なあエレナ、何でおやつを持って来たんだ?」
「えっと、その……ダンジョン探索って聞いて、わくわくしちゃって……」
「あ、合ってる……」
ショック過ぎて人間やめたい……あ、そもそも人間じゃないのか俺。
っていうか俺って何になるの?
「なあ、ソフィえもん」
「はい!困ったときのソフィえもんです!」
「俺って種族としては何になるんだ?」
「英雄さんは英雄さんです!あえて名前をつけて分類するなら、『英雄(ひでお)』あるいは『魔王』になると思います!」
「どの種族でもない、それかこの世で俺だけの種族、みたいな感じか……」
実は俺のスキル欄には前の魔王専用のスキルらしい『ガードブレイク田中』や、魔物の幹部専用スキルである『自己再生』が登録されている。
敵の全てのパラメーターを著しく低下させる『英雄ダウン』があるので、防御力を0にする『ガードブレイク田中』は習得していないものの、そういった事があるので完全に独立した種族だとは思っていなかった。
この辺りに関しては魔王ランドに新しい魔王でも誕生してくれなきゃ何かと検証のしようがないな。今は気にしないようにしておこう。
それからも雑談をしながら歩いていると、ダンジョンに着いた。
「ここがバハムート殿の住処へと通ずるダンジョン、通称『バハムートの住処へと通ずるダンジョン』です」
「通称として紹介する意味が全くないな」
巨大な岩の一角にぽっかりと穴が空いて通路になっている。
それは奥深くまで伸びていて、ここからだと暗闇に遮られてどこまで続いているのかは確認できない。いかにもダンジョンの入り口という感じだ。
「よし、それじゃリカを先頭にして進もう」
「あなた、女の子を先に行かせる気なの?最低ね!」
「いやいやお前何しに来たんだよ。そこは女の子よりタンカーとしての一面を優先させるところだろ。ダンジョンに行きたいとか言い出したのもお前だし」
「しょうがないわね!キング、ついてきなさい!」
「お前に命令されたくねえんだよぉ!」
色んな魔法やスキルをリカにぶつけながらその後をついて行くキング。
体力もMPも無駄だからやめておけ、と何度目になるかわからない注意をしながら、俺たちは奥に入って行った。
ダンジョンの中には一定の間隔で壁に魔石灯がかけられているものの、薄暗い。幽霊が出そうなのでなるべくなら一人では来たくない場所だ。
「ヒデオ様、足元にお気を付けください」
「皆もな」
「私は大丈夫よ!」
「リカの心配はそこまでしてない」
「そこまでって辺りに優しさを感じるわね!」
逆にリカが大丈夫じゃない状況ってのを是非とも知りたい。
「エレナも気を付けっ……」
そこまで言って言葉に詰まってしまった。
振り向くと、エレナが不安そうな表情でちょこんと俺の魔王っぽいマントをつまんでいたからだ。
おおお、落ち着け俺、エレナだってここ、怖いんだ。
ドド、ドキドキなんてし、してる場合じゃない!
「エレナ、だだ大丈夫だよ。何かあってもキキキキングが何とかしてくれるから」
「は、はいっ」
「俺ぁいつからキキキキングなんて名前になったんだぁ!?いや、それもかっこいいかぁ!イヤッハァ!」
お気に召したようで何よりだけど、今揚げ足を取るのはやめて欲しい。
「私もいるわよ!」
「リカ、お前はどうにも出来ない側であってどうにかする側じゃないだろ」
「あんまりうまくないわね!」
「うるせえ!」
何だかんだとうるさいやつらだけど、こいつらと話しているおかげで怖い気持ちを忘れられるからいい。エレナも心なしか少しリラックスしてきているようだ。
「英雄さん、ちょこんしてもらってよかったですね!」
「こういう時に茶化すのはやめてくれ」
それからしばらく通路を歩いていると。
「ギャオオオオオオオオーーーー!!!!!!!!ワッハッハァ!!!!よくぞここまで来たなにんげ……あ、キング先輩お疲れ様です」
びっくりしすぎて心臓が飛び出そうになった。
「キングの後輩かよ!まじでびびったじゃねえか!」
「後輩ってか部下だな!何だパトロールかぁ!?」
「はい、ダンジョンっぽい雰囲気を出すためにうろつき、人間が来たら襲い掛かるというモンスターに代々伝わる大切なお仕事です」
「なかなかやるじゃねえか!これからも頑張れよぉ!」
「ありがとうございます!」
リカは一切動じることなく、ハエでも叩くみたいにバシバシとキングの後輩に攻撃を加えている。もちろん有効なダメージは出ていない。
ライルも同じく涼しい顔をしてるんだけど、エレナは泣きながら俺の腕にしがみついている。
「ちょちょちょちょっとエレナ!?あ、あのその、もうだ大丈夫だから。なっ?」
「へ?……あっ、ごっ、ごめんなさい!」
エレナは俺から素早く離れると顔を隠すようにそっぽを向いてしまった。
「も~!英雄さん!そこはそのまま俺につかまってなっ!でしょ!?」
「お前は俺に何をやらせようとしてるんだよ」
あんまり変な事言うとまたこの前みたいにエレナが暴走するかもしれないから本当にやめて欲しい。
それからは特に何事もなく順調に進んだ。
いくつかの階段を降りて下って行くと、あるフロアの通路を歩いた先で少し開けた場所に出た。魔石灯なんかも通路よりは狭い間隔で設置されていて結構明るいこともあり、軽く休憩をとろうという話になる。
「エレナ、大丈夫か?」
「は、はいヒデオ様……ご心配をおかけしてすみません……」
「いいのよエレナちゃん!」
「しっかし暴れられねえなあ!守護者ってのはまだ出てこねえのかあ!?」
「悪いなキング。でも今回は本当に頼りにしてるからな。いざやつらが出て来た時は頼んだぞ」
「よっしゃあ!守護者は全員俺が血祭りにあげてやるぜぇ!ヒャッハァ!」
別に血祭りにあげなくてもいいんだけどな……。
「さて、それじゃあエレナが作ってくれたおにぎりを食べよう」
俺たちは、昨日エレナが作っておいてくれたおにぎりを取り出した。
それをモンスターらしく、まるで猛獣のようにかぶりついて食べる。俺は、おにぎりはそういう風にして食べるのが礼儀くらいに思っているからだ。
「うん。うまいな」
「本当においしいわ!エレナちゃん、よかったら私のところにお嫁さんに来てくれないかしら!ずっと大切にするわよ!」
「リ、リカさんの、ですか……」
エレナは何やら真面目に考え込んでいる。ええ子やでホンマ……。
「そういえばキングとライルは結婚とかってしてるのか?」
「従えてるメスなら何匹かいるぜぇ!!」
「何じゃそりゃ。悪魔に結婚とかって文化はないのか」
「その辺りは同じモンスターとは言っても種族によって様々ですね。悪魔は人間や亜人で言う一夫多妻制に近い婚姻形態になっているようです」
「そういうライルはどうなんだよ?」
「私には妻がいます。吸血鬼は人間と同じ……一夫一妻、もしくは単婚制ですので一人だけです。子供はいません」
「今度奥さんと会ってみたいな」
「是非。妻もご挨拶に伺わねばと申しておりました」
「私は結婚してないわよ!しかも今はフリーよ!」
「そうか……」
リカのこのフリー宣言って何なんだろう。
仮にこいつを好きなやつがいたとして、ここで「じゃあ俺、お願いします!」とか言ってくるような奴と付き合いたいんだろうか。
「英雄さんもフリーですよね!」
「ん?ああ、まあな」
何でソフィアに言われるのか良くわからんけど。
「エレナさんはどうなんですか!?」
「わ、私ですか……?えと、そういうのは、まだ……」
エレナはフリーか……心のメモ帳に書き込んで保存しておいた。
休憩が終わると、俺たちはまたバハムートとやらがいるダンジョン最奥に向けて歩き出す。
その時、突然岩が動いているような震動と重低音がしたかと思うと、前の方から小さい人間をかたどった岩のような何かが出て来た。ゲームで良く見るゴーレムとかいったモンスターに似ている。
「ヒデオ様!あれがこのダンジョンの守護者です!侵入者を排除するためのものですので、我々を攻撃してきます!お下がりください!」
「わかった!リカ、キング、頼んだぞ!」
「やっと暴れられるぜぇ!」
「任せなさい!」
リカはそう言うと、意気揚々と右手を高く掲げて叫んだ。
「『正義の威光』!!!!」
その発言と共にリカの手のひらの先から一瞬強烈な光が発生し、弾けて消えた。
「おいリカ、一体何を……」
あれ、何だ?
何だか無性にリカがむかつく。元からそうだった気もするけど。
イライラする。どうにかしてやりたい。殴りたい。
リカに対するそんな気持ちが俺を支配していく。
周りを見ると、どうやらソフィア以外全員同じ風になっているらしい。
くっ……でも我慢しなきゃ。ここで英雄プロージョンなんて撃ったら全員生き埋めだ。
「おい、ソフィア。まさかこれは……」
「はい。いわゆるヘイトスキルですね!英雄さん、頑張ってこらえてください!」
ヘイトスキルというのは、よくMMORPGでタンクの役割を果たす職業が持っているスキルで、モンスターのターゲットを全て自分に集める効果がある。
タンクというのは要するに囮役なんだけど、囮になるには敵の注意をひきつける必要があるわけで、大体攻撃力が低く設定されているタンカーではそのままだと敵の脅威にならず、注意をひきつけられない。
そこでヘイトスキルという、ダメージは与えないものの、それを使うだけで敵の注意が自分に向くというスキルがあるというわけだ。
どうやらリカの『正義の威光』というのは範囲ヘイトスキルらしく、リカの周囲にいる敵の注意を全てリカに向ける効果があるらしい。
つまり、本来はリカの敵である俺たちモンスターは、ダンジョンの守護者と一緒に、丸々リカに注意をひきつけられてしまっているというわけだ。
案の定、エレナまでも含めた全員がリカを攻撃し始めた。
「お前……何やってんだよ!」
「それはこっちのセリフよ!どうして私を攻撃するの!特にエレナちゃんに殴られてるのはちょっとショックだわ!」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!止まらないんです!」
「俺たちは本来人間の敵なんだから当たり前だろうが!お前これどうにかしろよ」
「どうにも出来ないわ!時間が解決するのを待つしかないわね!」
「まじか……」
その後、俺たちのリカに対するイライラが収まって守護者を倒すのにはかなりの時間がかかり、戦闘が終わる頃には俺たちは疲れ果てていたのだった。
こんなんじゃ身がもたないぞ……バハムートの住処はまだか……。
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