契約するのも大変だ
ダンジョンへ
「ダンジョンに行きましょうよ!」
「何でここでそれを言い出すんだ、人間の街に行けよ」
もはやリカがいない日の方が少なくなってきた魔王城。
今日も、俺の部屋にはタンカー少女の元気な声が響き渡っていた。
「私、友達いないのよね!」
「おおう……聞きたくなかったわそれ……」
薄々そうじゃないかとは思っていたけど、いざ本人からその事実を聞かされるとかわいそうになってしまう。
とりあえず友達がいない下りは軽く流しておこう。
「まあそれはいいとして、ダンジョンに何しに行くんだよ。当たり前だけど、ルーンガルドに漫画とかでよく見るギルド的なものはないからクエストで行く用事なんてないぞ」
人間の国にもあるのかどうか知らんけど。
「何って……冒険しに行くに決まってるでしょ!襲い来るモンスター!不思議な小部屋の仕掛けを解いた先の宝箱!そして……遺跡の最奥には封印されし古代文明の遺産が!一大スペクタクルじゃないの!『リカの英雄伝』として出版できるわ!」
「要するに泥棒だろ。ていうか魔王がモンスター倒すとかいう前代未聞の冒険してどうすんだよ。俺がただひたすらに気まずいだけじゃねえか」
「何よロマンのない男ね」
「そもそもこの辺にダンジョンなんてあるのか?何回か外には出たことあるけど一度も見たことがないぞ」
「後でライルにでも聞いてみましょうか!」
「それお前が言っていいセリフじゃないからな」
すっかりサンハイム森本に入り浸っているリカだけど、もちろん幹部とは仲良くない。どうにも出来ないから放っておかれているだけだ。
エレナとアリスとはすっかり仲良くなってくれたみたいで、その点に関してはありがたいと思っているけど。
「確かに唐突ではありますが、人間の提案も悪くはありません。ヒデオ様は魔王になられてからまだ挨拶をしておられませんので、これを機にバハムート殿の住処を伺うというのも一考する余地があるかと」
昼食の時間に、リカの提案でダンジョンに行こうと思っていることをライルに話すと、何だか思いもよらない返事が来た。
「バハムートってのは誰だ?」
「ドラゴン族の首領です。古来より我ら魔族とドラゴンは協力関係という名の実質的な不可侵の関係を築いて来ました。同じモンスターでもドラゴン族は単独で人間でも魔族でも滅ぼせるだけの力を持ち、仮に戦争になれば勝てたとしても甚大な被害が出ます。そこで歴代の魔王様は、魔族の代表として仮初めの協力関係を築き、放置して来たというわけです」
「なるほどな。で、話の流れからしたらバハムートはダンジョンの中にいるってわけだな」
「仰る通りです。正確に言えば、住処まで行くにはダンジョンを通って行かなければならないということなのですが」
「おいリカ、良かったな。ダンジョンに行く当てが出来たぞ」
「いいわね!ドラゴンなんてすごくワクワクするわ!」
実際、ここ数日はチート系の襲撃も大人しくなっていたし、タイミング的には行くなら今だろう。何日も空けるわけじゃないし、幹部たちを何人か残せば、仮にチート系が襲撃に来ても俺が連絡をもらって戻るまで持ちこたえるくらいの事は出来るはずだ。
「そうなると問題はメンバーだけど……何かトラブルが起きた時に対処することを考えれば出来るだけ少数の方がいいか。俺とリカ、ライルでどうだ?」
「お言葉ですがヒデオ様……戦闘要員も必要かと思われます。その……ヒデオ様のスキルでは、ダンジョンが崩壊してしまう恐れがありますので……」
「あっ」
そう言われればそうだ。
何の考えもなしに英雄プロージョンなんてぶっ放せばダンジョンが崩壊してしまう恐れがある。毎回手加減して撃つような真似をするよりは、戦闘力の高いやつを連れて行った方が何かと手っ取り早い。
「でも、戦う必要はあるのか?まさかドラゴンと戦うなんてことはないだろ」
「ダンジョンには我々モンスターだけではなく、ダンジョンの守護者などがうろついています。バハムート殿の住処へ続くダンジョン内ともなるとそれらは非常に強力になっておりますので、連れて行くのは幹部……具体的に言えばキングがよろしいかと」
キングは頭はあれだけど戦闘力に関しては幹部の中でも更にずば抜けているというのは前から聞いていた。
「じゃあキング。バハムートの住処まで付いてきてくれるか?」
「任せときなぁ!暴れまわってやるぜぇ!」
戦闘要員も確保出来たし、メンバーはこんなもんでいいだろう。
「シャドウ、いるか?」
「お呼びでござるか?」
いるのか……試しに呼んでみただけだったのに。
「毎回言ってる気もするけど、そろそろ気配を消さずに来てくれよな」
「御意」
「俺がいない間のルーンガルドを任せたい。索敵と戦闘が同時にこなせるのはお前しかいないからな」
「ありがたき幸せにござる」
「後は念の為に留守の間のアリスの護衛としてジンに来てもらう。ちょっと図々しい頼み事だしそれは後で俺が直接行くよ」
留守の間の懸念もこれで解決かな。
「ライル、他には何かあるか?」
「そうですね……ダンジョンにはエレナも同行させるのがよろしいかと」
「えっ……私、ですか?」
予想だにしていなかったのか、エレナが目を大きく見開く。
「俺は全然構わないけど……」
「ドラゴンと協力関係を締結する際に、その代価を求められる場合があります。契約金の様なものですね。毎回そんなに高価な物ではありませんが……それが食料や衣類などであった場合、提供出来るのか、我々には知識が足りない可能性があります、その点は普段家事をしているエレナの方が詳しいので……」
「なるほどな。じゃあエレナ、付いて来てくれるか?」
「は、はいっ……よろしくお願いします」
「エレナちゃんも来てくれるなんて、楽しみね!」
相変わらずリカが飯をモリモリと食いながら言う。
「何だか魔王って言うより勇者みたいですけど、たまにはこんなのもいいかもしれませんね!」
リカとは対照的に今までちびちびと飯を食べていたソフィア。
「ふふ、留守は心配しなくていいわよ。楽しんでいらっしゃい」
どちらにしろ店の経営があって日頃城にいないサフラン。
「皆さんがお出かけしてる間は寂しくなるでやんすね!怪我などしないように、気をつけるでやんすよ~!」
自身は骨だけだから怪我の心配なんて全くないホネゾウ。
「それじゃあ今日のところはダンジョンに潜るための準備に当てて、明日の朝出発にしよう」
「お~っ!」
何故か妙に張り切っているソフィアの元気な声で、全員昼食を食べる手を再び動かし始めたのだった。
昼食後、俺たちはヘルハウンドの首領、ジンに明日からのアリスの護衛を依頼するために街に繰り出していた。アリスは仕事があるので一緒には来ていない。
そして俺たちはジンの家に寄る前に服飾店に来ている。
「おっす」
「これはこれは魔王様。例のマント、仕上がっております」
店主は一度奥の方に消えてから戻ってくると、何やら魔王っぽいマントを持って戻って来た。
「おお、これは確かに魔王っぽいな」
「もちろん、頂いた金額の分きっちり仕事はさせていただきました」
「そういえばまだ名前を聞いてなかったな」
「ギドと申します。以後お見知りおきを……」
その場ですぐにマントを着用して着心地を確かめると、俺たちは店を後にした。
「そのマント、似合ってますね!皆さんの反応が楽しみです!」
「そうかな……雰囲気は出るけど、ちょっと動きづらいのが難点だな」
復興がどんどん進んで、俺たちが魔王ランドにやって来た頃と比べれば大分活気が出て来た街並みを見ながら、ソフィアが嬉しそうに言って来た。
「英雄さんもすっかり魔王として街に馴染んできましたね!」
「別に嬉しくないけどな……早く元の世界に帰りたいよ」
「またまたぁ~!こっちでお友達もたくさん出来たじゃありませんか!」
「エレナとリカとアリス以外はモンスターじゃねえか……」
元の世界に帰りたい、という気持ちはまだ衰えていないものの、確かにソフィアの言う通り、この世界を離れづらくなっているという気持ちもあった。
幹部のやつらも何だかんだでいいやつらだし、モンスターたちをまとめ、チート系主人公たちを倒して街を復興させて行くというのは、元の世界では味わえないようなやりがいみたいなものもある。
俺は、いざ元の世界に帰れることになった瞬間に、ちゃんとこの世界を離れるという決断を下すことが出来るのだろうか?
そんな事を考えながら歩いていると、ジンの家に着いた。
「よう、ジンはいるか?」
「魔王様か。元気にしていたか?」
「おう。それでジン、急なお願いで悪いんだけど、明日から魔王城に泊りがけでアリスの護衛を頼めないか?ドラゴンの首領に挨拶するために、俺たちはダンジョンに行かなきゃいけないんだ。直接潜った経験のあるやつはいないから、どれぐらいかかるかはわからないらしいんだけど……」
「いいぞ」
「返事早いな。いや俺は助かるけど」
「元々ヘルハウンド一族というのはそこまで数が多くない。ましてや領土が実質的にルーンガルドだけになっている今ではな。だから俺の仕事もそんなに多くない。代理を立てれば何とかなるだろう」
「ありがとう。報酬のイチゴは弾むからな、頼むよ」
「ほう。またあの鮮血のような色合いとみずみずしい食感を楽しめるのか……それにアリスと会えるのも楽しみだ……クックック……」
そんな台詞をブンブンと尻尾を振りながら言っている。
相変わらず怖いけど可愛いやつだ。
ちなみに、イチゴの調達はライルの部下に頼んである。ゴンザレスのところに行くのは何だか怖いのでまたいつかの機会に……。
サンハイム森本に戻ると、エレナとアリスが夕食の準備と明日の準備を同時に進めているところだった。
「よう、調子はどうだ?ジンに護衛の依頼をしたら快く引き受けてくれたぞ」
「わあ、明日からはずっとジンちゃんと一緒なんですねっ、楽しみですっ」
ふと調理場を見ると、エレナが何やら見覚えのあるものを作っていた。
「おにぎり……か?」
「あっ……は、はい……ヒデオ様は何だかお米を使った料理がお好きなようなので……チート系主人公から父へと伝わったこの料理も喜んでいただけるかと……」
「うまそうだな、明日食べるのを楽しみにしてるよ」
ダンジョンを探索しながらのおにぎりなんてのも趣があって良さそうだ。
「エレナちゃん、良かったねっ」
「な、何がっ……もう、やめてよ……」
エレナとアリスも随分と仲良くなったみたいで本当に良かった。
「エレナちゃんってばあ、可愛いなあもう……じゅるりっ……あっと」
…………?
何か今、アリスのやつよだれ垂らしてなかったか?あっと?
腹減ってんのかな……早めに飯にするか。
「さあ!夕飯は何かしら!明日への景気づけにパーッと行きましょう!」
「リカお前、何で当然のごとく飯食いに来てんだよ……それにいつも勝手に一人でパーッとやってんじゃねえか」
「別にいいじゃない!第一、あたしという最強のタンカーがいなかったらダンジョンはきついんだから!今夜は私の激励パーティーよ!」
「激励パーティー?」
その後リカ主催の激励パーティーという良くわからない名の元に普通の夕食が催され、リカはついでにアリスの部屋に泊まった。段々とこいつの図々しさにも慣れて来たところだ。
そして翌朝、ついに俺たちの初めてのダンジョン攻略が始まる。
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