5.彼女はそして今

 バスが来た。雨なんて今まで一度も降ったことがないかのような晴天である。嘘つきめ、僕を黒く染めたくせに、なんて独りごちながら僕は彼女を眺めている。


「それで、色は、決まったみたいですね。」

「はい。このバス停から、図書館までの、今だけの、限定色です。」


 そう得意げに話す彼女は、風に揺られている。翡翠色のカーディガン、真白にビジューの散らばるワンピース、水色のサンダル。ラムネだそうだ。よくは知らないが、とりあえず、その本はラムネだったらしい。


「あんなに立派な黒だったのになあ。」


 感心と、少しの恨めしさのこもった声は風に揺れる彼女に届いてしまったらしい。風め。


「黒い私がお好きでしたか?」


 にやりと笑う彼女は、いまだ風に揺れている。本にされるがままな彼女は、まさに風に揺らされるがまま生きる草木そのものだ。

 しかし、だ。どんな風に揺らされようと、流れていくことは無いのだ。また背を正しに戻ってくるのだ。芯の強いことだ。そして、風に流された後は、その頭に沢山の実を飾って戻ってくるのだ。それはまるで、たっぷりとした麦穂のように。その実を誰かに渡すために。

 僕はまた彼女を眺める。


「いや、ラムネ色、素敵だよ。」


 


 それは、美しいラムネ色の麦穂だった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る