3.彼女はそれでもなお

 つらつらと彼女に対する書評を脳内で書き記しているうちに、ぽつんと一つ、黒いシミが現れる。ポツポツと増えていくそれは、瞬き二つ分の合間に、地面を全て黒で覆い尽くした。雨だ。この季節の雨は、いつ来るのかが分からない。後ろからそっと忍び寄る雨雲に、眼前の晴天を見ているものは気付けないのだ。だからこそ、傘は必ず持ち歩くことがこの田舎での習慣だった。ふと気づく。


(あ、本。)


 彼女はしっかりカバンを抱え込み、背中を丸め、どうにかこの田舎を凌ごうとしている。また黒だ。黒く滲みた地面から、にゅっと黒いものが生まれてる。こうも見事な黒い生き物は、そうそうお目にかかれないなと考えるうちに、雨を思い出す。


「本、濡れたら大変だから。」


 そう傘を差し出してみると、黒い生き物はのそりと動いた。ああ、黒い彼女に話しかけてしまった。


「ありがとうございます。本だけ、お願いしてもいいですか。借り物なので、濡らすわけにはいかないのです。」

「貴女はいいのですか?」

「私は乾けば元に戻ります。」

「風邪を引けば、元に戻るのも時間がかかります。小さい傘ですが、二人の頭くらいは守ってくれますよ。」


 遠慮がちな黒が僕と並び立つ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る