第8話 誕生会の思い出
重いまぶたを開くと、どこか見覚えのある部屋の中心に立っていることに気づいた。ペルシャ製の絨毯が敷かれているその部屋には、天井付きの広いベッドと壁一面に張り巡らされている巨大な4面スクリーン、勉強机にグランドピアノ、様々なおもちゃの入っているカラフルな箱が配置されている。スクリーンの中に立っているのは、6人のメイドと1人の執事だった。彼らは電子的な肉体でディスプレイに表示されている。おもちゃ箱の中に詰まっているのは、世界中の知育玩具だった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
執事の言葉で、6人のメイド達が一斉に同じセリフを復唱する。
両開きの扉から、十歳前後の女の子が入ってきた時だった。
「セバスチャン、今日は私ねあなた達とおしゃべりする気分ではないの。なぜだと思う?」
扉を閉めて振り返りざまにそう問いかけた。くるくる巻のツインテールが可愛らしく揺れている。黒髪で、青い瞳をしている少女の顔はとても端正なものだった。しかし、機嫌はひどく悪い。
「今日は私の誕生日なのよ」
「おめでとうございます、お嬢様。すくすくと育っており何よりでございます」
執事が祝いの言葉を贈る。それに続き6人のメイド達が一斉に祝いの言葉を口にした。ちっとも嬉しくなさそうな顔で、少女は悪態をついた。
「なにもおめでたくなんかないわ。今日はお父様は帰ってこないの。昨日も、その前だって家に帰ってこないじゃない」
「お父上はとても重要なお仕事をされているのです。この国の未来を率先して守り続けているお方です。たとえお嬢様の誕生日と言えども、その重大な役割と責任を投げ出すなど、到底出来ることではありません。それに、本日の誕生パーティには多くのご学友と親族をお招きしているではありませんか。何より、母君がおられる。腕によりをかけて、お嬢様のためにご馳走を振る舞うと意気込んでおられました」
「あんな人お母さんじゃない! 私のお母さんはもういないじゃない」
少女が声を荒らげる。それを受けて執事が眉をひそめ、悲しそうに答えた。
「お嬢様。前の奥様のことは大変気の毒ではありました。しかし、今の奥様もお嬢様のことを一生懸命に愛せるように努力をしております。そのお気持ちを少しでもご理解頂くことは、難しいでしょうか」
「嘘よ。全部嘘。私のことを好きなのは、お母さんだけ。私のお母さんは一人だけなの。お母さんとお父様がいないんだったら、お誕生日会だって、やらなくたって構わないわ」
「そんな、無茶を言われては困ります。せっかくこの日のために準備してきたというのに」
「私お勉強があるから、一人にしてちょうだい」
「畏まりました。まだパーティまで時間があります。17時になりましたら、2階の会場へお越し下さい」
少女はむすっとした表情で手に持っていたリモコンボタンを操作して、スクリーン上から執事やメイドたちを追い出した。
これは過去の記憶だと気付いたのは、そのときだった。部屋の中心から見える景色に見覚えがあったのは、そこが自分の部屋だったからだ。この先の話は見なくても知っていた。母はこなかった。離婚して海外へ行ってしまったのだから当然だった。父もこなかった。短い祝辞だけをよこして執事がそれを読み上げていた。友達は世界中の人たちがモニター越しにおめでとうと言ってくれた。みな優秀な友達で、将来は科学者や経営者、弁護士になることを期待されている少年少女たちだ。親はエリートで資産家の御曹司や令嬢がたくさんいた。偽物の母親はケーキを届けると、すぐに会場から姿を消してしまった。コックやお給仕の女の人たちが着席もせずに優しく見守る中、少女は一人長い机の端に座らされて、食べたくもないケーキを一人で頬張った。誰も空間を共有してはいなかった。そして誰もそれを疑問には思わなかった。しかし唯一救われたと思えるのは、山積みになった誕生日プレゼントの中から一つ、彼女のお気に入りが見つかったことかも知れない。HMDと呼ばれる仮想空間へアクセスすることの出来るアイテムだった。少女はそれを通して、ある一人の男の子と出会った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます