第6話 サイバーパトロール

 けたたましい銃声と共に、迷彩服に身を固めた集団が倉庫内になだれ込んできた。二丁拳銃を操っている者もいれば、ショットガンを抱えている者もいる。ライフルで後方から狙い撃って来る者もいて、その場にいた無防備なアバターたちはあっという間に頭を撃ち抜かれて、その場からいなくなってしまった。襲撃犯らの装備や動きに統一性はなかったが

、彼らは十分に強かった。何人かが応戦を試みるも、素人の動きではまるで歯が立たない。

「ツナグちゃん走って!」

 階段の上にいたメンバーはツナグと共に、奥の方へと走った。2階には部屋が3つあった。その一番奥の部屋へ駆け込むと、トロンは急いで扉を閉めた。閉める間際に誰かの足が扉の隙間に滑り込んでくる。

「おい待て! 俺も入れろ」

 ギリギリのところで滑り込んできたのは、イーサだった。右手には拳銃が握られている。

「イーサ無事だったのか良かった。その武器は?」

「身近にいたトロそうなやつから奪ってやった。冷や汗もんだまったく」

「さすが僕らの護衛隊長だね。ほかの仲間達は?」

「ダメだろうよ。今頃はみな現実世界に強制送還されて、絶望してるだろうさ」

「撃たれた人たちは、大丈夫なんですか?」

 ツナグが心配そうに訊ねた。

「ここは仮想世界だぞ? 死ぬわきゃねーよ。ただ、現実世界に戻りたくない連中が、いきなりログアウトさせられたら、死にたくはなるよな。3日くらい戻ってないやつもいたから、気の毒なことだね。にしても連中、雇われのサイバーパトロールだな。腕利きがゴロゴロいやがる。見知ったやつも混じっていた。正義感もねーくせに金に目が眩んだだけのクソ野郎どもさ」

「サイバーパトロールって、警察の人達じゃ」

 ツナグが訊ねて、トロンが答える。

「いいや、彼らは一般人さ。このバーチャル世界を安全に取り締まるという名目で世界中の有志たちが集まって作ったんだ。だけど、裏で警察や大きな組織と繋がってるという黒い噂があるから、あながち間違いじゃないかもね。彼らの狙いは、間違いなく君だよ、ツナグちゃん」

「あの人たちは、私を助けてくれようとしてるんじゃ」

「おめでたい考えは捨てた方がいいぞ。いきなり殴り込んでくるやつが、人助けなんてすると思うか? 連中に攻撃されてるってことは、つまり俺達が危険組織に認定されたってことだろうな。ネット社会はまだ無法地帯が多く残っているからな、目には目を歯には歯をってやつさ。危ない組織には容赦なく武力で介入する。バーチャルな世界だから、何発ヘッドショットかましても気にしないってわけだ。サイバーパトロールが強引なやり方始めたのもここ最近のことさ」

 イーサが拳銃を机の上に置いて、窓際に歩み寄った。

「俺はいったん帰るよ。また用があったらチャットなり掲示板なりで呼んでくれ」

「この戦いは、挽回は無理そう? 外には君の部下が何人かいたはずだけど」

 トロンの質問にイーサは首を振って答えた。

「無茶言うなよ。雇われてる連中はほぼ俺と同類ばかり、日中FPSやってるゲーマーだぜ? 今回ばかりは状況が悪いよ。そもそも護衛団全員が集まったわけでもないのに、この人数じゃ話にならねぇ。それにその辺のチンピラくらいなら中への侵入は許絶対さないからな、外にいた連中だって弱くはないんだ。でも既にこの有様だ。外も壊滅してるか、もう逃げちまってるだろうよ」

「そう。なら、勝ち目はなさそうだね」

 トロンが冷静な口調でつぶやいた。

「サイバーパトロールの連中め。奴ら前から気に食わなかったんだ。このバーチャル世界に正義なんてもの持ち込むなってんだ。結局金で買われて、やってることはただの傭兵ごっこだ。金に縛られてる時点で現実を捨てきれない半端者さ」

「イーサ、怒りたい気持ちはよく分かるよ。でも、まだ彼らの方が多数派だ」

「分かってるよ。頭撃ち抜かれてログアウトなんて寝覚め最悪だから、俺は自主退出するぜ。お前らも早めに退出しろよ。トロン、その様子だと大丈夫みたいだしな」

 ツナグとトロンの他に部屋には5人ほど逃げ延びていたアバターがいた。イーサに促されて、みな次々に退出して行く。

「僕はやつの親玉と話がしたいから、最後まで頑張るよ」

「そうかい、ならまたな。一応言っとくけど、不意をつかれたとはいえ銃撃戦で敗北なんて人生最大の汚点になっちまったんだ。こんなちっぽけなステージじゃくてもっとちゃんとした場でリベンジさせてくれよ。団員もみな揃えて装備も完璧にして、そしたらこんな傭兵ども殲滅してやる。俺が誰か連中に教えこんでやらないと、気が済まねーからな」

「君のことは既に知ってるはずさ。僕らVworldの護衛団長イーサ、コードネームEATHを知らないゲーマーはいないよ」

 とてつもない剣幕をしていたイーサは、少しだけ落ち着きを取り戻して、その部屋から退出して行った。

「彼はとても腕がいいんだ。世界中のあらゆるガンシューティングでランキング1位になってる。もともと重度のゲーマーさ。扉のすぐ外に待機してる連中がなかなか中に入ってこないのも、彼を警戒してるからだろうね」

 ツナグがトロンに小声で話しかける。

「外に、いるんですか? まだ2階には来てないんじゃ」

「それは足音が聞こえなかったから、そう判断したのかい? 傭兵が足音なんて立てないよ。階段を上がって、ドアの前にとっくに集まってる」

「あの、私はどうすればいいんでしょう。どうされるんでしょう? もう何がなんだか」

「大丈夫。ツナグちゃんに手出しはさせない。本当は、君には何も知らせずにいたかったんだけど、ごめんよ」

 トロンが謝罪した。と同時に、窓ガラスが砕け散る音が鳴り響き、扉が叩き壊された。二人きりになった部屋の中へと、迷彩柄の服を着た傭兵たちが烈火のごとくなだれ込んできた。


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