第3話 一筋の道

「きゃあ!」

 ツナグが頭を抱えてうずくまる。EA0335が移動に邪魔な赤文字を蹴り飛ばしながら、ツナグの元へと歩み寄る。空中で攻撃を食らったキーパーたちが背中から床に落下する。

「急ぎこの扉へ入ってくだサイ」

 EA0335がツナグに再び依頼した。

「でも、、」

 ツナグは身体が硬直して、戸惑いを隠せない。

「この先にあるのは、監視者の目の届かないバーチャル空間デス。それは、あなたに直ちに選択を迫るものではアリマセン。ワタシの仲間から、より詳細な説明を受けることが可能デス。この場所は、隔離されているため、二度と我々がここへ入ることは出来まセン」

 そのとき、空間が大きく歪められた。足をつけている場所が、ぐにゃぐにゃになって2人の姿勢は大きく崩れた。目の前にあった扉のオブジェクトが、急速に遠ざかってゆく。ツナグとEA0335の距離も遠ざかる。炎に包まれても全く動じないキーパーたちが、巨大な棍棒を振り上げて、2人に襲いかかってきた。

「走って下サイ。アイハラツナグサン」

 ツナグはキーパーたちの鬼のような形相に怯え、思わず逃げた。不安定な足場がツナグのゆく道を阻む。空から巨大な赤文字が雨のように降り注ぐ。どしんどしん、と道を塞いでゆく。「幸」「幸」「幸」「幸……。無数に降り注ぐ赤文字。

「きゃあ!」

 凸凹した床に足を取られて転んでしまう。一体のキーパーが巨大な腕を伸ばしてツナグの小さな身体を一掴みで持ち上げた。

「いや、やめてください! 放して!」

 足をバタバタさせて抵抗する。しかし自分より何倍も大きなモンスターからは逃れることはできない。

「助けて! 誰か!」

 EA0335は、他のキーパーたちの攻撃を紙一重でかわしながら、ツナグの元へと近づいてゆく。横殴りに大きく振り切られた棍棒の先には、EA0335のマントだけが残っていた。機械仕掛けの肉体を顕にした人工知能ロボは、降り注ぐ赤文字ブロックの合間を縫うように駆け抜けた。右手を腰の後ろに回して1尺3寸ほどの長さの短刀を逆手に持つ形で引き抜く。敵の死角から勢いよく跳ね上がり、相手の両肩へと飛び乗った。短刀を振り上げ、巨大な1つ眼に刃を突き立てる。眼から紫色の血飛沫が上がった。引き抜かれた刃が、今度はツナグを捉えている右腕に振り下ろされる。

「きゃあっ!」

 一刀両断された右腕と共に、ツナグの身体は床に放り出された。

「その、ありがとうございます」

「ワタシの任務はアナタを救い出すことデス。遂行のために、最前を尽くすようプログラムされていマス」

 追いついてきたキーパーたちが、また襲いかかってくる。その巨体に臆することなく、EA0335は相手の懐に入り込み、短刀で足を切り落とす。飛び跳ねて今度は首をはねた。落下してくる赤文字さえも真っ二つに切り裂く。肉体は戦闘のためにより強靭に改造され、身体中に隠してある無数の武器で単調な動きのモンスターたちを圧倒する。

 しかし、遠方から飛んできた光線は防ぎきれなかった。最初の一線は右肩から左太ももへと抜けた。左足が外れ、宙を踊る。次の一線は正面から腹を貫いた。背骨が折れ、背中から2本のパイプ状のものが飛び出る。3度目の光線は背後より放たれ、左後頭部から眉間へと抜けた。ガスマスクが砕け散り、身体は乱暴に宙を舞い、床へと落下して転がった。

 ツナグは目の前で起きたことに、思わず悲鳴を上げそうになった。しかし、EA0335が至って冷静に呼びかけてくる。

「アイハラツナグ、サン。走ってくだサイ。このままではアナタを守ることが出来まセン」

 EA0335の素顔は、思っていたよりも愛嬌があった。両眼はぱっちりしていて、鼻は人参の形をしている。口はずっと開きっぱなして、ふた世代くらい前のおもちゃにしか見えない。頭は透明なガラスで出来ていて、歯車製の脳ミソがおでこから覗いていた。

「面白い顔をしてますね、まるで人間じゃないみたい」

 ツナグは不思議と恐怖から解放されていた。

「ワタシは第三世代人工知能デス、人間では、ありまセン。しかしアナタは、人間デス。ご存じですか?」

「そのような記憶が、僅かに、あります。でもずっと忘れていました」

「あなたの肉体は、まだ生きていマス。しかし長くは続かナイ、日に日に体力は衰え、まもなく肉体も死を迎えるでショウ。その前に、あなたの帰還が必要なのデス。これ以上の説明はアリマセン。アナタは、この先へ、マッテイル人達の元へ、帰ることを、スイショウしマス……」

「待っている人? 誰が私を待つんですか?」

「アナタの父、母デス。そして、アナタ自身、デス。急いで、アナタのホントウノ、カラダ、ヲ、トリモドシ、テ、クダ、ク、ダサ……」

 EA0335が動かなくなった。振り下ろされた巨大な棍棒で、ぐしゃんと小さな身体は、叩き潰されてしまった。キーパーたちが、差し迫る。無限に降り続ける文字列の雨が、ツナグの行く手を阻もうとする。「幸」「幸」「幸」「幸……――

 ツナグは立ち上がり、扉へ向かって駆けた。この扉が閉じてしまえば、何もかもが元通りになって、何もかもが消えてしまうと思えた。必死で駆けた。あまたの手が伸びる、すぐそこまで、ツナグを逃がすまいと伸びる。真っ白な空がいつの間にか引き割かれていて、真っ黒な空間の狭間から、巨大な、キーパーの5倍10倍はあろうかと言うほど巨大な、赤マントを羽織った骸骨があちら側からこちらを覗き見ていた。空間の裂け目から骨の腕が伸びてくる。あれが監視者に違いない。ツナグをここへ閉じ込めていた犯人だ。ツナグはあんなものを神のように慕い、言いなりになっていたのかと思い衝撃を覚えた。しかし走り出した心はどこまでも止まらない。頭のリボンに手が触れそうになるくらい、それらが差し迫ったところで、ツナグは真っ暗な扉の中へと、頭から飛び込んでいった。

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