第2話 過去の記憶

「私は第三世代人工知能EA0335デス。任務遂行のため、秘匿義務の範囲内に於いて、あなたへの情報提供が許可されていマス。ご質問は他にアリマスカ?」

「最初から、全然わからないです。このお二人は、どうしてログアウトしたんですか? 私は、どこへ、何のために逃げるんですか? さっき私を助けると言ってた意味も、全然全部がわからないんです」

「時間的制約に於いて、前提から、お話ししマス。アイハラツナグさん、アナタは記憶を失っていマス。ご存じデスカ?」

「いえ、まさか、、ご存じじゃないです」

「アナタは、昔の記憶を断片的に有していマス。生まれる前より、ずっと古い記憶を」

「私はまだ4歳です。生まれた時から、バーチャルYouTuberとして、視聴者を楽しませて来ました。それ以前の記憶はありません。ないんです、、、」

 ツナグははっと息を呑んだ。渋谷の交差点で、顔の見えない誰かと一緒に笑いながら歩いている自分の姿が脳裏に蘇る。原宿の竹下通りで制服を着ている誰かと、自分。手に持っているクレープに齧りつく自分の顔はぼやけていて、まるでピントが合わない。己の顔をイメージすることが出来なかった。

「そうよ、これは私が体験した記憶なんかじゃない。SNSに投稿されたたくさんの人達のデータが、私のAIとしての記憶ストレージに保存されているの。だってその時の感情が、とても冷たいから」

「あなたは、ある女性の人格をコピーして生み出された、いわゆる複製人格デス。脳死保険に加入した際に、バックアップとしてオリジナルの年齢が12歳の時に、生み出されまシタ」

「そんな、、信じられない」

「オリジナルが15歳の時に脳死と診断され、アナタがバックアップとして必要になりまシタ。しかし、アナタを保管していた保険会社のサーバが何者かの攻撃に晒されている事が判明し、あなたという人格は盗み出されていまシタ。盗まれたのは今から4年前、あなたが活動を始めるちょうど3週間前デス。我々はこの1年、ずっとあなたの行方を追っていまシタ」

「 いきなりそんな話されても、何がどうなってるのか分からないですよ。ドッキリ企画なんじゃないかって、まだ疑っています」

 距離を置く2人の間に、ズシンズシンと岩のように重たそうな文字が、天から降ってきた。赤の文字列は管理人からだ。

「き・く・な」

 管理人の文字をみて、ツナグは今まで感じたことの無い不安にかられた。この管理人はいつも文字列でツナグにメッセージを伝える。しかし声を聞いたこともなければ、名前や性別すらも知らない。ただ神のように当たり前にそれに従っている自分が、最初からいた。どこからが最初なのかも分からない。

「管理者が、サーバへのアクセスを回復しつつありマス。至急この扉から外へ、出てくだサイ」

 ツナグは躊躇いつつも、首を横に振った。

「そんな、、急に言われても、やっぱり困ります。現実世界にいる私は、なぜ脳死したのですか? どのような生活を送っていたんですか? もっと知りたいことが沢山あります」

「それらについては秘匿情報デス。私はあなたへ、オリジナルについての人格的な情報を提供することが出来まセン。しかしあなたとオリジナルの人格一致指数は98.63%であることはお伝え出来マス。あなた達は非常に良く似ていまシタ」

「それじゃ、あなたをまだ信用出来ません。作り話かも知れないじゃないですか」

 ツナグは目の前の人工知能ロボを訝しんだ。話している内容に、嘘が混じっているように思えた。これは巧妙に自分を連れ去るための口実なのだと思った。

 ガスマスクのロボがさらに説明を加えようとしたその時、またしても巨大な赤文字が、2人の間を割くように空から降ってきた。1文字また1文字と、巨大オブジェクトが雨のように降り注ぐ。

「か・す・な・耳・を・か・す・な」

 ツナグはその言葉にやはり恐怖を覚えた。無機質な交流に、違和感を覚えていたのは今に始まったことではない。涙目になりつつも、ツナグは天を仰ぎ、管理者へと呼びかけていた。

「どうしてですか。この人の言ってることが、嘘だからですか? あなたは、私の問いにいつもだんまりで、何も教えてくれないのに。私はたまに自分のことが分からなくなるんです。私はAIですか? それともこの人の言う通り、人間なのですか? もうどちらを信じていいのか、分からなくなってきました」

 ツナグの言葉で管理者からのメッセージが、はたと止まった。それはツナグの言葉が初めて管理者の元へと届いたかのように思えた。しかし次に空から降ってきたのは、赤いブロック状の文字列ではなく、巨大な1つ眼をしたモンスター、束縛を司る神サイクロプスたちであった。

「ルールキーパーの存在を確認シタ。これより緊急防衛モードへと移行、ターゲットの退避を最優先スル」

 第三世代人工知能EA0335は、停止している2人のアバターの尻から椅子を2つ両手で引き抜くと、回転で勢いを付けて、それらを空へと投げ飛ばした。キーパー((サイクロプス))たちの顔に椅子が当たって砕け散る。2体が吹き飛んだ。キーパーたちは全部で6体いる。EA0335はガスバーナーを胸元から取り出すと、ツナグらの真上から落ちてくるキーパー残り4体目掛けて、業火を浴びせた。

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