彼の雨空/終

 久城真治は、その場で両膝から崩れ落ちた。


 今まで必死に溢さないようにしていた涙を、ぽろぽろと溢しながら。


 彼は慟哭を上げた。


 その慟哭に、ここにいる人々は涙を流していたが、その長のみはじっと赤い目で彼を見つめる。


「被告、久城真治。何か言うことはありますか」


 彼はその問いかけに、声を上擦らせながら答えた。


「もっと、もっと愛せたはずなんだ! もっと幸せにできたはずなのに! 彼女は生きていていいはずなのに! なんで彼女が死なないといけないんだ! 家族に先立たれて、命が短いなんて、あんまりじゃないか!? だから、だから私は! 彼女の名前を残したかった!」


 両手で顔を久城は顔を隠すが、その隙間から……はぽろぽろと溢れていく。


「助けて……助けて! 彼女を、助けてあげてください! 私は死んでもいい! 彼女が生きていて良かったんだって、そんな軌跡を、残してください!」


 久城はすぐ背後の傍聴席を振り向いて。


「忘れないでくれ! 私は、私は! 天音美星を、愛している! だから、彼女を忘れてほしくなくて! だから、殺すんだ! 日本最悪の犯罪者になってでも、私はぁ! 彼女の望みを全部叶えたかったんだ! 空を見せて、そして殺してほしいというから! だから……殺したんだ、私が殺したんだ! 私が!」


 傍聴席にいる人々は、乱れる久城に涙を流しながら、その様子をじっと見つめていた。


 そう、この久城真治という男は。


 たった一人の少女が望んだ全てを叶えるために。


 犯罪者となる道を選んだのだ。


 旅に出て空を見たいと。


 殺してほしいと。


 彼女が望むから。


 だから、全部、彼は叶えたのだ。


 それは偽りだったとしても。


 彼女にとってはきっと、魔法のようだったのだから。


「被告、久城真治」

「……っ!」


 絶えない涙を溢しながら、彼は裁判長に向き直る。


「貴方の気持ちは痛い程よく伝わった。判決が出るまでの間、君は彼女の思い出を胸に、生きなさい。貴方には、生きる権利がある」


 そして裁判長は大声で。


「これにて閉廷とする!」

 

 慟哭の中、閉廷を告げた。

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