独善/3/【証人】宮前妙子2

 そこまで話して宮前は、遂に大粒の涙を流し始めた。


「ノートPCに表示された景色は、本当に美しかった。ゆったりと流れる雲、風が吹く度に揺れる空を映す湖。この処理を行うために彼は、わざわざスーパーコンピューターを四台もハッキングしたのです。しばらく久城真治は、彼女が見たい空全てを映し出しました。その度に美星ちゃんは……、空が青い、海が綺麗だ、ブルーダイヤモンドのようだと、感想を久城真治に伝えておりました」


 宮前は涙を拭いながら。


「そこで久城真治は微笑みを浮かべながら、目頭を押さえつつ……『少し屋上に行ってくる』と。雨が降っている、そんな時に言いました。だから私は鍵を彼と共にナースステーションに取りに行き、その鍵を渡したのです。今更何か悪さなどしないと思ったので」


 久城はじっと、彼女を見つめた。


「少しして、彼のノートPCに入っていたSkypeに着信がありました。どうやら自動着信設定のようで、すぐに美星ちゃんは彼と何かを話し始めたのです。正確には覚えておりませんが、確か美星ちゃんは……」


――晴天です。とっても綺麗な、雲一つない青い空ですよ。

――雨なのに?

――雨ってどんな感じなんですか?

――よく聞こえます。この雨はどんな種類なのですか?

――そうなんですか……これは別れの雨なんですね。

――私……。

――私、ちゃんと考えました。

――お願いです、私を殺してください。

――ありがとう、ございます。


「会話の内容はわかりません。けれど何か、とても悲しい会話をしていたのでしょう。彼女の口元を見れば、私にはそれぐらいわかりますから」

「それで、どうしたのですか」

「びしょ濡れの久城真治が病室に戻ると、美星ちゃんはVRゴーグルを外して、泣きながら……」


 そこまで彼女が話すと……久城真治、天音孝道、猪狩駿の三人は、同時に顔を天井に向けた。


「とても満足そうに笑って、死んだんです」

「え」


 誰もが、裁判官と同じ印象を抱いたろう。


「わかりませんでした。本当に、意味不明です。笑ったかと思うと、彼女はゆっくりとその身を横にし、死んだのです。まるで電池が切れたかのように……ぷっつりと。十五時二十四分です。間違いありません」


 裁判官は口元に手をやって、久城真治を見る。


「ネットワークを停止させたのは、彼女が亡くなった時間と同じ……」

「そうです。彼は自らを罰するためだけにわざと、あのようなことをしたのです。美星ちゃんが亡くなった時間に、自分が何か罪を犯し……そして世間に注目されている場で、彼女の名を残したかったのでしょう」


 そこまで話して宮前はようやく机に置かれた手紙を手に取った。


「ここまで話しても、久城真治は認めません。ですが、きっと……この手紙を読めば、全てに頷いてくれるはずです」

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