独善/3/【証人】宮前妙子

 宮前もやはり、前の証人達と同じく宣誓文を読み上げ、裁判官より虚偽の証言を行った際のペナルティの説明を受け、頷いた。


「証人、証言を」

「はい」


 しかし宮前は、すぐに何かを話そうとはしなかった。


「証人、どうしました?」

「いえ、すみません……」


 彼女はスーツの裏ポケットから、何枚かの可愛らしい便箋を取り出すと、急にぽろりと涙を溢す。


「天音美星は、私にとって、歳の離れた妹のような存在でした」


 その涙をすぐにハンカチで拭い、彼女は証言を始めた。


「天音美星は本当に悲しい少女です。十三歳の時に両親を亡くし、それからは自分のせいで家族が死んだと、自らを責め続けていたのです」


 きっ、と宮前は久城を睨む。


「そんな悲しい彼女の命の話だということを前提に、私は証言します」


 大きく、宮前は深呼吸をすると。


「先の証人、天音孝道、猪狩駿、そして久城真治……全員、嘘を吐いております」


 最後の証人である宮前もまた、証人……そして被告が嘘を吐いていると述べる。


 さすがにどう反応すれば良いのかわからないのか、証人をわざわざ呼びつけた裁判官は、頭を抱えていた。


「私の証言は、嘘偽りのない真実です。それはこれから読むこの手紙が証明してくれます」


 彼女は皆に見えるように、その少し高い位置まで上げた。


「それは、何ですか?」

「……手紙です。そしてこれを読み終わればきっと、私の言ったことが全て正しいのだと……被告の久城真治自らが、口にしてくれるでしょう」

「どういうことですか?」

「これは……天音美星から、久城真治に宛てられた手紙です。そしてこの手紙は、彼女が亡くなる前日私に手渡されたものです。スマートフォンでわざわざ、彼女からのメッセージも録画しています。しかし、今回それは証拠として提出いたしませんでした」

「何故ですか?」

「それは……久城真治のみが……観ていいもの、だからです」


 そして彼女はその手紙を一度証言台に置いた。


「手紙を読むその前に、彼らが話していた美星ちゃんの最後を話します」


 また宮前は涙を拭う。


「まず、六月十五日に美星ちゃんが亡くなったのは事実です。しかしそれは、深夜ではありません。昼です。何故深夜と一貫して三人が答えたのかは、久城真治が私を含めた証人三人に、懇願したからです」

「それはどういう……?」

「どうしてかはその時わかりませんでした。ですが余りにも必死だったので、天音院長はそれを承諾したのです」

「なるほど、続けてください」


 宮前は首肯する。


「六月十五日、十五時頃に久城真治は天音病院を訪れました。出入り禁止になっているにも関わらず、です」

「何故出入り禁止に?」


 宮前は天音をちらりと見て。


「天音院長は、あの海に出掛けてからの発作で、美星ちゃんがもう長くないことを悟りました。だからこそ、です。天音院長は、久城真治を悲しませないために、出入りを禁じたのです」

「そんなっ!?」


 今まで黙秘を続けた久城は大声を張り上げ、天音を見た。


「発言は許可しません、久城真治」


 裁判長の厳粛な言葉に、久城は唇を結んで下を向く。


「また、彼が書いた誓約書は特別なものです。久城真治のためだけに書かせた、誓約書でした。久城真治は、母の死の時に初めて美星ちゃんに会ったと言っておりましたが、それは彼が忘れているだけです。天音美星と久城真治は、既に一度会っております。それを、私も、天音院長も、そして猪狩も知っておりました」


 宮前の証言に、見るからに久城は動揺し三人を何度も見やる。


「失礼、話が逸れました。それに関しては、手紙にはっきりと書いておりますので後で」


 宮前は軽く咳払いをして証言を続ける。


「六月十五日に突如現れた久城真治は、大荷物を持っておりました。彼を止めようとする私達看護師や天音院長に『彼女の望みを叶えるために』と土下座までして頼み込んでおりました。さすがに天音院長も許可を出しましたが、条件として……天音院長、私、そして久城真治と親しかった猪狩を連れて、美星ちゃんの病室に向かったのです」

「何故三人も?」

「美星ちゃんは人と話すのが好きだったので。また久城真治と二人きりだと、緊張してしまうからでしょう。そして彼は美星ちゃんの病室に着くと、すぐに、大きなバッグの中からノートPCとVRゴーグルを取り出しました」


 宮前は短く息を吐く。


「彼は言ったんです。『世界の空を見に行こう』と。私達は何を言っているのか理解できなかったのですが、久城真治はそんなことを気にせずに準備を始めたのです。まずはノートPCを起動させ、LANケーブルを差しました。次にVRゴーグルをそれに繋ぐと、何かのソフトを起動し、満足そうに頷いておりました」


 宮前は裁判長に目線を向ける。


「彼が言ったスーパーコンピューターの使い道は、これだったんです」

「待ってください、彼はスーパーコンピューターの使用許可は下りなかったと……!」


 裁判官は眉間に皺を寄せ、宮前に問いかける。


「彼は使ですから。ハッキングを行い、そしてその証拠すら消したのでしょう。そしてその使い道というのは、VRゴーグルを使った、仮想世界旅行だったんです」


 宮前は久城を睨み付ける。


「美星ちゃんはその時既に、全色盲でした。色が戻ることはないのです。しかし彼は……なんて、そんな妄想を抱いていたのですから」


 久城は首を横に振った。


「美星ちゃんが見ている景色は、ノートPCにも表示されていました。最初は真っ暗な画面で、久城真治は美星ちゃんに聞いたんです。『どこの空を見たいか?』なんて。美星ちゃんは空が海に映る場所を見たいと答え、すぐに彼はそれを表示させたのです」


 そこまで話して宮前は、遂に大粒の涙を流し始めた。

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