第五章 【供述内容】被告・久城真治
独善/1
長い、供述だった。
犯罪に至るまでの経緯を彼は、ここに来てようやく……全て口にした。
地方裁判所、高等裁判所と彼は沈黙を守り上訴し続けての、ようやくの供述だった。
百枚以上に及ぶであろう供述書。何度も検事や裁判長に止められつつ、それでもそれら全てを彼は読み切った。
殺人罪、不正アクセス禁止法違反、そして内乱罪にも抵触する犯罪三つを、一人で起こした男の供述。
前代未聞のサイバーテロ。日本国内における、日本国内ネットワークの停止。
それをこの男、久城真治はたった一人でやってのけたのだ。
「どのようにして起こしたか、これに答えてください」
初老の検事は久城の供述を全て聞いた後、ふんと鼻で笑ってそう言った。それに久城は僅かに笑みを浮かべつつ、検事の質問にゆっくりと、思い出を噛み締めるかのように、答えた。
「簡単です。日本中のネットワークを支配しました」
何人かの判事は、彼を馬鹿にするように嗤う。
「久城真治。私達もITに関しては知識がある。だからこそわかるが、君一人で、日本国内のネットワークを掌握できるわけなかろう? 我々を馬鹿にするのもいい加減にしたまえ」
もっともな意見だ。
たった一人の人間が国内のネットワークを支配できるのなら、とっくにこの国は崩壊しているだろう。
「だから言ったでしょう。私には出来る自信があった。ただそれだけです」
「答えになっていない!」
ばしんと机を叩きつつ、初老の検事は声を荒げた。
「では何故、一部の機関には一切影響がなかったのか答えてもらおうか」
次に笑ったのは久城であった。
「影響がなかったのは、医療関係、交通関係、警察関係の三つでよろしかったですか?」
「……その通りだ」
「……良かった」
ふっと笑った久城は、同時に安堵の色をその顔に浮かばせる。
「何がだ!?」
「影響がなかったのではありません……影響を起こさせなかった、それが正しい」
検事の言葉には応えずに、久城は一つ頷いて続きを話す。
「私が勤めていたブルームーンシステムは、公共関係のシステム開発を多く手掛けておりました。それは医療関係、交通関係、警察関係も含んでおります」
ここまで話したところで、検事はまた彼に詰める。
「日本全国の仕事をお前がしたわけではなかろう!」
「えぇ、その通り。ですが……ははは」
久城は辛そうに笑って答える。
「パスワードやアドレスは、筒抜けでしたよ」
「は……?」
何を言っているのだ? とここにいる過半数の者は思ったろう。
「パスワードは『p@ssw0rd』、『1q2w3e4r』、『root』、『12345678』、『qwerty』……アドレスに至っては、数か所の市役所仕事をすればパターンの予測は簡単でした」
彼は検事の顔を見た。
「ぱ、パソコンのパスワードは……設定する人間毎に変わ……!!」
「ネットワークのパスワードの話です。わからないのなら結構、私の刑が確定次第、法律を変えれば良いでしょう」
今までの裁判所での態度とは打って変わって、久城は非常に饒舌だった。弁護士すら雇わず、何事も聞かれたことには簡潔に無感情に答え、一切供述もしなかった。
それだというのに、今はまるで、彼が供述したような彼の性格のまま、受け答えを行っている。
「そ、それを、一人で行ったというのか……!?」
「えぇ、一人でやりました。あぁでも……一人と数台が正しいですね」
久城は供述書とはまた違う紙面を取り出し、それを読み上げる。
「『TSUBAME 2.0 スーパーコンピュータ』、『MDGRAPE-3』、『ヘリオス』、そして『京』。これら四台の力を借りました」
「それは八月三十一日の……」
「そうです。八月三十一日の十五時二十四分。間違い、ありません」
ネットワークの全停止。
先に挙げた三つ以外……特に携帯電話などの無線関係、インターネット等のネットワーク、そしてテレビなどの携帯電話とはまた違う電波関係。
大きな被害のない、けれど日本最大のサイバーテロ。
それが八月三十一日の十五時二十四分に起きたのだ。
「処理……と言っても簡単なものですが。先程の三つに関係しそうなもの全ては〝通常通り〟、それら以外は〝一切停止〟。それをこれらのスパコンの処理能力を借りて行っただけです。処理能力だけは優秀ですから、スパコンという奴らは」
そこまで話して、彼は大きくため息をついた。
「これらは地方、高等でもお話しております」
裁判長はゆっくりと頷いて、先程から鼻息荒い検事を見る。
「ふん」
その検事が鼻を鳴らすと、久城は「ははっ」と短く笑った。
「失礼、侮辱するわけではありませんが、鼻で笑うのは控えてほしい。どうしても去年に会ったあの人を思い出してしまう」
「……っ!」
目元をぴくつかせながらその検事は久城を睨み付けたが、特に何か言うでもなく彼は、資料を捲った。
「次は……」
久城の表情が固く変わる。
「被害者……天音美星。十六歳の殺人についてだが……」
「……はい」
「二〇一八年六月十五日に殺害したことは、認めるか?」
久城は天井を仰ぎ、大きく息を吸い込み答えた。
「その通りです」
二〇一九年六月十五日、天音美星の死から既に一年が経過していた。
※本文に記載されているパスワードやアドレスを知っていたとしても、当サイバーテロは行えません。わざと言葉を濁しております。また他者のPC等から不正に情報を入手することは、本文にございますよう犯罪になりますので決して真似をしないようにお願いいたします※
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