夢の中で/5
誰も何も教えてくれなかった。
いつの間にか私は天音病院への立ち入りも禁じられていて、打ち合わせに行くことも、見舞客として訪れることも出来なかった。
病院側に問い合わせて聞いた理由は、全てが統一されていた。
――救護指示に従わなかったから。
あの時彼女の病室に入り、彼女の手を握り、彼女の名前を呼んだ。
たったそれだけのことが、その理由だったのだ。
そうさ、私は他人だ。
もしかしたら天音家と特別親しくなったと勘違いしたかもしれない。それでも、彼女と……美星と過ごした日は、美星と紡いだ想いは決して……他人で終わる関係ではなかったはずなのに。
「……しろ」
もう五月も終わってしまう。かれこれ、一ヵ月近くも私は彼女と会っていない。
今となっては、彼女の氷の花の笑みが懐かしい。決して心が安らぐというものではないものの、それでもそれは、彼女を証明する一つだったから。彼女を思い出すための、欠片であったのだから。
「久城!!」
例えばそうだ、電話……は無理か。彼女はスマホを持っていなかった。長い入院生活だ、持っていたところで使い道の方が少ないか。
「おい!」
他人を装ってみるか?
いいや、それも無理だ。あの病院においては、私は相当顔も割れている。病院に直接電話して「天音美星さんと話したい」なんて言おうものなら、警察に連絡されても仕方ない。
「無視すんな!」
急に肩を掴まれたことで、私は思考の迷路から強制的に抜け出ることになった。
「やっとこっちを向いたか」
驚きつつも私は、川嶋を見た。
「何か、ありましたか?」
「おま……あのなぁ……天音病院のシステム開発の件、進捗がどうなっているかいい加減報告聞きたいんだけど?」
「それは山本……えっと、私の後輩に任せてますが」
「お前フォローに入ってんだろ? ってかさ、今回は色々事情があって仕方なく山本に経験を積ませるために任せてるんだろ? フォローはしっかりしろよ、らしくねぇな」
川嶋は空いている席に座って小言を続ける。
「天音病院で何かあったか知らねぇが、気にし過ぎだって。個人経営の責任者なんてそんなもんだ。急に文句だって言う。今はさ、天音病院のフォローと日本電信電話の事についてしっかりしてくれ」
そう。その通りだ。私は今、天音病院の責任者……プロジェクトマネージャーという立場は後輩に任せ、日本電信電話の新たなプロジェクトのマネージャーとして仕事を振られている。
日本電信電話株式会社は、日本全土のネットワークを管理していると言っても過言ではない程の大企業で、このプロジェクトは失敗するわけにはいかない。だからちゃんと責任を持って全うしなくていけないのだが……。
「すみません。どうしてもその……やる気が出なくて」
「新卒じゃあるまいし、そんなことを言うなよ、情けねぇなぁ……」
川嶋が大きくため息をついたそんなとき、会社の電話が鳴る。一瞬私と川嶋の会話は途切れたが、その電話を事務員の子が出たことを確認すると、再度話を続けることにした。
「やる気が出ないって、プロとしては失格だろ? 金貰ってんだ、プロならプロらし……」
「久城さーん? お電話ですよー」
そんな矢先、私宛に電話が来たらしく川嶋は本当に大きく溜め息をついて、「いいぜ出ろよ」と言ってくれた。
私は事務員の子の顔を見て頷くと、席の近くにある受話器を耳に当てる。
「お電話代わりました、ブルームーンシステムの久城です」
少しの沈黙の後。
「今夜二十二時、天音病院、喫煙所」
それだけ告げて、がちゃりと電話は切れた。
「……?」
私は首を傾げながらも、受話器を戻して事務員の子に問いかける。
「誰からの電話ですか?」
「さぁ? 久城真治さんはいますかって、相手は言っただけですので」
「そう、ですか……」
私は宙を見るのだが。
「んなことより仕事の話だ、久城」
「あ、あぁすみません」
しかしそれでも、電話先で言われた〝二十二時、天音病院喫煙所〟という言葉が、私の頭から離れなかったのは言うまでもない。
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