死望/5-3

「アニメの男の子みたく転生……? することもきっとできないんですよ」

「美星?」

「だから、聞いてくれませんか?」

「なに……を?」

「私の命について、です」


 彼女は……天音美星という少女は、体を捻って私を見ると、氷の花の笑みを浮かべ、そう言った。


「命に、ついて?」

「はい。私、たぶん今年で死ぬんです」

「いや、何を言ってるんだ。だって君はこんなに……」


 元気じゃないか、とは続けられるわけがなかった。


 先週、彼女は発作を起こした。天音氏が言うには、普段よりも長い時間。彼の憔悴した顔は、最悪の状態を覚悟したからこそ表れたのかもしれない。


「今年の初めから、歩けなくなりました」


 美星は言葉を詰まらせた私のことを気にせずに、またフェンス越しに空を見て話を続けた。


「それまでは、時々だったんです。今日は歩けないなぁ、っていうときだけ、車椅子に乗ってたんです。でも、今年からずっと歩けないんですよ。足の感覚がなくなっちゃって」


 どこか非現実的な、物語を読み聞かされているような。


「それから、上手く息ができなくなることが増えました。手に力が入らないことが……増えてきました」

「美星……」

「今はね、色が見えないんです。灰色なんです。灰色が濃いか薄いか、それだけの世界なんです」

「は……?」

「ねぇ久城さん。今、空は晴れていますか?」

「何を……だってさっき、君は曇りの日は許可が出るって……」

「うん。だから今日は、曇ってるんだなって」


 あぁきっと、宮前看護師長が曇りの日だけ外に出すのは。


「私……小説好きなんです。だって、小説は文字だけだし、挿し絵の人達はみんな灰色なんだもの」


 曇りの日なら、透き通るような青空に……胸を苦しませなくていいから。


「それでも君は、そんなこと一言も……」


 違う。違うだろ……馬鹿か、私は。言わなかったんじゃない。


「色が見えなくなったのは、去年ぐらいから。昔は足の時と同じで時々だったのに。でもね、それでも色が戻るときがあるんです」


 美星は私の車椅子を動かして私に向き直ると、手を伸ばした。


「久城さんに会う時はね、よく色が戻るんですよ」


 私はその手を握る。


「今は灰色なんですけど、ね……」


 微笑みを浮かべながら、美星は首を傾げた。


「だからも、私……貴方を追いかけたんです」


 母が亡くなった日、わざわざ喫煙所にいたのは、それが理由なのだろう。久々に見えたを、彼女は追いかけてきたんだ。


「ねぇ、アクアちゃんてどんな色なんですか? めぐみんは、ダクネスさんは、カズマくんは?」

「美星……」


 思わず私はその場で膝を付き、彼女の手を両手で握った。


「今度一緒に観てくれませんか? そうすればきっと、みんなの色がわかると思うの」

「あぁ……いいとも。今度一緒に観ようか……」

「約束、ですよ?」


 を交わしながらも、私は彼女の顔を見ることができなかった。


「泣いて、るんですか?」

「泣いて……ない」

と、何もわからないですね」

「そう……だね、と、何もわからないね」


 美星は私の頭を抱える。


 それだけでも、彼女の体が枝のように細いことがわかる。伝わる脈動が、恐ろしく弱いことが……わかってしまう。


「それなら……?」

「あぁ……ありがとう」

「本当に、良いですか?」

「あぁ」

「わた、私、いっぱい、いっぱい……泣いてしまう、かもしれませんよ」


 彼女の声が上擦る。


「構わない……私の代わりに、泣いてくれるんだろう?」

「……久城さんが、悪いんですからね……涙が枯れたなんて、嘘を吐くから……いっぱい、こんなに、涙を溜めていた……久城さんが悪いんです……!」


 ぎゅうと、彼女は先程よりも僅かに強く、私の頭を抱き締めた。ぽたぽたと彼女の涙が滴り落ちてくる。


 その涙は温かく、私の頬を伝う。本当に彼女が……私の代わりに泣いてくれているように思えた。


「久城さん……私、死にたい……です」

「……っ!?」


 彼女の悲痛な一言に、顔を上げる。


 顔をくしゃくしゃに歪ませて、嗚咽を漏らす彼女は。


「生きていたくない……これ以上、あんな辛い思いしたくない……」

「どうし、たんだい……急に?」

「だって……だって久城さん……私に、自分のために悲しんでいいって、苦しんでいいって、言ってくれ……たから!」


 わっと大きく口を開けて彼女は……吠えるように泣いた。泣いていた。堰が切れたように、泣くことしかできない赤子のように。


「もう、嫌なんです……私、辛い……」


 そんな彼女を、私は抱き締めていた。


 意識して抱き締めたわけじゃあない。体が自然に、動いていただけだ。


「駄目だ、生きなさい。君はまだ生きていないと……!」


 私の言葉に美星は応えない。けれど力強く私の背中に手を回した。とても力強く、あの時の……父のように力強く。


「私、死んでしまいたい!」


 彼女は死を望む、慟哭を上げた。


――だから私は、決めたんです。彼女のために、私のために……そして二人のために。



※アクアちゃん

 アクア

 作品『この素晴らしい世界に祝福を!(著:暁なつめ)』の登場人物。

※めぐみん

 めぐみん

 同上作品の登場人物。

※ダクネスさん

 ダクネス

 同上作品の登場人物。

※カズマくん

 カズマ

 同上作品の主人公。

※『この素晴らしい世界に祝福を!』

 著:暁なつめ

 角川スニーカー文庫より刊行。

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