第33話 密室からの脱出
美輪ちゃんの推理をただ黙って聞いていた。
『部屋は回転している』。
何故寝室の扉が閉まっていて、電気も消えていたのか?
それは部屋が回転していて、一回目開いた寝室と二回目開いた寝室は別物だったから。土門が閉じ込められた寝室は、最初とは別の寝室だったのだ。
扉が一つずつ開いた理由は、それを悟らせないため。
部屋は全部で六つ。
「ということはさ……」図を見ながら思ったことを口にする。「今僕たちがいるのは、この上か下の四角ってことだよね?」
「はい。どっちかはわかりませんが、順番に開く扉が三つありますから、確実にどちらかの四角にいると思います」
「そうだよね。だったら、もう一方の四角に行ければ何か手掛かりがあるんじゃないかな?」
「はい、その可能性は高いです。回転はどっち回りだと思いますか?」
「回転の向き?」
「仮にCの先、開かずの間だった部屋に留まったとしましょう。この場合――」
そう言って彼女は図面の①の右の四角、③の左の四角を指さした。
「このどちらかの部屋で待機することになります。右回転ならいいのですが、左回転だと右回転より時間がかかります」
「確かに。そうなると、どこの部屋に留まるのがいいのかな……」
回転の向きがわからない以上、無難なのは……。
「Bの先です」
先に言われた。そう、Bの先だ。ここからならどっち回転でも二回移動すれば反対側に行ける。
「じゃあ、Bの扉の先で待機してみようか。土門もきっと、そうやって向こうへ行ったのかもね」
土門、と口にして後悔した。もう彼はいない。反対側で何かあったのか、得体のしれないものと相対したのか。もしそうなら僕らはそれを確かめなければならない。彼を自殺に追い込んだものの正体を暴いて、彼を弔う義務がある。
Cの扉はいつの間にか閉まっていた。ブザーの音すら気づかない程、僕らは推理に熱中していたらしい。
「あ、もしかして次って……」
ういいいいぃぃぃぃぃぃぃん。
次に開いた扉は。
「美輪ちゃん! ラッキー! Bの扉が開いたよ」
「やりましたね咲岡さん!」
寝室は最初に入った方だった。土門の死体がある方じゃなかったのは、ある意味よかったのかもしれない。僕らは左側の寝室に入った。
「この部屋のベッドの上に鍵があって、開かずの間が開いたんですよ」
「なるほど。大収穫だったんだね」
「そんなことないですよ。咲岡さんはどうやって脱出したんですか?」
僕は音楽ルームのことを語った。あの部屋で出会った不思議な音楽の旋律を少しでも彼女に伝えたかった。そして『CAGED』のことも伝えた。
「『CAGED』!?」
それを聞いた美輪ちゃんは目を見開く。
彼女によれば、青いカードキーは鳥かごの中にあってロックされていたらしい。そのロック解除のキーワードが『CAGED』だった!
「じゃあ、音楽ルームと鳥かごの仕掛けは連動していたんだね」
僕らは自然とベッドに腰を下ろした。シングルベッドが二つ。どうしてツインじゃないんだろう?
「そういえば色々あって忘れていたけど……」
「はい、なんですか?」彼女と目が合う。大きな目に僕の言葉なんて吸い込まれて消えそうだ。
「液晶端末のパスワードは解けたの?」
「あれですか。はい、解けましたよ!」
解除に至った経緯を聞いた。何か変化はあったか訊くと彼女は首を横に振る。結局、どこのロックが解除されたのかわからないままだ。ひとまず、反対側に行ってみよう。
「
まるでこの施設を表しているような単語だ。六つの部屋が、大きな円を描きながら回転しているから。
「
「はは、うまいね。そんな意味もあっていいんじゃないかな」
こんなことがなければ勿論良かったと思う。けれど、こんなことがあったお陰で、僕らは出会えた。全てが不幸だったわけじゃない。
鼻をすする音がした。美輪ちゃんは微かな嗚咽をもらして泣いていた。僕ははじめ何もできなかったけど、意を決して彼女の横に移動した。彼女の存在をすぐ横に感じる。仄かな香りがしてどきりとする。
「大丈夫、大丈夫だよ。きっと出れる」
「ううぅ、ぅぅ、私……」
ブーーーーーーーーブーーーーーーーーブーーーーーーーー。
ブザーが鳴って、Bの扉が閉まる音がした。
その後、僕は美輪ちゃんの日常生活のことを聞いた。
学校で居場所がないこと。孤立した生活に寂しさを感じていること。
いつだって多数派は少数派を爪はじきにする。付和雷同の原理だ。
「それはきっと、周りの子たちが嫉妬しているんだよ」
「私にですか?」
「うん。速読術っていう秀でた能力を持っている君が羨ましいんだよ、きっと」
「でもこんな能力、役に立つのですか?」
「うーん、例えば翻訳家とかさ。僕も学生だから詳しい職業の話はわからないけど、能力なんてどこで役立つかわからないよ。思いもよらなかった場面で発揮されるかもしれないし」
「ふふっ、ポジティブですね。なら、今度は咲岡さんのこと聞かせて下さい」
「僕の事?」
「はい。私ばっかり話してずるいです。今度は咲岡さんの番です」
彼女のねだるような表情に負け、僕は静かに自分のことを語った。
名前は咲岡文也。
大学三年生。文系。専攻は日本文学。
就職活動が間近に迫っていること。自己PRがうまく書けないこと。
コンプレックスは自分に自信がもてないこと。
サークル活動で自分を変えようと思ったけど、上手くいかなかったこと。
自分は一生、こんな感じなんだなという漠然とした不安を感じていること。
ガールフレンドなんてできたことはなく、異性と話すのは凄く苦手でまともに会話ができないこと。
「…………」そこまで話し終えて、彼女はくすりと笑った。そして一言。「咲岡さん、それ全部嘘ですよね?」
「嘘じゃないよ! 全部本当だって!」
「では百歩譲ったとして、話すのが苦手っていうのは嘘です」
「どうしてわかるの?」
「だって、今私と話しているじゃないですか」
「これはその、緊急事態だから」
「それでも、話せるのだから、苦手なことじゃないです。自信もって下さい」
自信をもて。何度も周りから言われた言葉。
「美輪ちゃんだって、自信もっていいと思うよ」
「あーずるい! 今は咲岡さんの話をしているんですよ!」
瞬きをする彼女の目から、先程の涙がつうと頬を伝う。それと満面の笑みのコントラストに思わず見とれてしまう。それにつられて僕も笑う。頬が引きつって痛い。笑うとこんなに頬が痛む。初めて知った知識かもしれない。
その後、他愛のない話をした。彼女と雑談をして思ったことがある。僕のコンプレックスなんて取るに足らない小さなものだったのかもしれない。今までこんなものに囚われていたなんて、本当にもったいない。僕だって、こんな感じに気軽に話せるんだ。
思えば、自分で自分に保険をかけていた。
望んでいるとそれを手にできなかった時、深く傷つく。それなら始めから期待なんてしなければいい。傷つくのが怖いから。
ガールフレンドなんて望まなきゃいい。どうせ僕には無理だから。笑える冗談一つ言えないし、クソがつくほど真面目で。相手はきっと僕となんて話したいって微塵も思っていないだろう。だから望まない。そうやって過ごしてきて、いつだってそうなってきた。だから僕は傷つかない。望んでなどいないから。けれど。それは見えない傷となって僕の心に刻まれていたんだ。透明なガラスの奥深くに亀裂が走るように。
そんなつまらない保険を、美輪ちゃんが壊してくれた。
僕はその時、今まで感じたことがない、言いようのない胸の高鳴りを感じた。
ドクン、ドクン、ドクン。心臓の鼓動がやけにうるさい。
「あ、あ、あ、あ」まずい、日本語が喋れない! 「あの、さ美輪ちゃ」
ういいいいぃぃぃぃぃぃぃん。
「あっ! 扉が開く音ですよ!」
美輪ちゃんはさっと立ち上がると部屋を出て行った。可憐な制服の残像を追って、僕もすぐに部屋を後にした。
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