第31話 肉声放送を聞いた青年の末路と少女の涙

 私は書斎に戻った。青いカードを手に入れて、まだ何かないかと探していた時、例のブザーが鳴ったのだ。次はBの扉が開く。


「きっと土門さんと会える……」


 前々回Bの扉が開いたときに土門さんとは離れ離れになった。前回開いた時は、一番最初に入った寝室があるフロアで、その左の寝室で鍵を見つけた。どうやら違う部屋が交互に出現するみたいだから、次開いたら前々回と一緒な筈。つまり、土門さんがいる筈の寝室に行ける!


「土門さん、何か手がかりを見つけてるといいけど」


 私が見つけた手がかりと言えば、仏像のメダル、青いカードと書類(鍵は使ったからカウントしないでおく)。仏像のメダルは恐らく食堂で使うことになりそう。咲岡さんが食堂に入った時、『不動明王』が描かれた丸い窪みを見つけたと言っていた。きっとこれを嵌めるんだ。青いカードは今のところどこで使うのかわからない。


 ういいいいぃぃぃぃぃぃぃん。


「あっ、開いた!」


 Bの扉が徐々に開いていく……。それと共に安堵の思いが胸いっぱいに広がる。やっと、やっと合流できる。もう独りはいや……。学校の休み時間を思い出すから。


 周囲から上がる楽しそうな声の中、私はいつも独りだった。どうしてそうなったのか、その始まりなんてもう誰も覚えていなかった。ただ、私が独りでいるということは、太陽が東から上って西に沈んでいくみたいに、当たり前のこととして周囲に認知されていた。誰かが話しかけてくれるかもなんて期待は、いつの日か『私はずっと独りなんだ』という確信に変わった。群れから孤立した羊は、死ぬしかないのかな。


 だから不謹慎かもしれないけど、今回の出来事は私にとって全部が全部不幸と言う訳ではない。咲岡さん、土門さん。私のことを認めてくれる人に出会えたから。私はこの出会いを与えてくれたものに感謝をしている。たとえこの場で死が訪れたとしても、悔いはない。むしろ私はここで――。


「土門さん……会いたかったよお」


 扉が開いていく。


 それは私たちを隔てていた壁。


「土門さあああん!」


 ついに感情が爆発する。


 そして扉が完全に開い。


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」


 土門さんが、通路にうつ伏せで倒れていた。口の周りに真っ赤な液体が広がっている。近くに茶色の瓶が転がっていて。ラベルにはドクロマーク。これって、毒薬?


「ど、もん……さん?」


 恐る恐る呼びかける。返事はない。


「ふざけないで、くれます? 私、怒りますよ?」


 返事はない。じっと彼の顔を見つめる。


 しばらく経っても、身動きひとつしない。大きく見開かれた両目は全く瞬きをしない。確か瞬きしないと眼球が乾燥して痛くなるから、演技でも必ず瞬きはする筈。まさか、それを我慢しているの? うそ、そこまでして私を驚かそうとしているの?


「……………………………………」


 もう、数分は経った。なのに、なのに……。


「あの、両目痛くないですか? そこまでする必要、あります?」


 ねえ? ねえってば。


「もう、やめましょうよ。こんなことして楽しいですか? ねえ! 土門さんっ!」


 これが演技だとして、あの血はどこで用意したの?


 じっと赤い液体を見つめる。


 その時、気が付いた。


「ひっ! いや……そんな……」


 間近で見た土門さんから、生気が全く感じられなかった。まるで大きな肉の塊。人ではなく、ものがそこにある感覚。


 その時、初めて土門さんの死を痛感した。


「ねえ土門さんどうして? どうしてなの!? どうして死んじゃったの!?」


 他殺? それはあり得ないと思う。土門さんの死因は恐らく毒薬による中毒死。抵抗される中、それを飲ませるのは困難だし、仮にできたとして誰が飲ませたの? この場所にいる人間は限られている。咲岡さんは閉じ込められているし、私はこんなことした覚えもない。『仕掛け人』? そもそも存在するのかわからない。


 自殺? でもなんで? ここから出られないと絶望したの?


「ねえ、土門さん」私は彼の傍らに座り込む。「今、どんな気分ですか?」


 彼は答えない。


「きっと、すごく楽なんだろうなあ。どうして相談する前に、逝っちゃうんですか?」


 彼は答えない。


「死を選ぶほど、ここから出たくなかったんですか?」


 彼は答えない。


「実は私もなんです。外にいるより、ここにいた方が幸せです。土門さんと咲岡さんに会えたんで。そんなに嫌だったら、ここを出た後三人で暮らせば良かったじゃないですか。咲岡さんが何て言うかわかりませんけど、私は賛成でしたよ」


 彼は答えない。


「土門さん、失望しました。信じてたのに。こんな再会するのなら、出会わない方が良かったです」


 ブーーーーーーーーブーーーーーーーーブーーーーーーーー。


「もう戻りますね……。さよなら」


 私は立ち上がる。そして書斎に戻る。振り返ると先程と変わらない姿勢で土門さんは倒れている。


「早くしないと、早くしないと……」涙がぶわっと溢れてきて。「扉、閉まっちゃい……ますよ」


 土門さんは身動き一つしない。


「土門さああああああああああああん!」


 ありったけの感情をぶつけた。けれどそれは空しく反響するばかりで。


 扉は閉まった。残像の土門さんが歪む。そして朧げになり消えていく。


 後に残ったものは、土門さんの死というどこか他人事のような事実だけだった。

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