第30話 降臨
仏像の間を後にした私。息つく暇もなく、次はCの扉が開く。この先は確か――。
「咲岡さんっ!」
私は廊下を走り、扉を開けようとノブを捻る。しかし、開かない。
「……ということは、前々回と一緒?」
ここは開かずの間。そこで鍵の存在を思い出す。
「この鍵……使えたりして」
試しに手に入れた鍵を入れる。それはすんなりと鍵穴に吸い込まれた。一瞬びくっとしてから鍵を捻ってみる。
かちゃり。
「え……? うそ?」
開いた。まさか。開けようとした自分が一番驚いた。
「……失礼しまーす」
自然とお断りの言葉を言いながら、私は開かずの間だった部屋に入る。
中は真っ暗。開けた扉から差し込む光が仄かに部屋の中を照らす。書斎同様、古臭いにおいが鼻をつく。近くの壁にスイッチらしきものを見つけ、押してみる。
途端、ぱっと電気がついた。暗がりに慣れていたので目を細める。そして少しずつ明るさに慣れてきて、部屋の中の様子が目に飛び込んできた。
それは高校の職員室に似ていた。乱雑なデスク。その上に散らかる書類の山。冷めたコーヒーの香りすらしそうで。書類はもちろん答案用紙なんかじゃなくて。
「何だろう、これ」
何かの設計図だろうか。細長いものが中央に描かれていて、数値が書き込まれている。てっぺんからゴンドラみたいなものが吊り下がっている。
「なんか、遊園地のアトラクションみたい」
そんな感想を呟いて、それを書類の山に返した。すぐ横にピアノの鍵盤が書かれた書類を見つけて手に取ってみる。
【コード表】
ド C 『スリー・ミニッツ・ナイト』
レ D 『洗礼 第四の流れ星』
ミ E 『細胞分裂五分間の季節』
ファ F 『第六の化学反応式』
ソ G 『ナナ、憂いを帯びたその笑顔は』
ラ A 『一分でいいからどうか最果ての地まで』
シ B 『二分間の欲望』
ド C 『スリー・ミニッツ・ナイト』
音楽の時間に習った記憶がある。確かFコードが押さえるのが難しくてやめちゃう人が大勢いるとか(それはギターの話だった!)。その下に書かれているのは何だろう? 何かのタイトル? 首を傾げ、デスクから視線を上げた時、部屋の隅に何かを発見した。
それは鳥かごだった。中に鳥は入っていない。代わりに入っているのは――青いカード。
格子同士の感覚が狭いから、指を入れて取るのは無理だった。果たしてどうやって開けるのだろう。見たところ鍵穴もない。その横に液晶パネルがあって、何か表示されている。
『CAGED』。
そして、それらの内最後の『D』以外のアルファベットが緑色になっている。『D』だけ赤色。ひょっとすると、最後の『D』が緑色になれば……。でもどうやって? 私はそれ以外のアルファベットを緑色にした覚えなんてない。どうすれば鳥かごに囚われた青いカードを解放できるの?
*
曲名は、『洗礼 第四の流れ星』。
高ぶる心に響くそれは、聖母の囁きのよう。
胸はドキドキしている。
これで終わる。完成する。
緊張感と期待感。限りなく不安定な足場の上で逆立ちをしているかのような感覚。
夜空は見えないけど、そこには流れ星が一、二、そして三。
間もなく第四の流れ星が頭上を、遥か天空を切り裂くようにして流れる。
そうした後、僕の目の前に現れたのは……。
『あなたを愛します。遥かなる天空の主はあなたを歓迎します』
『何ということでしょう。主に見捨てられたこの世界は廃れています。愚かなヒトは互いに殺し合い、自らの居場所を守るために平気で他人を傷つけています。このような世界を見たら、主はなんと言ってお嘆きになられるでしょう! 私は失望しました。あなたもこのような世界に何の未練がありましょう? この世界を生きた所で待っているものは歪んだ人間関係とつまらないノルマ、自分の価値観を押し付けてくる鼻が高いヒト、その他害悪にしかならないものばかり! レールの上を歩くことを強制され、いざ脱線しても知らんぷりな世間に希望を持てと? そんなもの始めから無いのです! それなら主のもとにおいでなさい。主のもとでは全て平等、上も下もない限りなく平面な世界です。ラムダのその先へ、私はあなたを歓迎します』
ああ……そこにいるのは誰?
*
じっと見つめるけど、『D』は緑色にならない。
「うーん、何なのかな?」
『CAGED』。ふと、さっきのコード表が頭をよぎった。これ、全部コードだ。急いでコード表を手に取る。そして、『D』の欄を見る。『洗礼 第四の流れ星』。何のことか、やっぱりわからない。
*
『そうです。そのまま……ゆっくり。そう……その調子です。怖がらないで。もうすぐ、もうすぐです。さあ主がお待ちです。一足先に主のもとに集まった仲間たちもあなたの到着を待っています。こんなつまらない世界、捨ててしまいなさい! そして遥か天空に向かって歓喜の声を上げよ! これは洗礼です。第四の流れ星が煌めくその刹那、あなたは偉大なる主に愛されるのです!』
ひかり。ひかり。ひかり。ひかり。ひかり。ひかり。
くもがきれてあらわれたのはてんくうにうかぶかみのくに。
ぼくはめされた。すべてのかちかんがとけてきえていく。
なんてつまらないものをみにつけていたのだろう。
これはしれん。かみのくにへはいるための、さいしょでさいごのしけん。
えんとりーしーとはいらない。
えすぴーあいもいらない。
そのかくごがあるなら、もうなにもいらない。
じゃあね。ばいばい。
みわちゃん……ごめ
*
「うーーーーーーん」
もうダメだ。手がかりになりそうなものは何もない。
「うーん、でもこの部屋は施錠されていた。ということは何か重要なものがある筈なんだけど……」
そして目が合ったものは、鳥かごに囚われた青いカード。
「あった! あれだ! 重要なもの! って、あれの取り方がわからないんだって!」
はあとため息。もう限界かも……。
「うわっ!」
近くにあったデスクに寄り掛かった時だった。上に置かれていた書類が雪崩のように崩れた。直す必要もないんだけど、私は屈んで書類を拾う。
「これって……」
一枚の書類に目が奪われる。まさか、これって……。
ピコンッ!
「うわっっ!」
ビクンと肩を震わせ、音のした方を見る。そこには……。
『CAGED』。オールグリーン。え? オールグリーン?
直後、ガシャンという音がして鳥かごが開いた。頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだけど、とりあえず青いカードを解放してあげる。
「でも……何で開いたのかな? もしかして、咲岡さんか土門さんが?」
私は戦利品を胸に当てた。離れ離れになった二人と早く会えますようにって願いながら……。流れ星が流れたら、きっとそうお願いする。絶対。
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