第26話 曲名『二分間の欲望』

 無情にも閉まったCの扉。


 僕は扉に背を向けモニターを見る。そこには変わらず『CAGED』の文字。恐らく、あれがこの部屋を出るためのキーだ。部屋中央には八つのスイッチ。これを僕は一番左、左から二番目……即ち①と②を押した。


 結果は、どちらも音楽が流れた。


 ①はアップテンポで陽気な音楽。そしてモニターには『C』の文字が表示された。ちなみに曲名は『スリーミニッツナイト』。


 ②はどこか寂しげで厳かな曲。モニターに『D』の文字が表示された。曲名は『洗礼 第四の流れ星』。そして、この『D』が表示された直後、アラームが鳴ったのだ。


 問題は何故、『D』の直後にアラームが鳴ったのか。この問題を考えるのもいいが、逆にこう考えると結論が出るような気がする。

「なんで、『C』の後にアラームは鳴らなかったのだろう?」自分の声がすごく響いて少しびっくりした。


 これはきっと、『C』が正解だったからだと思う。間違っていたら、すぐにアラームが鳴り響いていたに違いない。そうすると、つまり……。


「なんで、『C』が正解だったのか」


 僕はモニターを見る。


『CAGED』。つまりは……そういうことか。


 あの八つのスイッチを押して、『CAGED』を完成させる――これがこの部屋を出る唯一の方法なのだ。


 では……何故①のスイッチが『C』なのか、これについては後で考えるとして。


「なら……最初に②のスイッチを押すと……」


 僕は②のスイッチを押した。曲名『洗礼 第四の流れ星』。静かな伴奏とともに哀愁を誘うメロディーが流れる。僕は再び目を閉じて聴き入ってしまった。価値観の垣根が壊れて全てが一つになるような感覚が、再び僕の中に広がる。


 そうして曲が終わって……モニターには『D』の文字。


 Error Error Error Error Error Error!


 けたたましいアラームが鳴って、モニターの表示がはじめに戻った。


「やっぱり……」


 僕は小さくガッツポーズをした。そしてすぐに①のスイッチを押して流れてきた曲のリズムに乗った。


 モニターには『C』の文字。アラームはなし。


 次からが問題だ。


 八つのスイッチ。これのどれが『A』なのか。


 単純に考えてみると、①が『C』、②が『D』ならば……。


 ③は『E』、④は『F』、⑤は『G』、⑥は『H』、⑦は『I』、⑧は『J』であると予想できる。アルファベット順だ。しかし、これであるとするなら、次に押さなければならない『A』は一体どこにあるというのだろう?


「⑥、⑦、⑧の中に『A』がある……?」


『G』は押さなければいけないので、確実に③から⑧の中にある。そしてアルファベット順であることは、①と②から予想できる。そうした時、⑥から⑧の『H』、『I』、『J』は使う予定のないハズレであると予想できる。


 しかし、そうすると使うはずの『A』がどこにもないことになる。こんなのはおかしい。そう考えると、⑥から⑧の中に『A』が隠れている可能性は高い。


 もちろん、アルファベット順であるという予想が根本的に間違っている可能性もある。そうしたらもう、ローラー作戦を決行するしかなくなる。


「⑥か、⑦か、⑧……」三つのスイッチ。僕は人差し指でスイッチをなぞる。確率は三分の一。あるいはゼロパーセント。


「……よし」僕は一つのスイッチを押した。


 曲名『二分間の欲望』。


 そんな表示の後、スピーカーから流れ出した音楽。


 チャチャチャラ、チャチャチャラ、チャチャチャン

 チャチャチャラ、チャチャチャラ、チャチャチャン

 チャチャチャラ、チャチャチャラ、チャチャチャン


 そんなピアノの旋律。綺麗で澄んだ音色だった。『欲望』というタイトルとは無縁な響きが部屋の壁を震わし、僕の鼓膜を震わせる。そして……。


 ジャジャジャン!

 ジャジャジャン!

 ジャジャジャン!


 そこに合わさってきたのは武骨なギター。まるで軽音楽部に入部したての高校生が見よう見真似で弦を引っかいているような、聴いていて不快にこそならずとも、心地よくもない……そんな音。それがしばらく続いて。


『くれよっ! くれよっ! もっとよこせよバカ野郎!』


「うわっ!」


 ビビった。いきなり日本語でそんな喚き散らすような声が聴こえた。はじめ、観客が叫んだのかと思ったけど、そのままその声がリードして歌っているのでボーカルなのだと納得した。声に納得はしていないけど。


 それにしても、決して上手くもないボーカル。演奏も普通。やはりどこかの高校の軽音楽部なのだろうか。先の二曲が良すぎたせいで、クラシックコンサートのつもりがどこかの野外ライブだったみたいな、肩透かし感を覚える。最初のピアノはどこに行ってしまったのか、あの繊細な雰囲気は開始早々ぶっ壊された。しかし……。


 チャチャチャラ、チャチャチャラ、チャチャチャン


 聴こえた。ピアノだ。武骨なギターに隠れて全く聴こえなかったけど、ピアノはどこにも行っていなかった。それはか細くも自らの存在をアピールし続けていた。何とも儚げで、何とも弱々しい、それでもそこにいた。


 チャチャチャラ、チャチャチャラ、チャチャチャン

 ジャジャジャン!

 チャチャチャラ、チャチャチャラ、チャチャチャン

 ジャジャジャン!

 チャチャチャラ、チャチャチャラ、チャチャチャン

 ジャジャジャン!


 そして両者は互いの存在を認め合うかのように、シンクロする。繊細なピアノと武骨なギター、会うべくして会った両者……それをベースやドラムが祝福する。会うべくして会った二人……。


『咲岡さん! 必ず、必ず戻ってきて下さいね』


 美輪ちゃん……僕は……。


 お前は泣き虫だ

 そして俺は弱虫だ

 泣いて悔しいお前と

 泣くことを恐れて全てを放棄した俺


 だから、勇気を、少しわけてくれよ

 いつの日か弱虫の成虫になるんだ


 今は蛹でも

 いつの日か、あの大空を


 一緒にさ

 飛べればいいな

 

 気づいたら、一筋の涙が頬を伝っていた。


 必ず、必ずここを出て、美輪ちゃんと再会するんだ……そう心に誓った。


 Error Error Error Error Error Error!


 無情なアラーム。ああ、そうか。違っていたか。いいさ、何度だってやってやる。


 涙で霞む中、モニターに『B』と表示されているのを見る。


 ⑦番のスイッチは『B』。また一つ手掛かりを掴んだ。

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