第22話 肉声放送そして賽は投げられた

『……このメッセージを聞いている方々。初めまして。私は政府特務機関の者です。今、あなた方がいる施設は我々が【塔】と呼称している隔離施設です。この施設を建造した目的は、あなた方若い人材を後世に残すためです。


 我々が生きている西暦二〇四七年はかつてないほどに世界が混乱しています。進行を続ける地球温暖化による環境変化、気候変動による食糧難、これら天災の中で我々は協力し合い互いに貿易を広げ貧しい国々への支援の輪を広げて……なんていうシナリオはどこかの名もなき小説家の妄想にすぎません。


 我々は日々、文化・思想・人種・信仰の違いなどを大義名分に、武器を取って殺し合っています。そんな中、あなた方若い世代にしわ寄せがきていることに、疑いの余地はありません。この国の借金はついに大きすぎてポカンとしてしまうレベルにまで達して、少子高齢化は止まるところを知らない猛牛のように未来へ向かってしゃにむに走り続けています。そして、今、あなた方がこの【塔】に隔離されていることが、他の何よりも勝るしわ寄せであることをここに報告するとともに、謝罪を申し上げます。


 我々はとある国と戦争状態です。そしてあなた方が恐らく小学生か中学生の時に習った非核三原則は今から数年前に放棄されました。よって、我々の国も核兵器を保有しています。昔は鎧を着て刀や槍を構えて突撃していた戦争、いわゆる戦(いくさ)は随分と様変わりしました。今の戦争は簡単です。国のトップが核兵器発射の指令を伝えるスイッチを押すだけです。今、我々の国のトップはそのスイッチを押そうとしています。かつて真珠湾を攻撃した時みたいに、宣戦布告なしに先制攻撃を仕掛けるために。それに反対を唱える者はおりません。民間の会社と同じです。いつだって上司の言うことには従うしかないのです。それがどんなに理不尽で、見下されようとも……それが嫌なら組織を離れるしかありません。実際、何人かの同僚は組織を離れました。その後の行方は不明です。


 さて、【塔】についてお話ししましょう。現在、これは地中深くに格納されています。中にはあなた方がいて、とても深い眠りについています。二〇二〇年頃に開発され、二〇四〇年に実用化された技術ですが、細かいことは割愛します。【塔】は我々の国中に建造され、地中に埋まっています。中にはあなた方若い男女が数人います。


 一言で言います。ここは揺り籠です。


 我々は間もなく戦争を開始します。そして核兵器が世界の青空を、多くの人命を奪い世界から人類が消えるでしょう。しかし、あなた方には生きていてほしいのです! そしていつの日か、我々不甲斐ない大人が壊してしまった世界を再生させてほしいのです!


【塔】が地中に埋まっているのは、核の炎を凌ぐためです。やがて地上から放射性物質の濃度が下がってきたら――補足として、空気中の放射性物質を分解する機能も施設は有しています――施設のセンサーが感知し、地上に顔を出す仕組みです。


 さらにこれは次世代を担う人材を選別する施設でもあります。【塔】には様々な仕掛けや謎があるのはもうご存知でしょう。それらを協力して乗り切ってください。そしてどうか希望を捨てないでください。あなた方は揺り籠に揺られる赤子です。無限の可能性を秘めているのですから。


 このメッセージを聞いているということは、外の様子をご覧になったと思います。世界の惨状を目の当たりにし……もし、もし全てを放棄して逃げ出したくなったとしても、我々にそれを止める権利なんてありません。


 お気づきですか? そう、全てから逃げることを選択された方に、その手段を提供します。それで全てを終わらせて下さい。決めるのはあなた方個人です。あるいは外に向かって飛び降りても結構です。全てを終わらせる気がある方には最後になるかもしれません……本当に、本当に申し訳ありませんでした。あなた方が自分らしく、希望を見失わないような世界にするのが我々の責務だったはずなのに……。我々はあなた方に全てを託します……。あとはどうか……』

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