第15話 『二六ページ』のもう一つの意味
壁と化したCの扉を何度も叩いた。そして蹴った。何度も何度も咲岡さんの名前を呼んだ。液晶を手放したことすら気づかず、手ぶらでわんわん騒いでいた。ひとしきり騒いだ後、手放した液晶を探すとそれはCの扉近くに落ちていた。画面は無事。内心ホッとしたが、相変わらず画面中央にアンダーバーがチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカしていて辟易する。
「…………こんなものっっ!」
思い切り両腕を振り上げる。『コワシテヤル』『ワタシヲバカニスルナ』
「……ダ、メ」
今にも液晶を床に叩きつけようとしたとき、理性の欠片がそれを押しとどめる。ゆっくり深呼吸する。埃も一緒に肺を満たすけど、気持ちがすぅと落ち着くのがわかる。狭い書斎で初めての独りぼっち。強い圧迫感に今更ながら気づく。
「『戯言の宴』二六ページ」
冷静さを取り戻すキーワード。Bの扉が閉まる間際、土門さんが言ったこと。
「……んーと」
記憶の中にある薄ぼんやりとした靄の存在に気付く。確かあの時、土門さんは最後に何か言っていたような……。
「なんて言ってたっけ……土門さん」
私はテーブルの上にある紙にペンを走らせる。
戯言の宴 26ページ
しばらく眺めるけど、何も浮かばない。強いて浮かんだことと言えば……。
戯言の宴 26P
『ページ』を省略してアルファベットにしただけ……。
「え…………うそ、まさか」
*
「ふー、参った参った」
ここは寝室。シングルベッド二つは使われた形跡がなく、皺一つない。ただ、今ならはっきり言える……ここは一度入った寝室とは異なる寝室だ。
その証拠に、二つのシングルベッドの間に三段タイプのラックが存在する。こんなもの、最初の寝室にはなかった。一番下と真ん中には何もない。問題は一番上、そこに横長の木箱が置かれていて、それを開けたら中から赤いカードキーが出てきたので、手に取ろうとした結果が今の状況である。
右手首に手錠。これにより、俺は身動きが取れなくなった。
すぐに書斎にいる二人を呼んだ。状況を伝えようとしたら扉が閉まり始めたというじゃないか! やむを得ず、俺は木箱の蓋の裏に書かれたキーワードを二人に伝えた。即ち……。
戯言の宴 26P
二六ページとあったので、これは本のタイトルではないかと思った。この施設で本と言えば、二人が待機している書斎以外にないだろう。
『恐らく書斎にヒントがある! 戯言の宴という本を探せ!』と叫ぼうとした時だった。
ふと目の前の『26P』が別のものに見えた。いや、というより、初めからそれはこうだったのかもしれない。人間の心理か、固定観念か、俺の脳が『戯言の宴』を本と認識した瞬間、『26P』は二六ページと予測変換されたのだ。当たり前のことだが、予想は間違っていることがある。改めて認識した瞬間、それは全く違う形となって俺の網膜に焼き付いた。
『26P』の『2』は丸みが消えて角ばっていた。
『26P』の『6』は猫背を直して背筋を伸ばしたように。
『26P』の『P』は先程までの孤立感が吹き飛んで生き生きとすら見えた。
答えがわかった瞬間、すぐに叫んだが、果たして二人に届いただろうか……。
ういいいいぃぃぃぃぃぃぃん。
しばらくして、扉が開く音が聞こえた。孤立してからこれで二回目だ。開くのは有り難いが、まずはこの手錠を何とかしなくては。
手錠には鍵穴が見当たらない。一体、どうやって解くのだろう。今一度周囲を見回すが、ヒントになりそうなものは見当たらない。さてどうしたものかと、八方塞がりのこの状況の打開策を考えるとしよう。
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